分け合うということ
目が覚めた時、空はまだ薄暗かった。
森の朝は早い。
鳥の鳴き声があちこちから聞こえてくる。風も冷たい。夜の名残がまだ残っているような空気だった。
俺はゆっくりと体を起こした。
……重い。
いや、体じゃない。
気持ちの方だ。
(生きてるな……)
それを確認するみたいに、手を握る。
ちゃんと動く。
昨日の戦いの傷は、もうほとんど残っていない。
レベルアップの回復、か。
本当に便利な能力だ。
ただ――
腹は減る。
ぐぅ、と小さく音が鳴った気がした。
隣を見る。
桜花はまだ眠っていた。
俺の肩にもたれたまま、静かな寝息を立てている。
警戒心がないわけじゃないだろうに、それでも眠れるくらいには安心しているらしい。
……完全に信用されてるな、これ。
(重いな……責任的に)
苦笑しつつ、そっと桜花の体を支えながら起き上がる。
起こさないように慎重に。
だが、少し動いたところで桜花の目が開いた。
「ギャ……?」
寝ぼけたような声。
それから俺の顔を見て、状況を思い出したのか、ぱっと起き上がった。
少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らす。
……なんだそれ。
妙に人間くさい反応だな。
俺は軽く首を振って、枝から降りる仕草を見せた。
桜花もそれを理解して、昨日より少しだけスムーズに木を降りてくる。
成長してるな。
本当にちょっとずつだけど。
地面に降りると、朝の空気がひんやりと体に触れた。
腹が減っているのをはっきりと自覚する。
昨日集めた食料は、もうほとんど残っていない。
つまり――
(今日はちゃんと探さないとまずい)
生きるってのは面倒だな。
改めて思う。
俺は沢の方へ向かった。
まずは水だ。
桜花も後ろからついてくる。
足取りは昨日より少ししっかりしていた。
沢に着き、水を飲む。
冷たい水が喉を通る。
少しだけ空腹が紛れる気がした。
……気がするだけだけど。
問題はその先だ。
食料。
昨日はたまたまキノコが見つかった。
でも毎回うまくいくとは限らない。
俺は森の中を歩きながら、周囲を探す。
木の実。
草。
何か食べられそうなもの。
だが――なかなか見つからない。
(……まずいな)
歩き回るほどに、腹の空き具合がはっきりしてくる。
体も少し重い。
集中力も落ちる。
これが続いたら危険だ。
桜花の様子を見る。
同じく疲れているようだったが、それでも文句も言わずについてくる。
その姿が、少しだけ胸に刺さる。
(なんとかしないと)
そう思った時だった。
桜花がふいに立ち止まった。
そして、地面の一点を指さす。
そこには――
小さなキノコがあった。
一つだけ。
昨日のものと似ている。
(……これだけか)
たった一つ。
俺はそれを見て、無意識に唾を飲み込んだ。
腹が減っている。
正直、今すぐ全部食べたい。
でも。
桜花がそれを摘んだ。
そして――
迷いなく俺に差し出した。
「ギャ」
いつもの声。
いつもの仕草。
でも、今日は違った。
状況が違う。
これしかない。
これが今日の食料の全てかもしれない。
つまり――
どちらかが食べるか。
分けるか。
俺はキノコを見つめた。
小さい。
本当に小さい。
これを半分にしても、ほとんど意味がないかもしれない。
でも――
桜花は迷わず俺に渡してきた。
(なんでだよ……)
思わずそう思う。
(お前の方が小さいだろ)
(お前の方が弱いだろ)
(普通、自分が食うだろ)
理解できない。
でも。
桜花はじっと俺を見ている。
期待とかじゃない。
ただ「どうぞ」って顔だ。
……だめだな。
こういうの。
俺、弱い。
俺はキノコを受け取った。
そして、しばらく黙ってから――
それを半分に割った。
いや、正確には無理やり千切った。
綺麗にはいかない。
でも、なんとか二つに分ける。
そして片方を桜花に返した。
桜花は目を丸くする。
「ギャ?」
分からない、という顔。
俺はそのまま押し返した。
食え。
一緒に。
そういう意味で。
桜花は少しだけ迷ったあと、ゆっくり受け取った。
そして、俺の方をちらっと見てから――
食べた。
俺も残りを口に入れる。
……足りない。
全然足りない。
でも。
さっきまでの空腹とは少し違う感覚だった。
不思議と、少しだけ満たされた気がした。
(……なんだこれ)
腹は減ってるのに。
でも、嫌な感じじゃない。
桜花を見る。
彼女も同じようにキノコを食べ終えていた。
そして、小さく息を吐いて――
笑った。
ほんの少しだけ。
本当にわずかに。
でも確かに。
嬉しそうに。
その顔を見た瞬間だった。
胸の奥がじんわりと温かくなった。
(……ああ)
分かった気がした。これだ。これが。
分けるってことか。
量は増えない。
むしろ減る。でも。何かが増える。安心とか。信頼とか。そういう、目に見えないものが。
俺は小さく息を吐いた。
(悪くないな)
本当に。
その時だった。
ガサッ、と音がした。
反射的に振り向く。
茂み。
何かいる。
桜花もすぐに俺の後ろに下がった。
気配が動く。
小さい。
でも速い。
次の瞬間、何かが飛び出してきた。
小型の生き物。
ネズミより少し小さい。
でも明らかに肉食。
牙がある。
(来た……!)
反射的に石を拾う。
桜花を見る。
震えている。
でも逃げない。
俺を見る。
判断を待っている。
(……そうか)
昨日と違う。
守るだけじゃない。
一緒に生きるなら。
戦えないといけない。
俺は低く構えた。
そして桜花に向かって、手で合図する。
後ろに回れ。
距離を取れ。
伝わるかは分からない。
でも。
桜花は一瞬迷ったあと――
動いた。
俺の横から回り込む。
ぎこちない。
でも、確かに意図を理解している。
(やれるかもしれない)
小さな確信が生まれた。
俺は石を握り直す。
(今度は一人じゃない)
それだけで、少しだけ心が軽くなった。
小さな戦いが、始まる。




