表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かんづめ?  作者: 西原嘉月
1/2

鯖の水煮缶

産まれながらに何かに固執する性質の人間が存在する。


例えば、誰も教えてはいないのに、ある日電車を見たとたん鉄道オタクまっしぐらな幼児がいたり。

例えば、ただひたすらにティッシュでコヨリを作っていた子供が、紙漉き職人になったり。


これは比較的いい例で、なかにはどうしようもなく性癖じみている場合がある。


それは僕にとって、蓋だった。


子供時代に牛乳瓶の蓋や、ビール瓶の王冠を集めていた人も多いだろう。

それらは確かに魅力的ではあったが、僕の興味は中身のわかる瓶の蓋の収集にはない。


パッカン。


そう、僕の心を占めてやまないのは、主に缶詰めなのだ。


「これにオニオンとポン酢でお願いしまーす」

「はい。今日もハイボールでいい?」

「いや、僕は鯖缶にはビール」

「じゃあ生ね」


近所にある馴染みの缶詰めバーは、テナント募集の看板が目立つ雑居ビルの2階にある。うなぎの寝床のような細長い店で、カウンタ―10席の今日は半分くらいが埋まっている。


壁一面に備え付けの棚から、自分で好みの缶詰めを選びママに調理してもらう形式で、缶詰めの原価にトッピングと調理代がかかる。


普通は蓋を開けずにママに手渡すが、以前来たときに開ける瞬間が好きだと言ったら、じゃあ開けてよと投げて寄越され、今にいたる。


「はい、生と鯖たま。かつお節はおまけ」

「こりゃどうも」


冷たいビールが喉をおりていく。

梅雨明け間近の蒸し暑さでも冷房弱めなこの店は、入ってしばらくしても汗がひかない。だからこそ、冷たいアルコールが堪らないわけだが。


ふーっと一息ついて、時計を見る。

19時過ぎの店内には、夫婦らしき中年カップル一組とワイシャツまくりのサラリーマンが二人。

「ケーコさん。今日はもう里見さん来てましたか?」

しゃきしゃきの玉ねぎは辛さが少し残る絶妙加減で、鯖の水煮の生臭さを良きものにした。

「そういえば今週はまだ見えてないわよ。水曜日は家族サービスデーって言ってたから、今日は来ないんじゃないかしら」

「え、ご結婚されてたの?」

僕の反応に、ケーコママはにやりと唇の端をあげた。

「気になるんなら本人に聞いたら~?」


何か勘違いしてるらしい。

オーダーが一段落ついているのか、赤茶けた長い髪を束ね直して、カウンターに頬杖をついた。


「里見さんに用があったの?」

用というほどの事ではない。

ただ、今の僕の疑問というか気になってやまないことに、里見さんなら答えをくれそうな気がしたのだ。

「用ってほどでもないんですけど。最近、ちょっと気になる事があって」

「気になる事?気になる女の子だったらお姉さんにいくらでも!」

「いや、違うから。ちょっとね、先週不思議なものを見つけたんです」

正直、僕は3日間悩んだのだ。

今日ここに来て里見さんに会えたら、彼ならどうするのか聞いてみたかった。

「不思議なものねぇ。で、ゆきちゃんは何を見つけたの」

「ゆきじゃない。自由の由と樹木でよしき。わざと広めようとしてるでしょ」

「可愛いじゃない。で、里見さんにはなれないけど、お姉さんにわかるかもよ。不思議なものの正体」

「うーん。正体は多分わかるんだよね。でも経緯がさ」

「経緯ってどういうこと?」

このまま、ケーコママに話してしまおうかと考えてる間に、入り口の重い防火扉が開いた。

「あら里見さん!ゆきちゃんがお待ちかねでしたよ」

里見さんは首筋の汗を手の甲でぬぐいながら、僕を見て今晩はと微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ