<覆った夢>
目を覚ますと母の顔があった。轟音も震動も止まっている。私は徐に体を起こすと、そこはあの避難所だった。大勢の人が歓喜の声をあげている。一方で、当然のごとく、泣いている人もいた。私はその歓喜の声から、「誰も死んではいないのだ」ということを悟った。
「赤ちゃんは!?」
私は我に返って、助けると約束した女性の子どものことを思い出した。
「大丈夫よ。あなた、ずっと抱きしめていたわ」
母が優しく答えた。
「本当に、何とお礼を言ったらいいか……ありがとう……ありがとう……」
側にいたあの女性が泣きながら私に言った。私は口元を少し微笑を含んで、無言で首を振った。それが一番良いと思った。
「……でもどうして私は助かったの? 波に呑まれて……」
私は母に曖昧に尋ねた。すると母は、いやそればかりか周りにいた大勢の人たちが目に涙を浮かべた。それが悲しみの涙ではないことは、私にもわかった。
「砂沙ちゃんよ」
ようやく母が言った。
「えっ……?」
「あなた奇跡的に抜け道の入り口に流れ着いたのよ。砂沙ちゃんの墓石につかまってね」
「墓石に?」
「そうよ。津波で流されたと思うけど、砂沙ちゃんの墓石があなたのところに流れ着いて、あなたを岸まで運んでくれたのよ」
私は信じられない気持ちでいた。そして心の中で何度も何度も大きな声で、砂沙の名前を叫んだ。それから泣いた。それでもそれは、悲しみとは違う何かだという感覚があった。
それからしばらくして、私は涙を拭い、「私の話を聞いて」と言った。
実に多くの人が集まってきた。
「私、本当はね、夢では死んでたの」
母もその周りの人たちも、驚いた様子でざわつき始めた。
「っていうより波に呑まれたところで途切れて……その先はずっと真っ暗。だから今日で最後って思ってた」
ざわめきはいつしか止み、皆真剣に聞き入っていた。
「つまり夢が外れたんです。もう、見ることはありません」
私はできるだけ笑顔をつくって言った。
「良かった……」
まず母が泣き崩れた。
「ああ、良かった、良かった」
次々と喜びの声が湧き上がった。拍手をする人も出てきた。そしてそれは途切れることなく続いた。一日中終わらないだろうとも思うほどだった。
その、なんとも言えない暖かいものに包み込まれながら、私は心の中で言った。
「砂沙、ありがとう!」
---完