010 「……。これは忍耐を問う修行ですか?」
★★★
(……っ!? ヒロインん、ヒロインんんんが、悪役令嬢を腹筋割り死にさせようとしている件について)
(あーー〜〜! 腰、骨がぁー!)
(っていうか、うん。転生者以外有り得ない! それなんて電波〜〜!)
(リクエスト入りましたー! 花火『職…人…』ワザ、いっちょー! 魔力、練りまーす!)
(……ピーチ姫はマジメに濡れ衣を着せる気はないのだろうか? 「アリバイ」って辞書で引いてごらん)
(『ヒロインんん』のゲーム補正は、レギュラー攻略対象止まりなのかしら?)
(ああ……腰イタイ。タスケテ……)
ローズはあれこれ堪えて、涙が溢れた状態で視線を向ける。
応えたリンデンがローズの元へやって来て、再び魔力を流し始める。
心地良さに身を委ね、目を閉じたローズの目尻を、はらはらと涙が伝う。
それを見て、苦い痛みを飲み干したような表情になるリンデンは、ぽつりと呟く。
「夕食後と言いましたね」
「そうです。十八時の鐘のすぐ後くらい? 夕日に照らされてらローズの髪がとぉーっても真っ赤でした」
それを聞いてリンデンは、王子にあるまじき事だが盛大な溜め息をつく。
「それは、娘のローズでは有り得ませんわ」
「えー、なんでよう。おバハン、アッタマおかしいんじゃなぁいぃ?」
『!?』
『ヒロインんん』の、日本でもアウト、階級社会なら尚更アウトの暴言に、数人の表情や体かビクリと反応する。
(お前が言うなー!! あんただけには言われたくないよ! これは『ヒロインんんと愉快な逆ハー達』以外の総意だ)
(怖っ!! 『ヒロインんん』がアレ過ぎて寿命が縮むわ)
「アコナイト。ローズ嬢は骨折をしたと、私が先程言っただろう」
「……そうだったか?」
「ローズ嬢が怪我を負ったのは昨日の事だそうだ。ですよね?」
「ええ。ローズは昨日の昼食後、学生食堂二階の階段から落ちたのです」
『はあ!?』
『ヒロインんんと愉快な逆ハー達』の声が見事にハモった。
「昼食後ですってぇ!?」
「救護に当たった、魔法実戦コース担当の先生のお話ですと。昨日の午前中に魔法実技の試験を終えた後、一人の生徒を除いたコースの生徒達で、共に昼食を摂ったそうです。お開きにした後、寮へ戻ろうとした際に、ローズは階段から落ちたようですわ」
「何ソレぇ、誰に突き落とされたのよ。よっぽど恨まれてるのねぇ。あ! 悪役令嬢だもん、ムリないか。んもう、ピーチってば、アタリマエすぎることいっちゃったぁ☆ ごめんねぇ、ペロリんっ☆」
「……友人とのお話に夢中で、階段を踏み外したのです。純然たる私自身の不注意です」
「ハッ! つっまんない女」
「……体の、複数箇所の骨折と脳震盪による気絶。医務室で一応の治療は受けたけれど、完治とはなりませんでした。昼過ぎ、太陽が傾き始める前に馬車に乗せて、この屋敷に連れ帰ってきておりますわ」
『え!?』
「十八時の鐘が鳴っていた時には、すでにそこのベッドで横になっていましたの。怪我をした事は、食堂に大勢の目撃者がおりますし、治療中には医務室に学園長が見えられて、早めに夏期休暇に入る許可を頂きましたわ。馬車が走り出す際にはお見送りまでして下さいましたの。ローズは無関係です!」
これで、ピーチがしなだれつつ涙ながらに訴えてきた事柄の大部分が、「ローズ、イコール犯人」に決め付けて掛かると苦しい事になる。
ここにきてようやく『愉快な逆ハー達』は不安げに視線をさ迷わせ始める。
『……なんかぁ、ピーチがワルモノとかぁ、ありえなくない?』と、舌打ちをするピーチ。
「……まだだ」
混沌としてきた空気に放たれる、一本の矢のようなセリフ。
「まだ終わっていない! ピーチは暴漢に襲われたのだから」
雰囲気に追い詰められる余り、多方面に誤解をばら蒔く事を言い放つリーフ。
「そ、そうよ! 『頼まれたからだ』って、言い捨てて逃げ出した、ひきょーもの達だったんだからね」
「いつ、どこで。被害は相談したのかね?」
「六月のまんなかの舞踏会の前よぉ。アコナイト殿下と街でデートする約束だったの。私ひとりで歩いていた場所はぁ、市場のハジのハジっこ? したまち? 男達の“まのて”からにげだしたあとはぁ、傷ついていっぱい泣いていた私に、お城の舞踏会に入れるようにしてくれるって、ドレスも買ってくれるって、宝石もプレゼントしてくれるってぇ。アコナイト殿下ったら、ピーチにチョー“あまあま”だったの」
「……。騎士団へ報告はしたのか?」
「え? どーだったかなぁ? あ、アコナイト殿下が『俺に任せろ!』って。ピーチ、カンゲキしたのぉ」
「アコナイト殿下。騎士団か、もしくは他の然るべき部署へ伝えて頂きましたでしょうか?」
「いや、まだ……」
「えーー、なんでぇ!?」
「ピーチのピンク色の桃髪が、私の視線を眩ませる。可愛いピーチに夢中になり過ぎて、つい……」
「んもう。アコナイト殿下ったらぁ」
「……。市場の端の端と言ったら、スラムに近いねえ」
「下町のその位置から、頼まれたらしき暴漢どもが、カーティス宰相の屋敷の方面へ走っていったと」
「そうよ、そう言っているじゃない。オッサン、アタマわるいんじゃね?」
「……。暴漢どもが、カーティス公爵家へ入って行くのを、直接見たわけではないのだな」
「そんなのアタリマエじゃない。どんだけキョリあると思ってんのよ」
「クックックッ……。スラムから貴族街のこの屋敷へ、如何程の距離と、どれ程数多の家屋敷があると思っているのか……。方角だけでは言い掛かりにすらなるまい。全く、笑えぬ冗談だな」
貴族家の当主として、一国の宰相として、日々、権謀術数の糸の端を握っている男として、凄みのある笑みを浮かべる。
(あ、これあかんやつだ)
現実では、酸いも甘いも噛み分けて、腹芸によって周囲と政を動かしているローズの父。
ゲームではヒロインの選択やルート分岐によって、高潔にも悪徳にもなった。ただ、基本的には本筋にあまり出てこない脇役。ゲーム中、唯一単独スチルで登場したのは『ヒロインと各家の子息(逆ハー達)諸共に、闇から闇へと抹殺デス』のバットエンド。
今は、ファンブックで絵師さんが挙げた「渾身の一枚」と同じ表情をしている。
『攻め』のモードに入った父の発する圧力に、冷や汗が止まらない。さっきから熱くなったり冷え冷えしたり、なんだかやたらと忙しい。
(っていうか、なんで皆私の部屋に集まるの? 私が動けないから、イベントの方からやって来たとでも言うワケ? 解せぬ)
★★★
「もうよいわ。大して実にならぬ戯れ言ばかり聞かされてうんざりだったが、後程の取り調べの時に、矛盾を突いて揚げ足を取る為だったと割り切ろう。あれを」
「はっ!」
部屋に入りきれなくて、廊下で待機していた騎士の一人が、布が掛けられたトレーを差し出す。
「アコナイト殿下とご友人の方々に、ご確認頂きたい」
そう言って布を取り払う宰相。
『ヒロインんんと愉快な逆ハー達』からは、驚愕を多分に含んだ騒めきが起こる。
両側を兵士に挟まれた、ピーチの父とリーフの父に順に顔を向け、最後にピーチの方を見て、ニヤリと口の端を上げて一言発する宰相。
「顔色が優れぬようだな」
父の言葉に、ローズがちらりと盗み見れば、確かに顔面蒼白といった感じだ。ローズから離れた位置にいる父親二人など、ここからでも小刻みに震えているのが見てとれる。
「これは私がピーチにプレゼントした品々ではないか!? 『盗まれた』と泣いて取りすがるピーチの、なんと愛らしかった事か。その姿を見られただけで惜しくはないと思ったものだ。よりピーチに相応しい贈り物を用意して慰めようと、心を砕いていたが。そうか見つかったのか。私の、美しくてまろやかなピーチの為の行動、大儀であった。誉めてやろう、宰相」
「……。他の品々も、こちらの娘への貢ぎ物で相違ないな?」
宰相に問われて頷く、ウィロウ、ヴァイン、トランク、リーフの四人は、やや戸惑いの方が勝っている。
「ま、まあ……。見つかったのね。みんながピーチのためにプレゼントしてくれたジュエリーだったから、なくなって、ピーチ、とっても悲しかったの。でもどこにあったのかしら? ……あ! やっぱり盗んだのがローズだったから、今このウチにあったのね!」
「なんだと!? ローズ、貴様はやはり」
「オイ」
アコナイトが、鬼の首を取ったかのようにローズを罵ろうとした言葉をぶった切って、宰相が超低温な声で指示を出す。
一人の騎士が歩み出て、無言で複数枚の書類を差し出す。その騎士の横に並び、事の仔細を説明し始める騎士団団長。
「こちらにお見せした宝飾品は、隣国へ商売に向かう不審な集団の荷を、検めた際に発見された物です。常々、盗品やワケありの品々だと認識した上で売り捌く一味だと内偵しておりました。捕らえた上で出所を吐かせ、隣国への販売を委託した商人の店を捜索し、押収した書類がこれです」
騎士団団長は一枚を手に取って掲げる。
「……なんだ、これは……」
アコナイト以下、『愉快な逆ハー達』は揃って書類に目を通し、揃って顔色を無くしていく。
リーフは、騎士が持つ他の書類を引ったくるように手に取り、一枚一枚、ある部分を確認していく。
「……どういう事なんですか。説明してもらいますよ、父さん!」
リーフの叫びが合図になったかのように、リーフの父とピーチの父が、兵士達によって引き出される。
二人の首と両手には、魔法を封じる効果を持つ拘束具。また、腰にはロープが取り付けられて、先端は兵士の手にしっかりと握られている。
「父さん!!」
「お父様!?」




