<最後の夢>第一部
街の九割の人々が動き始めた。大切なものを大きな袋に詰め込む人、避難場所を確保する人、泣き叫ぶ子ども……。
私はそんな人たちを見て、何か取り返しのつかない過ちを犯したような心持ちでいた。本当に心から申し訳ないとも思った。そんな負の思考回路が巡りに巡って、私の心を当惑させていた。
何故街の九割もの多くの人々が避難を決めたのかと言うと、それは人間の心理である。
私が居合わせた区域以外にも、勿論反対する者がいた。むしろ私の演説を聞いていない分、その人数も多かった。だが私が居合わせた区域の九割もの人たちが避難を決心する姿を見て、「これは何か確信的なものがある」という気持ちを芽生えさせていたのである。こうなると人間は、多くの人間について行く。反対だった者も次第に賛同していき、街の九割の住民にまで至ったのである。
だが一方で、それだけの影響を受けていながら、反対する心を貫き通す者もいた。
彼らはついにその日の夜が来ても、避難を決心しなかった。私にも警官にも、彼らを動かす術はなかった。
そこで私は、地震が起きてからでも逃げられるような抜け道をつくろうと提案した。反対する者たちは嘲るようにこれを見て笑っていたが、その提案はすぐに実行に移され、夜中までかかってようやく完成した。
その翌日、一番早くに目を覚ました私は、避難場所からやがて消える街を見下ろした。そして次の瞬間、大きな音を聴いた。揺れ始める地面と共に、ここで多くの人が目を覚ました。
「本当に来たぞ!」
一人の男性が怒鳴った。それから私は、その声を合図にするように、昨夜つくった抜け道へと駆け出した。残った反対者たちを助けたかったからである。一人でも死んでしまっては砂沙への誓いが無意味になると思ったからである。
「戻りなァ!」
一人の年輩の女性が叫んだ。だが私は振り返らず走り続けた。
「オレがいく!」
先刻怒鳴った男性が走ろうとした。
「ダメだ! 大勢で行ったらそれこそ危ない! 誰か必ず死んでしまう!」
別の男性が大声を張り上げてそれを制した。
それから、
「信じて待とう、彼女を……」
と言った。