名を与える者
その日は、空気が違った。
森が静かすぎる。
風も弱い。
鳥の声もない。
(……来るな)
本能が告げていた。
何かが起きる。
良くない方向で。
俺は槍ゴブリンと目を合わせる。
言葉はいらない。
互いに分かっている。
警戒を強める。
小隊は四匹。
いつも通り。
だが――
今日は違う。
嫌な予感が消えない。
それは突然だった。
上から来た。
影。
速い。
音が遅れてくる。
枝が揺れる。
次の瞬間――
何かが落ちてきた。
黒い塊。
長い腕。
鋭い爪。
そして――
異様に大きい体。
樹上型の魔物。
見たことがない。
だが、分かる。
(……強い)
解析。
――――――――
ツリーリーパー
レベル:7
HP:60
筋力:22
敏捷:25
スキル:奇襲/締め付け/急襲落下
――――――――
(最悪だな)
ハイウルフより上。
完全に上位。
しかも奇襲型。
戦いにくい。
ツリーリーパーは着地と同時に動いた。
速い。
一直線に――
槍ゴブリンへ。
(狙われた!)
理由は分かる。
前衛。
武器持ち。
脅威と判断された。
槍ゴブリンが反応する。
だが遅い。
爪が伸びる。
捕まる。
首元を掴まれる。
「ギャッ!!」
苦鳴。
持ち上げられる。
締め上げられる。
骨が軋む音。
(まずい……!)
他の二匹が動く。
だが近づけない。
振り回される腕。
一撃で吹き飛ばされる。
完全に力が違う。
(どうする)
正面は無理。
力勝負も無理。
なら――
(隙を作る)
俺は石を拾う。
投げる。
目。
当たる。
だが、止まらない。
むしろ怒る。
こちらを見る。
そして――
腕を振る。
槍ゴブリンを叩きつける。
地面に。
音が響く。
動かない。
(……まだ生きてるか?)
確認する余裕はない。
ツリーリーパーが今度は俺に向く。
来る。
速い。
俺は逃げる。
森の中へ。
引きつける。
距離を取る。
誘導する。
(来い……!)
追ってくる。
速い。
だが、単純。
一直線。
俺は木の間を抜ける。
狭い場所へ。
枝が多い場所へ。
動きが制限される。
ほんの少し。
それでいい。
振り返る。
石を握る。
目じゃない。
違う。
(関節だ)
腕の付け根。
そこを狙う。
投げる。
当たる。
動きが止まる。
ほんの一瞬。
だが――
その隙に。
俺は戻る。
全力で。
槍ゴブリンの元へ。
倒れている。
呼吸はある。
だが弱い。
このままじゃ死ぬ。
ツリーリーパーが追いつく。
間に合わない。
(……なら)
俺は槍ゴブリンを掴んだ。
引きずる。
全力で。
遅い。
間に合わない。
背後に気配。
振り向く。
爪が迫る。
避けられない。
その瞬間。
俺は体をひねった。
自分が受ける形に。
衝撃。
吹き飛ぶ。
地面を転がる。
痛み。
だが――
槍ゴブリンは守った。
(……まだ、終わらせない)
俺は立ち上がる。
ツリーリーパーが迫る。
だが、その時。
後ろから石が飛んできた。
他の二匹。
援護。
ほんの一瞬、意識が逸れる。
(今だ)
俺は飛び込む。
足元。
低く。
そして――
石を突き込む。
喉。
柔らかい部分。
深く。
突き刺す。
「ギャアアアッ!!」
絶叫。
暴れる。
だが、止まらない。
もう一度。
さらに押し込む。
そして――
崩れた。
巨体が倒れる。
動かない。
静寂。
終わった。
◇
俺はすぐに槍ゴブリンの元へ戻る。
呼吸。
ある。
だが浅い。
このままでは――
死ぬ。
(……くそ)
どうする。
何もできない。
その時だった。
頭に浮かぶ。
――名付け――
――対象:個体指定可能――
(……これか)
直感だった。
これを使えば。
変わる。
助けられる。
確信があった。
俺は槍ゴリンの肩を掴む。
目を見る。
かすかに開く。
意識は薄い。
でも――
聞いている。
俺は口を開いた。
「……お前に、名前をやる」
ゆっくりと。
はっきりと。
「……ガル」
短く。
鋭く。
戦う者の名。
その瞬間。
光が走った。
槍ゴブリン――ガルの体が光る。
包まれる。
変化する。
傷が消える。
呼吸が戻る。
そして――
目が開いた。
強い光。
以前とは違う。
明らかに。
変わっている。
「……ギャ」
いや。
違う。
「……ガル」
自分の名を。
口にした。
俺は息を呑む。
成功した
名付け。
進化。
そして――
繋がり。
ガルがゆっくりと起き上がる。
そして、俺を見る。
じっと。
長く。
その目にあるのは――
もう敵意じゃない。
完全な信頼。
そして。
ガルは、ゆっくりと頭を下げた。
深く。
はっきりと。
(……来たな)
主従。
成立した。
俺は軽く頷いた。
「……立て、ガル」
ガルは力強く頷く。
もう迷いはない。
完全に、俺の側にいる。
集落に戻ると、空気が変わった。
また。
だが今回は――
さらに大きく。
ガルを見る視線。
俺を見る視線。
そして――
リーダー。
静かに見ている。
そして。
ゆっくりと、頷いた。
「……やるな」
低い声。
短い言葉。
だが――
完全な承認。
俺は思った。
(ここからだ)
仲間が増えた。
部下ができた。
力が広がる。
群れが変わる。




