04
「あなたが明日も来てくれますように。」
すると僕は何か…自分の体から発する…キラキラした光が強くなり、ゆっくりと手足を動かし、手のひらを握ったり開いたりしながら、キラキラとした光を纏う自分の体を見渡して隅々まで確認した。
「なんだか力が湧いてきたような?これが信仰?の力…人間が持つという…。神にとっての奇跡の力の源だとは聞いていたけれど。」
「ねえねえヴィスル。今、何かキラキラしてたけど、どうしたの?」
「なんだか不思議な気分だ、今までよりもなんだか力が溢れて来るような…。」
ヴィスルとエニに名付けられ祈りを捧げられた僕は、一通り自分の体を動かして新たに沸き起こった初めての力の感触を確かめると、当のエニを信じられない思いで見つめた。
「?」
よくわからないような不思議な顔をして首をかしげるエニ。それでもその瞳は僕─ヴィスル─に向かって輝いていた。
「なるほど、これが信仰…。これが人間のもつ力なんだね。それで他の神々は、あんなに人間たちへ干渉するんだってことが凄く良くわかったよ。」
「力?エニも持ってる?」
「ああ、人間は、エニは凄く素敵な尊い力を持っているんだよ。」
僕の中に湧き上がってきた力はゆっくりとなじんで落ち着いてきたけれど、消えてしまったという訳では無く、なんだか力が一段上がったような感覚だ。
この小さな少女─見た目だけで言えば僕もまだ少年と言えるし神としては来歴が浅いから、あまりエニの事を小さいというと他の神からお前だってまだ小さいだろうと笑われそうだ─の小さな祈りで、こんなに神力が高まり溢れてまいそうになるなんて。
「それってヴィスルの役に立つ?」
「勿論だとも!そうだ、僕が管理する川でエニが拾ったものは、エニの自由にしていいよ。川の中だけじゃなくて川の周辺で拾ったものもね!」
僕はさっき拾って陽に透かしていた小石たちの事を思い出すと、つい浮かれてこういってしまった。思わず言ってしまったけれど、これくらいなら僕の守護を及ばせられる範囲だから問題ない。
エニは使い鳥たちが喜ばない石を勝手に拾って集めていたことを、僕から改めて指摘されたことで恥ずかしくなってしまったのか、少し俯くと両手の指をこすりあわせてもじもじしている。
「あ、えっと、いっぱい拾っちゃってごめんなさい…。」
いっぱいと言っても、この小屋の古びた戸棚に飾られているいくつかの石の事だろう。毎日毎日エニが両親の無事を祈っていた…そんな悲しい祈りを受け止めていた石だ。
いくら力のある石たちとは言え、かなわぬ祈りを聞き届ける事はとてもつらいものだっただろう。
エニはこれらの石をこの川辺で勝手に─誰のものでもないと思って─拾ったものだから、この川の神に許可なんて得ていないし、僕が駄目だと言えば自分は泥棒みたいなものではないかという事に気付いてしまったのだ。
知らなかったとはいえ悪い事をしてしまった。だから恥ずかしくなって反省し、直ぐに僕に謝らなくてはと思ったのだろう。
「あはは大丈夫、気にしなくても良いよ、これも川の恵みだ。その川の恵みを人間が享受してはいけないなんて決まりはないからね。そうだ、これを使って良いものを作ってあげるよ。」
僕は小屋にあった布切れを吟味し、そのうちの一つを拝借すると、神力を使って小さな巾着袋になるように細工してエニに渡した。
巾着というよりもどちらかというと首から下げられるお守り袋と言った方が近いだろうか。エニの握りこぶし一つよりも少し小さいくらいの大きさだ。
そんな風に理由を付けて神力を使ってみた所、少しではあるものの自分の力が上がっていることを感じる、その証拠に我ながら中々に良い出来栄えのお守り袋だ。
欠けた皿や棚に集められていた小石たちを全部お守り袋に詰め込み紐を調整し、エニの首にゆっくりとかけた。
小さいとはいえ何個もの石が詰め込まれたのにお守り袋はまだまだ余裕があり、しかもエニが首からそれを下げていても、ちっとも重さを感じていないようだ。
さあ、どうだと言わんばかりに僕は鼻息が少し荒くなった
「え、軽い……?でも、触ればちゃんと石がある。」
「うん、初めてこういう物を作ってみたけど、我ながらとても良いものが作れたよ。」
僕は首に下げたお守り袋を、不思議そうな顔で何度も確かめるかのように触れているエニの姿を見てにっこり笑った。
「そうだ、川辺でお守り袋を握り締めて僕の名前を呼んでくれたら、いつでも会いに来るよ。」
「本当?いつでもお話しできる?」
「ああ、だけどこの川の川辺にいる時だけだけどね。」
「川の神様だから?」
「うん、そういう事。僕が司る場所以外だと力をあまりうまく使えないんだ。」
「ああそれから、夜の川辺は…川辺以外だともっと危ないから外に出てはいけないよ、だから昼の間だけだね。夜はお守り袋をちゃんと握って寝るんだよ。」
「くれぐれも言っておくけど、川の近くでないと僕はエニの所に直ぐに駆け付けられないから。」
エニが興味本位でこの小屋を離れるようなことはない、と思うけれども念のためだ。そして僕が帰ろうとしていることに気が付いたのか、寂しそうな顔をするエニに近付くと優しく頭を撫でた。
「大丈夫、また来るから。お守り袋を大事にしてくれるかい?」
「うん、わかった。大事にする、とっても大事にするからね。」
エニは久しぶりに誰かと話せたからだろうかやや早口で返事をし、胸元にしまい込んだお守り袋をチュニックの上からしっかりと抑え、その感触を確かめながら自分が名付けた神様に元気よく勢いよく答えた。
僕はなんだか気分が良くなって、ついついお節介なるものを発動してしまいもう少し長居して、エニが住むこの小屋を少しばかり整えることにした。
僕はそんなに高位の神ではないので期待されるほど大したことは出来ないから、ほんの少しばかりだけであるけど、きっと今よりは暮らしやすくなるはずだ。
とは言え、人間の暮らしって何が必要なのだろう?
腕を組んで思案しているとエニが不思議そうな顔で僕の事を見上げていた。
「ねえエニ。必要なものってあるかい?」
「必要なもの?ヴィスルが一緒にいて欲しい!」
………。まだ子供のエニに尋ねたのが間違いだったようだ。
僕は質問を撤回し、エニがこの小屋で毎日をどんな風に過ごしているかを聞き出して。その内容から僕に何が出来るかを考える事にした。
その結果、僕は人間の暮らしを積極的に知る事なんて数十年…いや百年以上昔に有ったような無かったようなという程度の知識しかない。つまり、人が一年の内でそれぞれの季節をどのように過ごしているかは知っていても、普段の暮らしぶりというものに詳しくは無い。
エニはエニでまだ幼い上に両親と共に荷馬車での暮らしをしていたこともあって、火を使う事は教えられていたものの、寝床など雨風をしのげて体を横たえる事が出来れば良い程度の知識しかなく、定住の日々の暮らしとして何が必要なのか、どう過ごすものなのかをあまり理解していなかった。
だからエニの“いつもの暮らし”がどんな内容なのかを聞き出しては、それが“ふつうの暮らし”なのかをお互いに少ない知識の中で考えあう必要があった。
「今の僕に出来るのは、物の状態を少しだけ良くすること位だ、この小屋を新しく立て直すとか、服を新しく作るとかはちょっと難しいな。」
「この小屋は雨も風もしのげるし、夜のつゆで服がびしょびしょになって熱が出ることも無いよ?あ、でも雨漏りはするから、雨水を受ける椀がもう少し欲しいなあ。」
「……その雨漏りする箇所を修理しようか。」
「でもそうしたら夜にお月さまとお星さまが見えなくなっちゃうよ。星の位置は大事なんだよってお父さんが言っていたもの。」
「それは多分、旅の…行商の道中での道しるべの話だろうから、この小屋にいる時は見えなくても大丈夫ってことじゃないかなあ。」
「でも、お星さまが見えなくなっちゃうのは悲しいよ。」
「子供は夜は寝るものだよ。いい子にして待っているんだろう?」
「! うん、わかった!」
といった風に少しずつエニの普段の様子を確認し、この古びた小屋を少しばかりましな場所にする作業は大変だったが、エニは本当に久しぶりに誰かと会話できたことがよほど楽しかったのか、ずっと顔をほころばせながら僕の後を付いて回り、片付けの手伝いをしてくれていた。
エニをこんな風に働かせるつもりはなかったけれど、僕が位の高い神であったなら、えいやっと一声で美しく荘厳な建物を造れたのかもしれないが、生憎そこまでの力も無いので、残念ながら記憶にある人間の様に掃除をした方が早かったからだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ピルゥ、ピルゥ、ピルルッ
小屋の中があらかた片付いた頃、外で使い鳥たちが鳴き始め、気が付くと太陽が随分と傾いていたので小屋の外に出てみると、朝と同じくらい冷たい風がエニの頬を撫で始めた。
「もうそろそろ太陽が沈む頃合いか、エニ、また明日。」
「また明日!約束だよ!」
別れのとき、エニは少し泣きそうな顔をしていたから、さっき渡したお守り袋を握り締めさせて
「これを握り締めていていたら、エニの祈りは僕に届くから。」
ピルルー、ピルル
バサッ、バサバサッ
そうしてエニを宥めていると、使い鳥たちの主張がやけに激しいのでどうしたのかと思ったら、船着き小屋の脇にちゃっかりと巣を作っていたのだった。
どおりで小屋の掃除をしている最中は静かにしていた訳だ。その間に川原から…良く見ると掃除の時にだした廃材も器用に使って作り上げていた。
どうやら彼らは今夜からエニのそばで寝起きするようで、夜は僕が居ないけど、自分たちが一緒にいる。主じゃなくて自分たちにまかせろ!とでも言いたげに自信満々で胸を張って軽快に鳴いている。
「お前たち、今日からエニのそばで暮らすっていうのかい?」
ピルルッ、ピルルー!
「鳥さんたちは何て言っているの?」
「『餌場がちょっと遠いから、僕らの餌探しをこれからもよろしくね!』だとさ。」
とエニに手伝ってもらう気満々である。僕は半分あきれ顔でエニに伝えたがエニは「えへへ。」まんざらでもなさそうだ。
「はは、これはエニに返さなくてはいけない礼が毎日溜まりっぱなしになりそうだ。」
ピルルー、ピルッ
使い鳥たちは、どうだいい考えだろう?とばかりに誇らしげに鳴き、そのそらした胸は白い羽毛でふっかふかである。
「鳥さんのご飯探しは任せて!」
使い鳥のうち何羽かが、頼んだよ!伝えるようにエニの周りを飛び回る。これで夜も安心して眠れるだろう。
エニに付いていてあげたいけれど、あまり肩入れし過ぎるのも良くない。それに僕には河川の守護という役目がある。それをおろそかにしてはいけない。
ただちょっとばかり僕の事を信仰してくれただけの人間だ…。僕に捧げられた巫女や生贄という訳でもない。でも、僕の使い鳥が世話になるというのだから、少しくらいは手助けしても良いはずだよな?
僕が守護する川の水面は、傾いた陽の光と冷たく渡る風によってキラキラと輝いていた。
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