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魔王進化譚  作者: 趣味に生きる


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32/39

敵か、力か

 森の空気が、変わっていた。

 音が、少ない。

 鳥の声がない。

 虫の気配も薄い。

 風だけが、抜けていく。


(……いるな)


 俺はゆっくりと息を吐いた。

 間違いない。

 何かがいる。

 しかも――

 近い。



「……いく」


 桜花が言った。

 いつもの静かな声。

 だが、はっきりとした意思。

 俺は首を横に振る。


「……だめだ」


 短く。

 だが、強く。

 桜花の目がわずかに揺れる。


「……いっしょ」


 小さく言う。

 だが、俺は譲らない。


「……ここ、守れ」


 村の方を指す。


「……お前、必要」


 事実だ。

 戦えるからじゃない。

 知っているからだ。

 考えられるからだ。

 桜花がいなければ、回らない。

 桜花はしばらく黙る。

 考えている。


 そして――


 ゆっくりと頷いた。


「……わかった」


 それだけ。

 だが、十分だった。

 理解している。

 自分の役割を。

 俺はガルを見る。


「……ガル」


 短く呼ぶ。


「……守れ」


 ガルは力強く頷く。


「……ガル」


 それだけ。

 だが、絶対の保証だ。

 俺は背を向ける。

 森へ。

 ひとりで。



(一人か)


 久しぶりだった。

 こうして単独で動くのは。

 だが、悪くない。

 判断が早い。

 動きやすい。


 その代わり――


 全部、自分で背負う。


(……それでいい)


 今の俺は、リーダーだ。

 逃げるわけにはいかない。


 足跡を追う。

 細い。

 長い。

 数が多い。

 だが、規則的じゃない。


(……群れか?)


 いや、違う。

 バラバラだ。


 なのに――


 まとまっている気配。

 嫌な感じだ。

 その時。

 別の気配。

 重い。

 だが、弱い。


(……こっちは)


 分かりやすい。

 力のある存在。

 俺はそちらへ向かう。


 そして――


 見つけた。

 大木の影。

 そこに、いた。

 オーク。

 傷だらけ。

 血にまみれている。

 呼吸も荒い。


 だが――


 まだ、生きている。


(……生き残りか)


 あの戦いの。

 オークが顔を上げる。

 目が合う。

 次の瞬間。

 殺気。

 濃い。

 はっきりと。

 オークが立ち上がる。

 足が震えている。

 だが、倒れない。

 まだ戦う気だ。


(……いい目だ)


 俺は棒を構える。

 だが、踏み込まない。

 観る。

 判断する。

 オークが口を開いた。


「……なぜだ」


 低い声。

 だが、言葉は明確。

 俺は少しだけ目を細める。

 知性。

 ある。

 オークが続ける。


「……なぜ、来ない」


 問い。

 攻撃しない理由。

 俺は答える。


「……弱い」


 事実だ。


「……今、殺す意味がない」


 オークの目が揺れる。

 怒り。

 だが――

 それだkじゃない。

 俺は一歩前に出る。

 棒を下げる。

 戦意を消す。


「……使う」


 短く言う。

 空気が止まる。

 オークの動きが止まる。


「……強い」

「……頭もある」


 評価する。

 敵としてではなく。

 個として。

 オークは黙る。

 考えている。

 葛藤している。

 その間にも。

 森の奥の気配は消えない。

 むしろ――

 増えている。


(……時間がない)


 その時。

 オークが口を開いた。


「……条件は」


 低く。

 だが、戦う声ではない。


(……決めたか)


 俺は頷く。


「……従え」


 それだけ。

 シンプルに。

 オークはしばらく動かない。

 そして――


「……いいだろう」


 決断。

 重い声。

 俺は手を伸ばす。


「……名前」


 オークがわずかに眉を動かす。

 だが、拒まない。


「……グロム」


 光が走る。

 体が震える。

 傷がわずかに塞がる。

 力が戻る。

 目が変わる。


「……グロム」


 低く、自分の名を言う。

 俺は頷く。


(……成立だ)


 その瞬間。

 森の奥から――

 気配が動いた。

 一斉に。

 こちらへ。

 速い。

 だが、見えない。


(……来たな)


 新しい敵。

 しかも。

 普通じゃない。

 グロムが立つ。

 俺の隣に。

 自然に。

 戦う位置へ。

 俺は棒を構える。

 視線を前へ。

 森の奥。

 そこに――

 何かがいる。

 細い。

 速い。

 気配だけが、滑るように動く。


(……面白い)


 恐怖はない。

 ただ、理解する。

 これは――

 新しい戦いだ。

 そして。

 俺は、もう一人じゃない。

 隣にいる。

 かつての敵が。

 今は――

 力として。

 俺は小さく言う。


「……行くぞ」


 グロムが低く唸る。


「……ああ」


 森が、動いた。

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