閑話 棒を捨てた男
森は、昔から変わらない。
木があり、風があり、命が巡る。
ただ――
そこにいる“人間”は、変わる。
何度も。何度も。
入れ替わる。
そして、消えていく。
俺も、その一人だった。
若い頃は、ただ強くなりたかった。
理由なんて、覚えていない。
ただ――
負けるのが嫌だった。
誰よりも速く。
誰よりも正確に。
叩き伏せる。
そのために、棒を握った。
剣でも槍でもない。
理由は簡単だ。
どこにでもある。
だからこそ、極めれば強い。
そう思った。
結果は――
間違っていなかった。
戦場に立った。
人を叩いた。
骨を砕いた。
倒した。
何人も。
何十人も。
覚えていない。
ただ、勝ち続けた。
それだけだ。
やがて、名がついた。
呼ばれるようになった。
“棒の男”と。
つまらない名だ。
だが、それでよかった。
他に興味はなかった。
強さだけあればいい。
それで、生きていけた。
だが――
終わりは、あっけなかった。
戦場でも、修羅場でもない。
ただの、帰り道だった。
囲まれた。
数で。
それだけだ。
強さは関係ない。
技術も関係ない。
ただ、数。
それに押し潰された。
気づいた時には――
地面に倒れていた。
血の匂い。
冷たい土。
終わりだと思った。
だが、死ななかった。
理由は分からない。
たまたまだ。
ただ、生き残った。
それだけ。
その代わりに――
戦場を捨てた。
棒も。
一度は。
森に入った。
誰も来ない場所。
何もない場所。
ただ、生きるだけの場所。
そこで、考えた。
何のために戦っていたのか。
何のために強くなったのか。
答えは出なかった。
今でも出ていない。
それでも、体は覚えている。
棒を握れば分かる。
どう動くか。
どう崩すか。
どう終わらせるか。
染みついている。
消えない。
だから、捨てきれなかった。
結局、また握った。
意味もなく。
ただの習慣で。
そんなある日だ。
妙な気配を感じたのは。
弱い。
だが、違う。
“揃っている”。
普通の群れじゃない。
気になった。
それだけだ。
見に行った。
そこにいた。
ゴブリン。
群れ。
そして――
一匹。
棒を持っているやつ。
ぎこちない。
雑だ。
だが。
考えている。
目が違う。
ただ振ってるだけじゃない。
どう当てるかを考えている。
いや。
違うな。
あいつは――
どう勝つかを考えている。
ゴブリンのくせに。
笑えた。
久しぶりに。
だから、声をかけた。
「遅ぇな」
ただ、それだけだ。
別に教える気なんてなかった。
気まぐれだ。
だが――
あいつは食いついた。
負けて。
理解して。
それでも、折れない。
あの目。
昔の自分に似ていた。
いや。
少し違うな。
あいつは――
一人で戦ってない。
背負ってる。
群れを。
あの時の俺には、なかったものだ。
「……面白ぇ」
思わず口に出た。
久しぶりだ。
何かに興味を持ったのは。
強さでも。
勝ちでもない。
あいつ自身に。
教えるかどうかなんて、どうでもいい。
ただ。
見てみたいと思った。
あのゴブリンが。
どこまで行くのか。
棒を持って。
何を掴むのか。
そして――
どこまで、壊れるのか。
俺は棒を肩に担ぐ。
あいつの方を見る。
まだ未熟だ。
だが。
伸びる。
間違いなく。
「……死ぬなよ」
小さく呟く。
届かない声で。
それでも。
ほんの少しだけ。
楽しみだった。
あのゴブリンが。
どこまで行くのか。




