事前通告
「6月17日に東京都・墨田区、スカイツリーを目標に、18日に北海道・夕張市、20日、大阪・阿倍野タワー周辺に向けて、それぞれ3発のスタットミサイルを発射します」
防衛大臣の谷が、交戦相手国のポコタ王国から連絡を受けたのは、6月15日正午のことだった。
「なんだと! 事前通告が2日を切ってるじゃないか。早急に※POCⅢ部隊に連絡をとって目標地点に配備させろ」
※・・・PAC3とはなんの関係もありません
POC(Proof of concept)Ⅲとは実験的な防衛システムで、敵国から飛んでくるミサイルを地上から打ち落とすシステムである。
谷は戦時特別法により、すみやかに部隊に命令を下した後、緊急会議を要請し、総理府に向かった。
首都圏にミサイルが飛んで来るという情報は、すでにマスコミに漏れていたらしく、数人の大臣は選挙区住民の安全を図る為と称して、会議に参加していなかった。
「なあに、わが国にはPOCⅢがある。これさえあれば国民の安全は守られている。大慌てする必要はないよ」
そう発言したのは豪放磊落な村中首相だった。
「そうですね。大慌てする事じゃない。国民が心配しないよう、マスコミにも説明しておきましょう」
追随したのは、官房長官の越本だ。
しかし、制服組の倉中防衛事務次官はそう楽観的ではなかった。
「しかし総理、POCⅢの精度は100%ではありません。それにポコタ国の情報がフェイクだとしたら大変なことになるのです」
そう言って額の汗を拭った。
防衛事務次官の話によると、POCⅢの射程は30キロほどでトレーラにより移動する必要から、常時配備している首都圏以外は、目標地点に向けて移動させなければならないということだった。
「我が国の高速道路は大型の軍用車両の移動に耐えられず、移動できる場所が限定されます。船舶で移動する場合、かなりの時間がかかるのです。今回の場合は首都圏、関西圏への配備は比較的容易で、夕張市は長沼分屯基地にたまたま高射隊がありますから対応できますが、他の場所なら困難でした」
「離島はともかく、POCⅢは全国くまなく配備されていたんじゃないのかね」
防衛関係に疎い須賀自治大臣が言った。
「大臣、POCⅢは高額で、日本列島全体にくまなく配置する事は予算的に無理なんですよ」
谷防衛大臣がその疑問に答えた。
「それに離島ならば良いというわけでもないですしな」
口を挟んだのは吉川文部科学大臣だった。
「だが、まあ仮定の話はこの際避けよう。ところで倉中君、POCⅢの精度とはどのくらいだね?」
「我が国のPOCⅢですと湾岸戦争当時のイスラエルの迎撃率40%よりかなり精度が上がっていて、まず90%位かと・・・」
「90%・・・、100ではないのかね」
「成層圏から落ちてくるミサイルが相手では100%は困難です」
「もし首都圏に落下した場合、被害のシミュレーションはできているのか?」
首相は越本に尋ねた。
「はい、人口密集地帯に落下した場合、通常兵器ですと死傷者は数百人程度かと・・・」
「数百人か・・・、で、もし核だと?」
官房長官は押し黙った。
「なるほどイスラエルが核施設の先制攻撃にこだわるわけだ」
皮肉家の松沢金融担当相が笑った。
「今からでもやればいいじゃないか」
「それをやると、今後は事前通告なしで打ってくるぞ」
「敵を信じろというのか。ポコタにはミサイル迎撃システムがない。先制攻撃をするべきだ」
「あー、口を挟むようで悪いんですが、わが国にはそもそも相手国を攻撃するミサイルがありません」
「※ストライクイーグルを使いたまえ」 ※・・・F15戦闘機の派生型で爆撃機能を持つ
「我が国のイーグルは戦闘機のみです」
「もう分かった! とにかく国民がパニックをおこさないようにマスコミには安全を強調しておきたまえ!」
村中首相が机をバンと叩き、会議は終了した。
はたして無事に迎撃できるだろうか・・・。
日本国民と、同じ迎撃システムを保有する国々が注視する中、9発のスタットミサイルは飛来し、
無事に迎撃された。
「落ちて来た破片で運悪く、カツオシ Dという人が怪我をしましたが、他に被害は出ていません」
官房長官の発表で日本中が歓喜の渦に包まれた。
「それにしても戦争中だと言うのにポコタ国が正直に通告してくれて良かった。もし,事前通告なしで打って来られたらPOCⅢの配備は困難だったろう」
「国連もポコタに対し非難決議を採択しましたし、まもなく戦争は終わるでしょう」
早くも戦勝気分で盛り上がる中、吉川文部科学大臣がポツリと言った。
「それにしても、東京や大阪は分かるが、どうしてもう一つの目標が夕張だったんだろう?」
「それはポコタ王がメロンを大好きなのに、日本が禁輸措置を取ったからですよ」
越本官房長官がそう言って笑った。
( おしまい )
このお話はフィクションです。