お出かけしてみた。(前編)
すまぬ、ここんとこ仕事が忙しくて遅れた。
「け、恵太ぁ……」
「ん? どした?」
い、いい、家の外だよ……
あ、あわわ……!!
一ヶ月ぶりの外だよぉ……
こ、こわひ…… にゃぁぁ…
「ど、ど… どどど、どこ行くの?」
「どもり過ぎた…… ちょっとは落ち着け」
「にゃ!?」
ガタガタ震えながら、恵太に寄り添う僕。
恵太は、そんな僕の腰に手を回して僕を引き寄せる。
「に、にゃ、にゃにを!?」
な、なな、何するんだ突然!!
にゃぁああああ!!??
「ん? こうしとけば怖くないだろ? 中途半端にくっつくよりはさ」
「あぅ… ぅ あ にゃ ぅにゃぁあ!?」
た、確かに、それはそうだけど…… そぉだけどぉ!!
「ほら、人の邪魔になるぞ? もっと寄れよ」
「ひにゃぁ!!」
うみゃああああああ!?
も、もっとギュってあわわわ!!
「ん? もしかして…… これ、嫌か?」
「に、にゃぁ!? そ!? い、イヤって…………ぅ……………………………………………ぃ、嫌では……ない」
「じゃあいいのか?」
「……………………………ぅ……うむ」
「ぷっ、くくっ… な、なんだよ、うむって…… お前は侍か」
そして軽く笑いながら、そっと僕のわき腹あたりに手を添える恵太。
「にゃ!? う、うるさぃ!」
そんな恵太にニャーニャー言いながら、恵太の服の裾をぎゅっと握る僕。
にゃ、にゃう……
悔しいけど……
確かに恵太の言うとおり、こうしてると大分安心する。
やっぱり恵太のそばだと…… 安心するよ。
で、でも…
安心はするけど……
だ、だけど… これ…
ど、ドキドキして落ち着かないよぉ!!
にゃぅ…… もぅ、なんだよこれ!?
もぉ!!
「と、ところでどこに行くの?」
僕は、恵太を見上げながら問いかける。
「ん? まぁ、行ってからのお楽しみだな」
恵太はそんな僕にいたずらっぽい笑みを浮かべたのだった。
――――
「ここ…… 服屋さん?」
僕は恵太のことを見上げながらそう呟く。
どうやらここは見た感じ、フォーマルな服を取り扱っている服屋さんみたいだ。
しかも……
「そうだよ、凄い店だろう?」
凄く大きくて、かなり高級な感じのお店だった。
「服…… 買うの?」
「ああ、買うよ?」
「誰の?」
「俺とお前の」
「ぇ……………な、なんで?」
僕はおずおずとしながら恵太を見上げる。
恵太の服ならともかく、ろくに出歩かない僕の服なんて買っても……
「これから行くところにはドレスコードがあるんたよ」
「え?」
「さぁ、いくぞ」
「にゃ!? えぇ!?」
僕は恵太に腕を引かれて店内へと連れていかれるのだった。
――――
「さぁ、どれかいいのがあるか?」
「えぇ… ぼ、僕ドレス着るの?」
僕は不安げに恵太を見上げる。
「まぁ、明らか女の子のお前がタキシードとか着るわけには行かないからなぁ」
そう言って苦笑する恵太。
「にゅぅ… で、でも僕、まだスカートすらはいたことないのに……」
僕は恵太の服の裾をきゅっと握る。
「まぁ…… いい機会じゃないか? こんな時に言うのもなんだけど、お前が男に戻れる可能性は低いんだ…… だから、そろそろそういうのにも慣れておいてもいいんじゃないか?」
恵太は少し申し訳なさそうに微笑みながら、僕の頭を軽くすくように撫でる。
にゅぅ… けーた、最近撫でるの上手くなったなぁ。
むぅ… 慣れておいた方がいい… か。
…………………確かになぁ。
でも… だけど……
「に、にあうかなぁ…… 僕に」
「お前は可愛いんだから何でも似合うんじゃないか?」
「へ? ………………にゃッ!?」
な、にゃ……っ はぁっ!!??
「な…なな……にゃ!? か、かわいいって…… な、何馬鹿なこと言ってんだよ!!」
何をいきなりこいつは…!!
「別に馬鹿な事は言ってないだろ」
「にゃ!? ぅえっ!?」
「え? 何、お前…… その顔で、自分が可愛くないとでも思ってるの?」
「…ぇ……………………にゃ?」
は……? ぅえ?
「はぁ………………マジかよ…… お前ってやっぱ馬鹿なんだな」
「にゃ!? ば、馬鹿ってなんだよ!!」
「いいか? 言っておくがお前はかなり可愛い部類に入る美少女だぞ? しかも、前の世界だったら確実ににアイドルくらいにはなれるレベルでだ」
「え? な………ぇ…ッ!? だ、だって僕、男の時とほとんど顔つきは変わってないんだよ!? それなのにかわいいとかありえないよ!!」
「いやいや…… お前昔から女顔で童顔だって言われてたじゃん…… 忘れたのかよ?」
「えッ……!? そ、そ…… そうだった……っけ?」
「はぁ…… ほんとに忘れてたのかよ…… まぁ、とにかくそう言うことなんだよ」
「うぇぇ??」
そ、そうなんだっけ?
ぁぅ……? そう……なの?
……………………………ってことは、えっと、も……もしかして。
「えっと……… そ、その…… け、けいた?」
「ん?」
僕は恵太の服の裾を握りながら尋ねる。
な、なんだか恥ずかしくて目は合わせられないけど。
「け、けいたも…… その…… そ、そう思ってるの?」
「そう思ってるって…… お前が可愛いかって事か?」
「はぅぅ…! う、うん!」
うぅ… け、恵太に可愛いって言われると…… な、なんだかむずむずするよぉ……!
「もちろん俺もそう思うぜ? 客観的に見てお前はかなり可愛いよ、前の世界にいた女を含めても、多分一番可愛いんじゃないか?」
「ぁ…う………っ!!」
にゃ……………ッ!!??
う……ぁ や、やば…… やばいやばい!!
か、顔あつい!?
にゃぁぁ……!!
「お、おい…… どうした?」
「ぅ……… うるさぃ!! なんでもないよっ!!」
ぅぅ…… や、やばいよぉ…… か、体がふるえてきた。
け、けいたが……
恵太がまさか…… 僕のことをそんな目で見てたなんて。
「にゃうぅぅ……!!」
な、なんだか急にはずかしぃよぉ!!
「ほんとに大丈夫か?」
「だ、大丈夫だから!! ちょっとしたら収まるから!! ちょ、馬鹿!! 今、僕の顔をみるなぁ!!」
にゃああああ!!
た、頼むからちょっとだけそっとしといてよぉ!!
――――
「落ち着いたか?」
「う、うん」
僕は、うつむきながら恵太にそう答える。
本当はまだちょっと頬が熱いけど、とりあえずは落ち着けた。
「そうか…… で? どのドレスにする?」
「むぅ……? そ、そうだなぁ…」
ドレスかぁ。
ま、まぁ、恵太が似合うって言ってくれてるんだから着てみようかなぁ。
恥ずかしいけど、確かに恵太の言うとおり、こういうのにも慣れておかなきゃだしね。
うん。
僕は今、女の子なんだから、その現実を見なくちゃだよね。
恵太も…… 似合うって言ってくれたし。
でも…
にゃぅ… 初めての女の子の服が、ドレスってハードル高いなぁ。
ど、どれにしようか?
どういうのを選べばいいんだろう?
と、とりあえず地味目の奴にしようかな?
う、うん!
そうだね、そうしようかな?
「ねぇ、けい………ん?」
僕が恵太に意見を聞こうと思いを見やると、恵太が少し離れたところを見ながらぼやーっとしていた。
「なんだろう?」と思い恵太の視線の先に目を向けるとそこには……
一着の純白のパーティードレスがあったのだった。
あれは…… フレアスカートと言う奴なのだろうか?
肩が大きく出たデザインに、ふわふわでひらひらした膝上のスカート、腰の横に流すようにつけられた大きなリボンがアクセントの、可愛くて大人っぽいデザインのドレス。
一言で言って、お姫様って感じのドレスだった。
「むぅ……」
僕はそのドレスを目にして、思わず唸ってしまう。
あれは…… あれは完全に恵太の趣味だ。
実は恵太は、ああいうお姫さま系の格好が結構ツボなのである。
前の世界でも恵太は、雑誌などでああいうきらびやかな格好をした女子に惹かれていたのだ。
多分、恵太自身は地味目だから、逆にああいう格好の娘に惹かれるんじゃないだろうか?
も、もしかして……
…………………恵太は、僕にアレを着て欲しいのかな?
「け… けいた?」
「ん? どうした?」
「あ、あのドレス…… 僕… 着たほうがいい?」
「へ? い、いや、別にそう思って見てた訳じゃないぞ! シノの服なんだから、シノが好きに決めてくれていい!! た、ただ………」
「ただ……?」
「いや…… 今のシノがあれを着たら絶対似合うだろうなって思っただけだよ、うん」
恵太が、そう言って僕にはにかむ。
ちょっとだけバツが悪そうにして、頬を一指し指でぽりぽりと掻きながら微笑む。
「にゃぅ……!」
僕は……
僕は、そんな恵太の表情と仕草に、思わず……
かわいい…… なんて… 思ってしまって。
きゅんて…… しちゃ……て?
え?
あ、あれ? あれ?
ぼ、僕… どうしちゃった……の?
「にゃ…… あ、あれに…… したげる…」
僕は目線をそらしながら、横にいる恵太の腕の袖を掴む。
「へ? なんて?」
「あれ…… 僕、着るよ」
「え!? ま、マジで!?」
「は、恥ずかしいけど…… お金出すの恵太だし…… だから、その… け、恵太の好きなので… いい」
うぅ…… なんなんだよ… 僕。
親友なのに…… 相手は恵太なのに……
おかしい……よ。
「え…… い、いいのか!? で、でも無理しなくていいぞ?」
「いい…… あれで…… 僕はあれが……いい」
でも……
「お、おお!! じゃ、じゃあ俺、店員さんに話してくる!!」
「うん……」
でも、恵太の笑顔を見てたら…… おかしいとか…… どうでもよくなって…… くる。
やっぱり僕…… おかしい。
――――
今、僕と恵太はお店にある個室更衣室で着替えをしている。
この高い服には、魔法によるアジャスト機能があるから、袖さえ通せば簡単に完璧に着こなせることが出来る。
だから、店員さんとかに着せてもらう必要はないから僕でも安心して着替えることが出来るのだ。
そう……
着替えることは出来るんだけど……
「うぅ…… やっぱやめとけばよかったかも」
僕はむき出しの肩とスカートに手を添えながらそう呟く。
にゃぁ… やばい… これ、着てみたら思いの他はずかしぃ。
や、やっぱやめとけばよかったかも。
「シノ? 着替え終わったか?」
「にゃう!?」
恵太がカーテン越しに僕に声をかけてくる。
にゃ…… は、はずかしいけど…… せっかく着たんだからみせなくちゃ!
で、でもまだ心の準備がぁ……
「シノ? おい、どうかしたか? 開けるぞ?」
「え!? ちょ、まって!! にゃあああ!!??」
シャーっと言う音と共に、僕を隠していたカーテンが開けられる。
僕は思わずビクッとなって、身を縮め、しゃがみ込んでしまう。
「や… やだ、やだ!! ま、まだこっち見ないでよぅ!!」
目をつぶってうつむく僕。
顔が熱くて、体がふるふるする。
なんだか、恵太の視線をじりじりと感じる気がする。
にゃぁ……!!
は、はずかしいよぉ!!
「シノ…… ちょ…… ちゃんと見せて?」
「ぅえ……?」
恵太がそんな僕の前にしゃがみこんで、僕の両手をそっと掴む。
「さ、立って?」
「にゃぅ…!?」
僕は、恵太に引っ張られる形で、ゆっくりと立ち上がった。
「シノ…… お… すっげぇ…… 似合ってるな」
「にゃ!?」
目をつぶったままうつむいている僕に、恵太がそう囁く。
「シノ…… ほら、目を開けて… なんも変じゃないぞ? すごく…… 似合ってる」
「にゃ……ぅぅ…」
僕は… 恵太に促されてゆっくりと目を開ける。
それでもやっぱり恥ずかしくて、ちょっとだけ涙が滲んじゃうけど……
「にゃ………………ぁ」
僕は…
僕はそこで… 思わず息が止まる。
目の前に映った、恵太の姿に…… 思わず呆けてしまう。
「うん、やっぱり…… 思った通りだ」
いつも地味目な恵太。
だけど、今僕の目の前にいる恵太は……
「やっぱりこの服… シノに良く似合ってるな!」
スラッとした渋めのスーツを着こなして……
いつものぼさっとした髪を、ワックスでオールバックに整えて……
凄く大人っぽくて、笑顔が爽やかで……
「にゃう………ぁ…ぅ…ぅ」
凄く…
「にゃぁ…ぅ」
いつもと、違う……よ?
――――
「なぁ…… なんでさっきから黙ってるんだ?」
「ぁ………にゃ……ぅぅ…!!」
今、僕と恵太は店を出て夜の街道を歩いている。
恵太はさっきと同じように、僕の腰に手を回し、僕はその腰に回された手の袖をキュッと掴んで一緒に歩く。
僕は… 僕はさっきから、恵太に何か言われるたびに、横目で恵太をみつめるのだけど……
「にゃ…… えぅ……ぁぅ」
恵太の… 恵太の顔を見るだけで、僕は…
「にゃぁぁ……ぅ」
ど、どきどきして…… 何もいえなくなってしまう。
う…ぁ……
あぁぁぁ……!!??
もう……!!
な、なんなの!?
なんでこんな…… 恵太が…
あぅ… やぁ… もうやだぁ……!!
もうやだ……
にゃぅぅ…
「よし、ついたぞ」
「ふぇ!?」
しばらく一緒に歩いていると、恵太と僕は街の中央にある大きな広場に到着した。
「さて…… もうすぐ来るはず」
「え…… え?」
恵太は空を見上げながらポツリと呟く。
すると……
「お、ちょうど来たな……」
「え? えええええっ!?」
空から…
クェェェェェェェエエエエッッ!!!!
一頭の飛竜が舞い降りたのだった。
「よし、行くぞ?」
恵太はその成り行きを冷静に眺めながら、飛竜の背中に何故かある客室へと目を向ける。
「え? ぇえ? ど、どこへ…… きゃ!?」
恵太は、僕を突然に、さっと抱き上げる。
いわゆる……
「にゃ、にゃぁ!? こ、れ… お姫様だっ……こ!?」
恵太はお姫様抱っこで僕を抱えながら飛行し、飛竜の背中に備え付けられた客室へと移動する。
「さぁ行こうか…」
月の光をバックに恵太は僕に微笑む。
「にゃ…ぁ…」
僕は恵太に抱かれながら、体を縮めて目を見開く。
呼吸はぐっとなってしまって、心臓がどきどきして、顔がカァってなって、視界が…… 潤む。
「今日の夕食は…… 天空レストランでとるぞ」
微笑みながら、僕をぎゅっと抱きしめる…… 恵太。
いつもより凛々しくて、いつもより大人っぽくて、いつもより……
恵太…… か…
「かっこいぃ……」
次回、シノ、いっぱいいっぱいの巻。