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「メイドの手記」の外側に  作者: 稲見晶
手記に重なる言の葉(本編の世界観に基づく短編)
2/12

マシューじいちゃんのおとぎ話

 ジム、日が落ちてからは林に行っちゃなんねえって言ったろ!

 ヘタすると湖に引き寄せられて、「むこうさん」に連れてかれっぞ。

 

 で、何しに行ってたんだ? ……ははあ、リスをつかまえにねえ。リスなんて罠しかければ、勝手に向こうからかかりにくるわい。明日になったら罠の作りかたを教えてやろうかい。

 ただ、その前にご近所さんに謝りにいかんとな。村のもん総出でおまえのことを探しとったんだ。

 はっは、今さらそんな顔したって遅いわな。ま、きょうは寝ちまえ。


 ん? 「むこうさん」の話が聞きたいか? よしよし、じゃ、坊が寝つくまで、この爺が話をしてやろう。

 おまえも知っとるだろ、林のむこうにゃでっかい湖があるんだ。ときどき男衆が魚をとりに行っとる、あそこだ。おまえも、もうちっと背が伸びたら、連れてってもらえ。

 その湖だがな、むかしっから不思議なもんが棲んどるんだ。わしらはそうしたもんを「むこうさん」と呼んどる。林のむこう、人間の村のむこうにいるもんだからな。

 そんで、月の晩には「むこうさん」がにぎやかになるんだ。湖の上がぼんやり光るのを見たっちゅうもんもおる。酒盛りでもしてんのかもしれねえなあ。

 ……おまえも見たいって? やめとけ、帰ってこられなくなっちまうかもしんねえからな。

 この村のだれも、月の晩に村から出ねえのは、そういうわけだ。

「むこうさん」は子供がとくべつ好きらしくてな。見つけたらすぐ連れてっちまう。だから子供は、日が暮れたら帰ってこなけりゃあだめなんだ。


 連れてかれちまった子供がどうなるのかはわかんねえ。湖の底で見つかることもあるし、何年もたってひょっこり戻ってくることもある。「むこうさん」は気まぐれみてえだなあ。

 だいじょうぶか、怖くなっちまったか? ……はは、そうだなあ。怖くなんてねえなあ。すまんすまん、爺が悪かった。

 ただな、あんまり怖がらんでもいい。「むこうさん」はこっちを憎んどるわけじゃねえ。ただ楽しいから、うめえもんがあるから、誘ってやろうと思っとるだけだ。人間が湖の中で生きていけないのを、知らないだけだ。

 だからな、おまえがうっかり「むこうさん」に誘われて溺れ死んじまうことがあったらな、わしらはもちろんのこと、「むこうさん」だって悲しいんだ。いいな、日が暮れたら林には行っちゃなんねえぞ。わしらも「むこうさん」も、だあれも幸せになりゃしない。


 ちいと坊には窮屈な気がするかもしれんな。けども、「むこうさん」がいるのは、わしらにとって悪いことばかりじゃねえんだぞ。

 食うに困らないほど湖で魚がとれるのは、「むこうさん」のおかげだ。湖のふちになにか置いとくと、満月の晩になんかいいもんと取っかえてくれるって話もある。「むこうさん」の考えるいいもんが、わしらが考えるいいもんと同じとは限んねえけどなあ。


 ああ、そうだ、ときどき「むこうさん」が人間に化けてこの村にやってくるって話もあるな。……なあに、悪さはしねえ。ただ人間のふりをして遊んでるだけだ。

 もしかしたら、おまえもそのうち、こっちに来た「むこうさん」に会うかもしれねえなあ。そんときにゃ、知らん顔して、人間とおんなじように接してやることだ。人間ごっこがしたくて来てるんだからな、つきあってやるのが優しさってもんだ。ちっとばかりおかしなことを「むこうさん」がやらかしても、笑うんじゃねえぞ。

 そんで、心のなかで喜んどくんだ。「むこうさん」がうらやましくて真似したくなるような暮らしがここにあるってことだからな。誇れることだ。


 そういやこないだも「むこうさん」が来たって話だな。よろず屋のクレイグのとこだったか。

 夫婦もんで、土だの葉っぱだの、体にくっつけてたらしい。まだ化けるのがへたな木の精ってとこかもしんねえな。


 ……さ、いいな。こっちが気をつけるとこをちゃんと気をつけてれば、「むこうさん」はわしらに悪いことはしねえ。

 わかったな、ジム。……ジム? ……寝ちまってるなあ。ま、明日はうんと怒られっからな。今のうちに、たっぷり寝とけや。


(終)

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