敵か、力か
森の空気が、変わっていた。
音が、少ない。
鳥の声がない。
虫の気配も薄い。
風だけが、抜けていく。
(……いるな)
俺はゆっくりと息を吐いた。
間違いない。
何かがいる。
しかも――
近い。
「……いく」
桜花が言った。
いつもの静かな声。
だが、はっきりとした意思。
俺は首を横に振る。
「……だめだ」
短く。
だが、強く。
桜花の目がわずかに揺れる。
「……いっしょ」
小さく言う。
だが、俺は譲らない。
「……ここ、守れ」
村の方を指す。
「……お前、必要」
事実だ。
戦えるからじゃない。
知っているからだ。
考えられるからだ。
桜花がいなければ、回らない。
桜花はしばらく黙る。
考えている。
そして――
ゆっくりと頷いた。
「……わかった」
それだけ。
だが、十分だった。
理解している。
自分の役割を。
俺はガルを見る。
「……ガル」
短く呼ぶ。
「……守れ」
ガルは力強く頷く。
「……ガル」
それだけ。
だが、絶対の保証だ。
俺は背を向ける。
森へ。
ひとりで。
(一人か)
久しぶりだった。
こうして単独で動くのは。
だが、悪くない。
判断が早い。
動きやすい。
その代わり――
全部、自分で背負う。
(……それでいい)
今の俺は、リーダーだ。
逃げるわけにはいかない。
足跡を追う。
細い。
長い。
数が多い。
だが、規則的じゃない。
(……群れか?)
いや、違う。
バラバラだ。
なのに――
まとまっている気配。
嫌な感じだ。
その時。
別の気配。
重い。
だが、弱い。
(……こっちは)
分かりやすい。
力のある存在。
俺はそちらへ向かう。
そして――
見つけた。
大木の影。
そこに、いた。
オーク。
傷だらけ。
血にまみれている。
呼吸も荒い。
だが――
まだ、生きている。
(……生き残りか)
あの戦いの。
オークが顔を上げる。
目が合う。
次の瞬間。
殺気。
濃い。
はっきりと。
オークが立ち上がる。
足が震えている。
だが、倒れない。
まだ戦う気だ。
(……いい目だ)
俺は棒を構える。
だが、踏み込まない。
観る。
判断する。
オークが口を開いた。
「……なぜだ」
低い声。
だが、言葉は明確。
俺は少しだけ目を細める。
知性。
ある。
オークが続ける。
「……なぜ、来ない」
問い。
攻撃しない理由。
俺は答える。
「……弱い」
事実だ。
「……今、殺す意味がない」
オークの目が揺れる。
怒り。
だが――
それだkじゃない。
俺は一歩前に出る。
棒を下げる。
戦意を消す。
「……使う」
短く言う。
空気が止まる。
オークの動きが止まる。
「……強い」
「……頭もある」
評価する。
敵としてではなく。
個として。
オークは黙る。
考えている。
葛藤している。
その間にも。
森の奥の気配は消えない。
むしろ――
増えている。
(……時間がない)
その時。
オークが口を開いた。
「……条件は」
低く。
だが、戦う声ではない。
(……決めたか)
俺は頷く。
「……従え」
それだけ。
シンプルに。
オークはしばらく動かない。
そして――
「……いいだろう」
決断。
重い声。
俺は手を伸ばす。
「……名前」
オークがわずかに眉を動かす。
だが、拒まない。
「……グロム」
光が走る。
体が震える。
傷がわずかに塞がる。
力が戻る。
目が変わる。
「……グロム」
低く、自分の名を言う。
俺は頷く。
(……成立だ)
その瞬間。
森の奥から――
気配が動いた。
一斉に。
こちらへ。
速い。
だが、見えない。
(……来たな)
新しい敵。
しかも。
普通じゃない。
グロムが立つ。
俺の隣に。
自然に。
戦う位置へ。
俺は棒を構える。
視線を前へ。
森の奥。
そこに――
何かがいる。
細い。
速い。
気配だけが、滑るように動く。
(……面白い)
恐怖はない。
ただ、理解する。
これは――
新しい戦いだ。
そして。
俺は、もう一人じゃない。
隣にいる。
かつての敵が。
今は――
力として。
俺は小さく言う。
「……行くぞ」
グロムが低く唸る。
「……ああ」
森が、動いた。




