弱者の戦い方
ネズミが飛びかかってきた。
速い。
思ったよりずっと速い。
「ギィッ!!」
反射的に体を横に倒す。
風を切る音がした。
ほんの少し遅れていたら、首を噛まれていた。
(速すぎる……!)
心臓が暴れている。
呼吸が乱れる。
怖い。
正直めちゃくちゃ怖い。
でも逃げられない。
後ろにはあいつがいる。
小さいゴブリン。
俺にキノコをくれたやつ。
(やるしかない……!)
その時だった。
視界に文字が浮かんだ。
――解析可能――
そうだ。
スキル。
念じる。
解析。
するとネズミの上に文字が浮かんだ。
――――――――
洞窟ラット
レベル:3
HP:24
筋力:12
敏捷:14
スキル:
噛みつき
――――――――
……終わった。
完全に格上だ。
俺を見る。
自分のステータス:
レベル1
HP10
筋力5
敏捷6
勝てるわけがない。
(正面からは無理だ)
(絶対に)
ネズミがまた構える。
低い姿勢。
飛びかかる準備。
俺は石を握る。
武器はこれだけ。
(考えろ)
(どうすれば勝てる)
ネズミが動いた。
突進。
速い。
また避ける。
今度は間に合わない。
牙が肩に食い込んだ。
「ッ!!」
声にならない悲鳴。
熱い。
痛い。
骨まで響く痛み。
肉が裂ける感覚。
引き裂かれる。
血が流れる。
HP表示:
10 → 6
(やばい……!)
(もう余裕ない!)
ネズミが離れる。
血の匂いを嗅いでいる。
次で終わる。
そう分かった。
震える。
体が勝手に震える。
(怖い)
(死にたくない)
(また死ぬのか)
でも。
逃げたら。
後ろのあいつが死ぬ。
ちらっと見る。
小さいゴブリン。
動けない。
震えている。
逃げられない。
目が合った。
恐怖の目。
でも――
俺を見てる。
信じてるみたいに。
……なんでだよ。
俺、そんな大した奴じゃない。
ただの元社畜だぞ。
戦ったこともない。
でも――
やるしかない。
(力じゃ勝てない)
(なら)
(弱点だ)
考える。
動物。
大きさ。
戦い方。
人間時代の知識。
そして思い出す。
(目だ)
目は弱い。
どんな生き物でも。
ネズミも同じはず。
俺は石を握る。
(当てられるか?)
(外したら終わり)
ネズミがまた飛ぶ。
今度は避けない。
ギリギリまで引きつける。
怖い。
足が逃げようとする。
でも耐える。
限界まで。
牙が見える。
口の中まで見える。
臭い。
その瞬間――
投げた。
全力で。
石を。
狙いは――
右目。
コンッ!!
当たった。
運が良かった。
本当に運だけ。
「ギィイイイ!!」
ネズミが暴れる。
目に命中。
怯む。
隙ができた。
(今だ!!)
走る。
痛い肩を無視。
石を拾う。
振り上げる。
頭に叩きつける。
ゴッ!!
硬い。
でもやめない。
もう一度
ゴッ!!
また。
ゴッ!!
ネズミが暴れる。
爪で引っかかれる。
HP:
6 → 4
でも止めない。
(やめたら死ぬ)
(やめたら殺される)
叩く。
叩く。
叩く。
腕が震える。
息ができない。
視界が揺れる。
でも――
叩く。
ゴッ!!
ゴッ!!
ゴッ!!
そして――
動きが止まった。
ネズミが崩れた。
完全に。
静かになった。
俺も倒れた。
仰向け。
動けない。
呼吸だけ。
荒い呼吸。
(……勝った?)
信じられない。
本当に?
俺が?
レベル1が?
震える手でネズミを見る。
動かない。
死んでいる。
(勝った……)
その瞬間。
全身から力が抜けた。
HP表示:
残り2
(危なかった……)
本当にギリギリ。
あと一撃もらってたら終わりだった。
その時だった。
文字が浮かんだ。
――経験値獲得――
――レベルアップ――
え?
体が光った。
淡い光。
暖かい。
肩の痛みが消える。
傷が閉じる。
血が止まる。
呼吸が楽になる。
体が軽い。
HP表示:
2 → 12
最大値も増えている。
立てる。
さっきまで死にかけだったのに。
(回復してる……)
(レベルアップで?)
理解した。
この世界のルール。
強くなると回復する。
つまり――
戦えば戦うほど生き延びる可能性が上がる。
悪くない。
むしろ最高だ。
その時だった。
小さい足音。
振り向く。あいつだ。
小さいゴブリン。
恐る恐る近づく。
逃げない。
俺を見る。
そして小さく鳴いた。
「ギャ」
短い声。
でも分かった。
意味は。
多分。
ありがとう。だと思う。
俺はネズミを見る。
そして思った。
(守れたか)
ただそれだけ。
でも。
少しだけ。
悪くない気分だった。
あいつは俺の横に座った。
安心したみたいに。
もう震えてない。
俺の近くにいる。
仲間みたいに。
(……まあいいか)
俺は思った。
この世界は厳しい。
でも。
一人じゃないなら。
少しはマシかもしれない。
俺はネズミを見る。
そして思った。
(もっと強くならないとな)
(次は勝てないかもしれない)
(守れないかもしれない)
拳を握る。
(強くなる)
(もっと)
(誰にも負けないくらい)
小さいゴブリンが俺を見る。
信頼の目で。
その瞬間。
決まった。
俺の目的。
ただ生きるだけじゃない。
強くなる理由。
(守れるくらい強くなる)
それが――俺がこの世界で最初に決めた目標だった。




