ゴリラじゃなくてボノボじゃん!
清坂 正吾 様の個人企画『ゴリラパーティー』への参加作品です。
ごりごり。
ゲームセンターのクレーンゲーム機前。ガラスの向こうで揺れる小さな影を見つけて、彼女はパッと目を輝かせた。
「ねえねえ、見て!このぬいぐるみ!」
そう言ってガラスにぴったり張り付く彼女の横顔を眺めながら、僕はマシンの中へ視線を滑らせる。
いくつか転がっているぬいぐるみ。
「このおさるさん、可愛い!」
「……猿?」
彼女が指差した先で転がっているぬいぐるみは、茶色くて丸っこいフォルムをしている。
丸い耳。つぶらな瞳。口元も猿っぽい。
……うん、可愛いとは思う。思うのだが。
「……猿……にしては、眉がちょっと濃くない?」
思わず素でツッコミを入れてしまった。
「眉?」
「うん。ほら」
僕が指差すと、彼女もじっと見る。
いや、だって明らかに目元の彫りが深すぎる。
太くて濃い毛のようなものが、きりっと描かれている。
……眉毛というより、毛の流れなのかもしれないけど。
そして、鼻の穴もちょっとだけ上を向いている。
おさるさん、というよりは……。
「んーー、じゃあゴリラ?」
彼女は首を少し傾げて、無邪気にえへへっと笑った。
ゴリラ。
なるほど。
ゴリラなら眉が濃くても、それほど不思議ではない。
いや、ゴリラの眉毛ってこんな感じだったっけ。
そもそもゴリラに「眉毛」というものはあるのか?
人間みたいに一本一本の毛が眉の形になっているわけではないだろうけど、目の上には当然、毛はある。
……あるよな?
「ごりらちゃん!」
彼女はもう、そのぬいぐるみをゴリラと認定してしまったらしい。
大雑把すぎる分類に内心で脱力しつつも、その笑顔に毒気を抜かれる。
彼女はカバンから100円玉を取り出すと、迷いなく投入口へ滑り込ませた。
アームが動く。
右。
左。
下降。
ぬいぐるみの頭上に降りていって――
そのままウィーンと虚しく空を切った。
かすりもしない。
完全な敗北である。
「むー、ダメだったぁ」
困ったように眉を下げてこちらを振り返る姿が可憐すぎて、僕の保護欲は一瞬で限界値を突破した。
「僕がやってみようか?」
「え?いいの?」
彼女が、ぱっと顔を明るくする。
格好をつけて100円玉を取り出し、彼女と交代する。
さて。
どう取るか。
クレーンゲームというのは、単純に真上から掴めばいいわけではない。
アームの爪を、ぬいぐるみのどこに引っかけるか。
それが重要だ。
僕はゲーム機の中をじっと見た。
ぬいぐるみは、仰向け気味に転がっている。
頭がこちら側。
胴体が奥。
右側には別のぬいぐるみがある。
左側は比較的空いている。
……首のあたりにアームを引っかければ、持ち上がるかもしれない。
いや。
首というか、そもそもこいつの頭と胴体の境目がよくわからない。
丸い。
とにかく丸い。
そして改めてこのぬいぐるみを観察すると――
僕の頭の中は別の疑問でいっぱいになり始めていた。
(……デフォルメされてるにしても、ゴリラにしては体毛が少なく作られてるよな。それに、ゴリラ特有の頭頂部の盛り上がり——いわゆるサジタルクレストがない。胸筋の張り出しも控えめだ)
(生地の質感も、ふわふわというよりは、若干つるつる……? いや、一応ぬいぐるみなんだから素材としてはふわふわなのか?)
(だとすると、この細身のシルエットと黒めの顔立ち……チンパンジーか、ボノボっぽいぞ。あ、じゃあ最初にこの子が言った『おさるさん』って表現の方が、広義の霊長類としては近かったのか……?……待て、そもそもボノボの顔って、どんなだったっけ……?よくよく考えると、僕はボノボのぬいぐるみを見たことがないぞ)
脳内で繰り広げられる無駄に緻密な霊長類学的考察。
落ち着け、僕。
ぬいぐるみを取ろう。
まず取ろう。
取ってから考えよう。
手元は冷静だった。アームの爪の角度とぬいぐるみの隙間を見極め、ボタンを押す。
1回目、少し移動。
2回目、向きが変わる。
3回目、爪がお尻付近の紙のタグに引っかかる。が、わずかに持ち上がっただけで、また落ちる。
そして4回目——
ゴトン。
思ったよりも大きな落下音とともに、ターゲットは取り出し口へと転がり落ちた。
投資額、400円。完璧な勝利だ。
「はい」
取り出して手渡すと、彼女は「わぁっ!」と声を上げてぬいぐるみを抱きしめた。
「すごいすごい! ありがとう!」
テンションが上がった彼女は、僕の手を両手でぎゅっと握りしめてきた。
柔らかくて温かい感触がダイレクトに伝わってきて、僕の心臓が一気に跳ね上がる。
やばい、手、繋がれてる。
「ありがと! ごりらちゃん、ほんと可愛い!」
そう言って、ぬいぐるみを僕の隣に並べる。
僕まで一緒に呼ばれているみたいだけど、満面の笑みでそう言われると悪い気はしない。
僕は必死にニヤけそうになる口元を抑え込んだ。
まあ、喜んでくれたならゴリラでも何でもいいか。
僕が彼女のヒーローになれたなら、400円なんて安いものだし、名前がゴリラだろうがなんだろうが——
ふと、彼女が抱きかかえたぬいぐるみのお尻付近から下がった紙のタグが目に入った。
そこには、ポップなフォントでこう印刷されていた。
【リアルもちもちおさるさん★全5種】
その下に小さく括弧書きで(ぼのぼ)と書いてある。
ぼのぼ……?……ボノボか……!
(——やっぱりゴリラじゃなくてボノボじゃん!!! 最初から答え出てたじゃん!!!!!)
声に出せない絶叫が、僕の心の中で虚しくこだました。
……最初に彼女が言っていた「おさるさん」のほうが近かった……。
僕の心の中の絶叫はともかくとして、彼女が僕の視線をたどって、タグを手に取る。
「このごりらちゃん、ぼのぼちゃんって名前付いてるみたい、何かのキャラクターかなあ。
ぼのぼちゃん、名前も可愛いね」
ぎゅっ、っと再びぬいぐるみを抱きしめた。
すごく可愛い微笑みだ。
……じゃあ、まあ、いいか。
ー了ー




