beth
またまたジャンルが該当しないので『その他』となりました
投稿前、友人に読んでもらったのですがあえてジャンルを言うなら
ハードボイルド
らしいです、よ?
俺はガキの頃から人とは違ってた。
やりたいと思った遊びをしてると「止めなさい」と親が叱りバットとグローブを渡してくる。
なんとなく両親の望む姿が理解できたので近所の奴らに混ざってそれを演じてた。
泥塗れになって遊んだ時も、捨てられた小汚いエロ本を回し読みした時も楽しくはあったがどこか俯瞰して見ていた。
自分は違うんだな、と実感したのは一番仲の良かった弘也が三組のみちこが好きと言った時。
俺はからかう事も応援する事もなくただ動揺し、興味ない素振りをしてた。今思えば嫉妬してたんだろう、みちこに。
兎に角、その瞬間から俺は自分の中に明確な女の部分を感じるようになってた。と言っても、服装や仕草がそれを好む分けではなく思考に女としての自分がいるだけで、外面はそれを隠そうとそれまで以上に粗暴な、いわゆる悪ガキとして振る舞うようになった。
そうして、自分の本質を忘れそうなほど演じ続けてたある夏の暑い日。
自転車を飛ばして河川敷に来た俺と弘也はサンダルを脱ぎ捨て浅瀬に足を浸けて涼んだ。チューブ入りシャーベットアイスを得意気に見せた弘也が二つに割って突き出してきた。受け取り、棒状のそれに吸い付いて食べながらふと弘也に目をやる。汗に濡れたTシャツを肌に張り付け、未成熟なのど仏を動かす弘也は口の端からシャーベットを垂らしていた。
とたん、俺の中の女の部分が馬脚を表し自分でも驚くほど心臓が暴れ出す。その音は弘也に聞こえてるんじゃないかと疑うほど大きく体中に反響していた。
その時の興奮は今でも思い出せる。
あれが性の目覚めた瞬間だったのかもしれない。
ガキの俺がそんな物に抵抗できる筈もなく「こぼれてるぞ」と精一杯格好つけながら無防備な弘也の頬を指で拭いシャーベットを口に運んだ。
その後はまあ当然と言えば当然だが弘也は別の生き物でも見るような視線を俺に寄越して引き笑いを浮かべてた。人間てのは自分の常識の枠から外れると理解できず受け入れられないものだから。
夏休み中、気まずくて会えなかったため新学期を待っていたが父親が転勤になり否応なく街を離れる事となる。センチな青春ドラマよろしく、弘也と仲直りできないまま引っ越し新しい生活が始まった。俺は同じ轍を踏まないと固く誓い女の部分をコントロールする術を考える。自分で言うのも何だが小賢しいガキだった俺は他人とのこの違いはイジメの対象でしかないと敏感に察知し体を鍛えようと思った。近くにあった空手道場へ通うようになり毎回くたくたになるまで練習していると肉体だけでなく精神の鍛錬にもなった。
俺の中の女の部分、その頃は性欲として顕著に表れていたのだが、それが抑制に役立った。
武道が唄う自己鍛錬は俺の性に合ってたんだろう。
思春期を迎えクラスメイトは誰が可愛い、誰とやりたいなんて毎日のように似たような会話を繰り返していたがとても混ざる気にはなれず離れていると一部女子にストイックだともてはやされ面食らった。ちょっとした会話から遊びに至るまで女が望んでる筈の事を俺の女の部分が嗅ぎ取りつい自然にフォローしていたからだろう。それもあってか何度か言い寄られた事もある。無論、丁重に断ったが。
誰にも自分の本質を明かす事なく学生生活を過ごした。
だからといって人の輪から外れてたりイジメられてたわけじゃない。むしろ人気があった方に思える。
なぜなら異性の嫌な部分、女の目が男のがさつさや傲慢さ、男の目が女のあざとさや感情的な所などどちらも見ていたのでそれらを弾いて出来の良い人間を演じてたから。
二十歳もそこそこになると誰に誘われるでもなく歓楽街で遊ぶようになっていた。
雑多な居酒屋や落ち着いたショットバーなど店員のお勧めを聞いては色々渡り歩く中で気になる情報を耳にした。
同性愛者のみが集う店があるらしい。そう、ゲイバーってヤツだ。
大通りを曲がり小さな路地に入ると雑居ビルが乱立するなか、件の店があった。電光パネルも無くチープな立て看板に〈double〉という店名と地階を指す矢印が書かれたのみ。一見すると普通の飲み屋でしかない所が余計にアングラさを出していた。
聞くところによると女や一般男の入店を許可してないようで自分がどう見られるのか不安だったがスタッフが雰囲気で分かると快く迎えてくれた。
店内は薄暗いライトに照らされている。カウンター席七つとテーブル席が三つ、客のいる所は淡くキャンドルが灯されていた。
スタッフに性の悩みを打ち明ける奴や目当ての相手を物色する奴、色々いる中で俺はその世界の用語や手ほどきを受けた。
街にいる時、誰かを誘う「サイン」の出し方。
世間的にいう男前ではなく説明の付かないはまるタイプがある事など。
ブサイクがはまる奴はB専、棺桶に片足突っ込んだ年寄りがはまる奴はオケ専、自分の好みを探す事をすすめられ数回通ったが誰にも食指が反応しなかったためある結論に至った。
初めの記憶が鮮烈に残る俺はノーマルの男、ノンケが好きなんだろう。
そうなると自然ゲイバーから足が遠のき歓楽街をうろつくようになっていた。
だからと言って初めから性的に男を求めていたわけじゃない。ただ自分の中にある嗜好を確認するため。その程度の軽い気持ちで行き交う人を眺めてた。
ゲイバーのマスターに教えられた「サイン」が出てない事を前提に物色していると何人か俺の心を揺さぶる相手が目に止まった。
少し中性的で線の細い、それでいて明るい雰囲気。
そう、丁度弘也が年を食ったらこんな感じなんだろうな、と思えるような。
可笑しくて自嘲した俺は開き直ってもう一歩踏み込んだ。
始めのうちは行き着けの店を誘い文句にしていたが相手にされなかった。俺のなりはいわゆる客引きと同じような暗い色のスーツ姿だから警戒されたんだろう。そこで俺の中の女の部分に任せ警戒心を和らげる仕草、言葉を吐くとそれなりに釣れ出した。
会話を楽しむだけ、そのつもりだったがもう一歩、もう一歩と踏み込む。相手も金をちらつかせるとほいほいついて来たので「そんなものか」と若干達観しながらも関係を結んだ。
まあ、そんなこんなで今に至るってわけだ。
人生の伴侶もなく刹那的に生きてる。俺みたいな生命の根底を否定する人間に先はない。よく歌や本、経営する店を自分の子供のように例える話を聞くがそんなものは欺瞞、自己満足のオナニーで実際は何も残せない。家族ってのは他と代え難い繋がりで結び付いた物なんじゃないかって思う。
兎に角、俺は貯蓄なんて一切考えずその日その日の享楽に耽っている。行き詰まったらその時、誰もいない路地裏で野垂れ死んじまえばいいさ。
口の端を小さく歪めてロックグラスを一気に煽り琥珀色の液体を喉の奥まで流し込んだ。
「おかわり、お入れしましょうか?」
アルコールの熱が染みて心地よく顔を緩めた所でマスターがスマートに聞いてくる。
空になったロックグラスを軽く掲げて同じ物を要求した。
薄明かりが灯された木目調のシックな色合いの店内はバーカウンターを挟んで俺とマスターのみ。
無論、そう言う店でもなければマスターとの関係も世間から逸脱したものでもない。
よくあるショットバーの一つで落ち着いた雰囲気が気に入り足繁く通ってる内に俺の性癖を打ち明けるようになった。その程度だ。
新たに差し出されたロックグラスを傾けて軽く唇を湿らせる。
「そう言えば最近見ませんね。ギターの彼」
唐突に問いかけてくる。不躾に思えるがマスターとの間柄ならなんら気にする事でもない。
「ああ、潮時ってやつだな」
小さく鼻で笑って答えた。
「またですか……そのうち刺されますよ」
1を聞いて10を知ったマスターが呆れながら冗談めかしてたしなめてくる。
「いや、まあそのために体鍛えてるって言ってもいいんでね」
おどけて返すがそうなったらそうなった時、見えない明日のために今日の楽しみを潰すつもりはさらさらなかった。
冷えた空気が肌を刺し、季節はずれの陽光がまぶたを焼く。
調子に乗って飲み続けたアルコール漬けの体には心地良い刺激だった。
気付け代わりの缶コーヒーをちびちびやりながら公園のベンチにべったりと身を預ける。
ぼんやりした視界に通勤するサラリーマン、送迎バスを待つ園児、集団登校する小学生が映った。皆誰かと繋がり社会の一部を形成してる。
斜に構えて歯車なんて言ってしまえばそれまで。けど俺はそれにすらなれない欠陥品てやつだ。
「孤独だけじゃどうしようもない、か……全く」
どの口が言ってんだか。
自嘲して視線を落とした砂場には大きな砂山が出来上がっていた。
その向こう側から小さな手が見え隠れしてる。好奇心が刺激されて首を傾けるとスモック姿の子供がしゃがみ込んでいた。中性的で成長すればそれなりの男前に育ちそうな……。
「よう、ぼうず。独りか?」
勿論、守備範囲外だが興味と暇つぶしで声をかけた。
「ひとりじゃないし。いつもさっちゃんといっしょだし」
全く物怖じせず唇を尖らせて反論しながら真剣に砂山を補強している。
「へぇ、そのさっちゃんはどこにいるんだよ?」
拗ねた仕草が面白く調子を合わせてからかった。
「……いまいない。だってしんごちゃんとばっかりおはなしするから」
せっせと動かしていた手を止めて沈み込んだ。
なるほどね。
昔の自分を重ねて口の端で小さく笑った。
「ケンカ中か?さっさと謝って仲直りしないとずっとそのまんまだぞ」
「……うん。でも、ぼくなにもしてないし」
このままじゃやだけどどうしていいか分からない。感情のブレが手に取るように伝わってきた。
「だから何もしなかったんだろ?さっちゃんとしんごちゃんに僕もまぜてって言えよ。独りで遊んで楽しいか?」
俺の問いに何度も首を振って否定する。
「ひとりぼっちはさみしいな」
予想していた言葉だがそれは妙に突き刺さり俺を揺さぶった。
不意に、視界の端にエプロン姿の女が映り込む。たぶん保育士か何かだろうな。
「貴史く~ん、行くよ~」
「あ、はーいッ」
タカシと呼ばれた子供が元気良く立ち上がった。
「ぼうず。タカシって名前なのか?」
「うん。パパがつけてくれたんだ」
なんだ、それ。
偶然にしちゃ出来すぎてる。
「オジサン、さようなら」
呆ける俺をよそにタカシは保育士の方に走っていく。
……漠然と、許された気がした。
欠陥品でも何も残せなくても、俺でいいんだ、と。
豆粒大になったタカシの背中を見つめる。
呼び止めて父親の名前を聞けないのが俺の弱さなんだろうな。
なんだか可笑しくなって笑った。
いつものように口の端でじゃなく、声に出して全開で笑った。
俺は残り僅かのコーヒーを飲み干して空き缶をゴミ箱に投げ捨てると大きくのびをして公園を後にした。
bethは女性名詞よりも
ヘブライ語の『2』『家』を意味する母性を象徴する方で
どちらにしろ女性的なタイトルですが主人公の二面性を指す感じになるかなぁと