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第55話 今度は陛下の番です

国王の選択を、密室の会話にはしなかった。


 地上の独立記録院、地下の記録守、被害集落の代表、王都の施設管理者を通信へ繋ぎ、制御室の構造と現在の流量を公開する。


 国王が協力すれば、七周期かけて安全に血統鍵を外せる。


 協力しない場合、生命力が尽きるまで炉へ吸わせれば強制解除できる。


 どちらも隠さず説明した。


 オズヴァルトは王座に拘束されたまま、記録用の水晶を睨んでいる。金環は彼の心拍に合わせて光り、そのたびに地上と地下の供給が細くなる。


 私は彼の正面へ立った。


「陛下は、国家を守るためには一部の犠牲が必要だと、王太子へ教えましたね」


「王たる者なら、当然の責務だ」


「二十七人が置き去りにされ、本人の拒絶を消されました。私も、最初から生体維持役に選ばれていた。陛下は命令書へ承認印を押しています」


「国は、すべての命を救っては存続できん」


 国王は、いまも同じ言葉を使った。


「では、今度は陛下の番です」


 制御室が静まり返る。


「陛下一人の生命力を星脈炉へ渡せば、強制解除される可能性が高い。地上と地下の供給も戻せます。国家と民のために、自ら残ることへ同意しますか」


 これは、殺す前の儀式的な質問ではない。


 危険、結果、安全な代替である協力解除の存在を説明した上で、彼が自分の思想を自分へ適用するかを、公開の場で確かめる質問だ。


 オズヴァルトの顔が怒りで赤くなった。


「私と、名もない一兵や技師を同列に置くな」


「命の価値が違うと?」


「役割が違う。王が死ねば統治は崩れ、内乱が起きる。私の知識と血統は国家に必要だ。犠牲とは、全体を残すため価値の低い部分を切ることだ」


 ついに、彼は言葉にした。


 誰もが苦渋の末に引き受ける平等な義務ではない。


 選ぶ側にいる自分を残し、選ばれた側だけへ死を求める仕組みだ。


「リディア・フェルゼン。お前も女王なら理解するはずだ。地下の一集落を切れば全土が救える時、票など待っていられるか。最後には、お前が決める」


「私は間違えることがあります」


 王都の灯を一括で消した時の光景が蘇る。


「だから、私を止める鍵と記録を作りました。必要なら、解任できる手続きも。王であることを、誰にも止められない権利にはしません」


「弱い王だ」


「ええ。一人で完全に決められるほど、私は正しくありません」


 国王は安全解除にも、自発的な生命提供にも同意しなかった。


 その拒否を、本人の声、生命紋、時刻印と共に記録する。


 通信の向こうで、怒号が上がった。


『その男を炉へ繋げ!』


 六十年前の犠牲者遺族が叫ぶ。


『我々の父には選ばせなかった。王だけ選べるのか!』


 王都の閣僚からも、国王の強制解除を求める票が届く。忠誠からではない。水道と病院が止まる前に、一人を切って自分たちの都市を救いたいのだ。


 国王の顔から、わずかに血の気が引いた。


 これまで彼が民へ向けてきた計算が、初めて自分一人へ向いている。


 通信に、ローデンの声が入った。


『私は六十年前、同じ理屈で残された。国王を炉へ入れれば胸がすくかと聞かれれば、否定はせん』


 老いた声は静かだった。


『だが、私が置き去りにされたことを、次の一人を置き去りにする許可へ使うな。あの時の十三人も、自分たちには理由があると言った』


 別の被害者代表が強く反論する。


『国王は無実の一人ではない! 自分で装置を作り、何十人も犠牲にした加害者だ。同じにする方が被害を軽んじている!』


『同じ刑にしろとは言っていない』


『では、私の子が水を失って死んでも、原則を守ったと胸を張るのか』


 地上の施療院からも、呼吸器を使う患者の父親が発言した。


『陛下を憎んでいる。だが、娘の機械が止まるなら、私は今すぐその男を使えと言う。あとで自分が間違っていたと裁かれても構わない』


 誰も残酷さを楽しんでいるわけではない。


 失った家族と、いま失いかけている家族のために、一人を選ぼうとしている。


 だからこそ、彼らを王家と同じだと責めるだけでは何も解決しない。生贄を選ばなくても済む具体的な別手段を、指導する側が示さなければならない。


 私は国王へ、もう一度だけ確認した。


「命を差し出す必要はありません。安全な七周期解除へ協力する意思も、ありませんか」


「ない。制御権を渡せば王国ではなくなる」


 彼が守っているのは生命だけではない。最後まで、他者を選ぶ権利だった。


 私は、強制解除の準備を命じなかった。


「国王を燃料にはしません」


 地下の代表が私を責める。


『情けをかけるのか。自分を殺そうとした男だぞ』


「情けではありません」


 私は水晶越しに、地上と地下の双方へ告げた。


「国王がしたことは、公開の裁判で問います。王位と権限を失わせ、被害の回復へ資産を使うことも求めます。でも、私たちが『一人で済む』という理由で彼の拒絶を無視し、炉へ繋げば、生贄の席を国王へ入れ替えただけです」


『被害者と加害者を同じに扱うのか』


「同じ刑にするとは言っていません。裁く責任は違う。けれど、装置を動かすため人の身体を強制的に燃やさないという規則は、相手が誰でも変えません」


 これはオズヴァルトを守るための原則ではない。


 次に危機が起きた時、また「今回は悪人だから」「今回は時間がないから」と例外を作らせないためだ。


 国王は理解できないものを見るように、私を見た。


「ならば、全員で暗闇に沈め。お前の清廉さが、病人を殺す」


「そうならない方法を探します」


「時間はない」


 帰還門の前で、息子が言った言葉だった。


 今度は、その言葉に急かされて誰かを選ばない。


 私は施設ごとの蓄積量と停止順序の調査を続けさせた。


 だが、星脈炉の状態は予想より速く悪化していた。


 国王が地上鍵を最大出力で閉じ、地下鍵が吸収を拒んでいる。二つの命令が炉内で衝突し、制御柱の温度が上がり続けている。


 金の亀裂が床へ走った。


「このままでは、鍵の解除より先に炉心が割れる!」


 技師が叫ぶ。


 私は冷却路へ向かい、臨時の圧力逃がしを組むよう指示した。


 その間、ラウルは古代文の刻まれた副制御盤の前にいた。


 旧調停王家の生命紋なら、失われた共同鍵を一時的に代行できる。王門で彼が口にした方法と同じだ。


 私が気づいて振り返った時には、彼の手首へ銀色の制御線が巻きついていた。


「ラウル、何をしているの!」


 彼は副制御盤へ、自分自身を代替鍵として接続していた。

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