<最後の夢>第二部
私は、抜け道を通って逃げてくる反対者達に向かって唯「逃げてください!」と叫びながら、彼らとすれ違っていった。
途中、「済まなかった」と涙をためて言う人もあれば、泣きながら走る人もいた。
私はもうこれ以上人がいないことを確認し、引き返そうとした。だが次の瞬間、「助けて!」という声と共に、女性が建物の下敷きになっているのを見た。
轟音はいっそう大きくなり、揺れも尋常ではなくなり、立っているのがやっとである。私の位置からはまだ遠いが、津波も段々と押し寄せてくるのが一目瞭然だった。
「大丈夫ですか!?」
私はそう言いながら女性に近づいていき、女性にのしかかった建物の破片を一心にどけ始めた。幸いのしかかっていたのは足だけで、私でも充分にどけることができた。
「良かった……。さあ逃げましょう!」
私はこう促した。
「待って……待って! 子どもがいるの! 家のどこかに! まだ歩けもしないのよ!」
女性が言った。
「そんな……。……私が捜します。今ならまだ間に合う。早く逃げて!」
「そんなことできるわけないでしょ! 私も捜すわ!」
「あなたは足を怪我しています。私の方が素早く動けるし、確実に逃げられます。だから私を信じて! 今度はちゃんと、信じてください!」
女性は一瞬呆然とした顔で私を見てから、何も言わずにクルリと後ろを向き、痛む足を引きづりながら抜け道を走っていった。
津波はもう、すぐ近くまできていた。だが私は諦めなかった。とても大きな不安と恐怖が襲ってきて、視界が何度か霞み始める。それなのに何故か私は、「全員逃げ切れただろうか?」ということばかり考えていた。その度に砂沙の笑顔が浮かんでは消えた。自然に、溢れてくるものがあった。私は今、砂沙のために、自分のためにこんなことをしている。その一念が私の目の奥の涙腺を刺激したのであろう。私はよりいっそう気を引き締めた。
だが必死の努力も虚しく、それから約十分後、大きな波が私を呑み込んだ。