表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王進化譚  作者: 趣味に生きる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/22

教える者

 集落の空気が、明らかに変わっていた。

 俺を見る視線。

 以前は―警戒と疑い。


 今は――

 戸惑いと、そしてほんのわずかな“敬意”。

 それでも、完全ではない。

 むしろ、一部には露骨な敵意もあった。


「ギャ……」


 槍を持った一匹が、明らかに不満そうにこちらを睨んでいる。

 無理もない。

 突然現れた異物が、気づけば上位個体になっている。

 納得できるはずがない。


(……まあ、当然か)


 だが、問題はそこじゃない。

 俺が気にしているのは――

 ただ一匹。

 リーダーだ。

 火のそばに立つ、その個体。

 昨日と同じ場所。

 でも、空気が違う。

 俺を見る目が。

 試す目ではなくなっていた。

 そして。


「……来い」


 低い声。

 はっきりとした――言葉。

 俺は一瞬、動きを止めた。


(今……)


 聞き間違いじゃない。

 確かに。

 言葉だった。

 周囲のゴブリンたちもざわつく。

 だが、リーダーは気にしない。

 ただ、俺だけを見ている。

 俺はゆっくりと歩き出した。

 桜花が隣で小さく呟く。


「……ことば……」


 驚いている。

 俺も同じだ。

 リーダーは集落の外へ歩いていく。

 森の手前。

 少し開けた場所。

 昨日、俺が試練に向かった方向とは逆。

 戦うにはちょうどいい空間。

 そこで、リーダーは振り返った。

 そして、地面に一本の枝を投げた。


「取れ」


 短く。

 だが明確。

 俺はそれを拾った。


(……訓練、か)


 理解した。

 試練は終わった。

 次は――育成。

 リーダーは何も言わず、構えた。

 素手。

 だが、その姿勢は隙がない。

 低く、重い。

 無駄がない。


(来る……!)


 次の瞬間。

 消えた。

 いや、見えなかった。

 気づいた時には、目の前。

 拳が迫る。


「ッ!」


 咄嗟に枝で受ける。

 だが。

 衝撃。

 腕が痺れる。

 体が後ろに流される。


(重い……!)


 ただの殴りじゃない。

 体重。

 タイミング。

 全部が乗っている。

 リーダーは間を置かず、次を打つ。

 蹴り。

 横から。

 俺はギリギリで避ける。

 地面を転がる。

 立つ。

 構える。

 呼吸を整える暇もない。


「遅い」


 リーダーが言った。

 はっきりと。

 そして、また踏み込んでくる。


(……くそ)


 強い。

 分かっていたが、桁が違う。

 今の俺でも、正面からでは押し負ける。

 なら――


(やり方を変える)


 俺は一歩引いた。

 そして、回る。

 距離を取る。

 リーダーの視線が動く。

 追ってくる。

 だが、さっきよりわずかに遅い。

 ほんのわずか。


(見えてきた)


 重い分、初動が遅い。

 だが、一度入られると終わる。

 つまり――


(入らせない)


 俺は枝を投げた。

 顔を狙う。

 当たらない。

 だが、視線が一瞬逸れる。

 その隙に横へ回る。

 背後を取る。

 踏み込む。


 だが――


 リーダーはすでに振り向いていた。


「浅い」


 拳が来る。

 読まれている。

 避けきれない。

 当たる。

 吹き飛ぶ。

 地面に叩きつけられる。


「……っ」


 息が詰まる。

 だが、止まらない。

 立つ。

 構える。

 リーダーは少しだけ口元を歪めた。

 笑った……のか?


「いい」


 短い評価。

 だが、それだけで分かる。


(見てる)

(全部)


 俺の動き。

 判断。

 癖。

 全部。

 リーダーは再び構える。

 今度はゆっくり。


「考えろ」


 その言葉が、重く響いた。

 ただ戦うんじゃない。

 考えろ。

 それが、教えだ。

 俺は息を整える。

 目を閉じる。

 そして――開く。


(来い)


 リーダーが動く。

 今度は見える。

 わずかに。

 重心。

 足の動き。

 肩の流れ。


(ここだ)


 俺は一歩、踏み込んだ。

 逃げるんじゃない。

 合わせる。

 リーダーの拳の内側へ。

 危険な距離。


 だが――


 そこに入れば。

 力は殺せる。

 ギリギリでかわす。

 そして、体をぶつける。

 押す。

 崩す。

 ほんのわずか。

 リーダーの体勢が揺れた。

 その瞬間。

 初めてだった。

 リーダーが、一歩下がったのは。

 静寂。

 風の音だけが通る。

 俺は息を吐いた。

 リーダーは俺を見る。

 そして――

 ゆっくりと頷いた。


「……いい」


 その一言。

 だが、それで十分だった。

 認められた。

 完全ではない。

 でも――

 “弟子”として。

 その時、後ろから足音がした。

 桜花だった。


「……すごい」


 まっすぐな言葉。

 迷いがない。

 完全な発音。

 俺は少しだけ照れた。

 リーダーは桜花を見て、そして俺を見た。

 その目が、わずかに柔らかくなる。


「守れ」


 短く言う。

 桜花を見て。

 そして、俺に。

 その意味は分かる。

 ただ強くなるだけじゃない。

 守る。

 導く。

 そのための力。

 俺は頷いた。


(ああ)

(そのつもりだ)


 リーダーは背を向け、集落へ戻っていく。

 俺もその後を追った。

 桜花が隣に並ぶ。

 少しだけ誇らしげな顔で。

 火の煙が空に昇っていく。

 その光景を見ながら、俺は思った。


(……まだ足りないな)


 強くなった。

 進化した。

 認められた。


 でも――


 まだ足りない。

 リーダーには、まだ届かない。

 だから。

 学ぶ。

 もっと。

 強くなる。

 この群れで。

 この場所で。

 そして、いつか、その先へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ