02
ピルー、ピルル、ピルルルル
背は濃い青と腹側は白の組み合わせは意外と川原の砂利に溶け込んでいて、一切動かなければ小鳥たちがどこにいるかは分かりにくい。…のだが小鳥たちは今日もピルルとと鳴き声を上げながら、エニから少し離れたところで巣材となる小石や小枝をリズミカルに集めている。
その中の何羽かが入れ代わり立ち代わり、ぴょんぴょんぴょんとエニの近くにきては群れに戻って行くを繰り返し始めた。なんだか仲間の様子を伺いに来ているかのような行動に、エニの表情は少しずつ柔らかくなっている。
「わたしも鳥さんたちの友達になれたのかなあ?」
エニはそう独り言をつぶやくと、集めていた石─彼らが巣材として集めている石や枯れ枝など─を一か所に集めてひと塊にして、そーっと、様子を見に来た一羽の鳥の前に差し出した。
ピルル、ピルッ
「ありがとう。」と伝えるかのように鳴いた濃い青色の鳥がぴょこぴょこと、その小石や小枝を集めた小さな山に近付いて小石をくちばしでくわえようとした時、風が少し強く通り過ぎてバランスを崩したエニは思わず尻餅をついて後ろに転んでしまった。
とすんっ
こつんっ
「あっ。」
かちゃんっ、からららららっ
ピルッ、バサッバササササササッ
その弾みで傍らに置いていた素焼きの皿にぶつかってしまい、乗せていたキラキラ光る小さな石が勢いよく周囲に飛び出してしまった。その様子に驚いた小鳥は、小石をくわえることなく慌てて羽ばたくと素早く群れへと戻って行った。
飛び出した石は、少女の足元からさらに音を立てて跳ね転がって行く。
全く意地悪な風だ。風に悪気はないのだろうけども。
小石をくわえようとした小鳥だけでなく、その場にいた小鳥たちすべてが驚いてその場から離れて行く。彼らは気分が落ち着く迄エニへ近付きはしないだろう。
エニはとても残念に感じたのか、大きく肩を落として小さくつぶやいた。
「やっと鳥さんたちと友達になれたかなって思ったのに…。」
そう言いながら吐いた息はとても白い、早朝だからという事もあるのだろう、着古されたチュニックは丈が短く、白く粉が吹いた膝頭が見えている。
その膝頭を寒風が容赦なく打ち付け始めた。エニがここにたった一人で押し込められたのは夏の終わりごろ。それから約三か月程たった。冬の足音がすぐそこまで迫っている。
白い息を更に濃く吐きながら真っ白な膝頭を撫でつつ立ち上がると、足元から転がっていった石たちが陽を浴びてキラリと輝いた。
その石たちをまた拾おうとして伸ばした手は、赤くひび割れだらけの指先で…。
つい、僕の手が動いてしまった。
「“友達”?あの小鳥たちと友達になる。それが君の望みなのかい?」
僕はエニより先にその石たちを拾って、彼女が何を望んでいるのかについて尋ねてみた。
「えっ?」
「ふむ。これはとても珍しい石だな。これを丁寧に磨いて形を整えたものを人間たちが喜んで身に着けている姿を見たことが何度もある。磨く前は価値に気付かず見向きもされない事も多いんだけどね。」
「元々は上流にある高原地帯で産出する石だ。上流の土砂を川が下流に運ぶのは当たり前だ。それらに交じって此処に流れ着いたんだろう、良くある事だ。」
「あ、あっ、あの。」
「ふうん、この石も中に気泡も入っていないし嫌な濁りも全く無い。とても良いものを見つけだしたものだ。目利きの才能があるのかもしれないな。」
遠くから見ていた時には確信が持てなかったけれど、こうして直接見るとはっきりわかる。エニが気に入って拾った石はとても力のある珍しい石ばかりで、人間たちの間でも珍重されていた覚えがある。
「…えっと、勝手に拾ってごめんなさい…。」
「ん?いや、別に。これは君が探しあてたものだから、持っていて構わないよ。」
僕はそういうと、エニの小さな赤い掌に石を渡すために実体化した。勿論、人間に近い姿だ。
まあ一応、僕の事をそれなりに深く信仰してくれている生き物は人間が多いから、それに影響されて人間の姿を取りやすくなった。という訳だ。
いつもなら僕の眷属である使い鳥たちと似た姿を取って、あちこち飛び回る事が多いのだけれど、人間の少女に話しかけるなら人間の姿のほうが良いだろう。でなければ落した小石を拾って返してあげる事もできないし。
ピルッピルルーピルルッ
僕が現われたことを察知して、エニから距離を取っていたはずの小鳥たちが、抗議の短い鳴き声をあげて僕の周りを舞い始めた。
「ああ、わかったわかった。」
鳥たちは青い背を陽の光で輝かせながら僕の肩や手や頭に乗ると、早く早くと口うるさくピルルピルルと訴えかけて鳴いている。
「えっと、彼らがね、君と話をしてみたいって。」
「…かれら?」
「ああ、ほら、僕の周りにいるこいつら…ゴホンッ、青い背に白い腹の、名前は瑠璃千鳥というとても珍しい鳥で、僕の使い鳥でもある彼らさ。」
「るりちどり?…つかいどり?」
「そう、僕の使い鳥…つまり僕の眷属。簡単に言うと仲間ってことさ。」
「それで僕の眷属である瑠璃千鳥たちが君にとても世話になっているようだから、願いの一つでも尋ねてみようかなって君に会いに来たんだ。」
「使い鳥たちが世話になっているのに、彼らの主である僕が何もしないでいるのはどうにも性が合わなくてさ。でも、そう簡単に願いを何でも叶えるわけにもいかないから、だから君がどんな子なのかって気になって。」
「僕は祈られたこともあんまりないし、使い鳥たちが人間の世話になるなんて初めてのことだからどうすればいいだろうかって。」
「だって本来は祀る場所を整えて祈りと供物を捧げられないといけないんだけど、僕には祠や社といった僕の聖域と呼べる場所は無いからなあ。だから日頃の挨拶のように軽く祈られる事はあっても、とても切実な望みの為に真摯に祈られたり願われたりするお参りというものをされたことって無いから願いを叶えるなんて経験は無くってね。」
「それで願いを聞き届ける一番簡単な方法が、此処でも東方でも良く聞く百回の祈願だとかっていうのを思い出してさ。そんな訳で使い鳥たちの世話を百日続けてくれたから君に興味を持ってやって来てみたんだ。」
僕は周囲で騒がしく鳴く濃い青色の鳥たちを宥めながら、エニに向かって思いつくまま気が向くままに話しかけた。
「願い?祈り?ひゃく、かい?……神…さま…?」
エニは呆けた表情のまま、青い鳥たちを纏った僕を見上げた格好でじっとしていて、何が起こっているのかわからないといった様子に見える。よく考えるとそれもそうか。
「あれ、エ…、えぇっと、驚かせてしまったな。」
おっと、しまった。
いきなり名前を…しかも愛称を呼ばれたら、どうしてそれと知っているのかと不思議に思われないだろうか。疑問に思われる位なら良いが不審に思われてしまっては、何の為に姿を現したのか分からなくなりそうだ。
それに、エニが置かれていた状況を知っていたのなら、なぜ最初から助けてくれなかったと思われても仕方ない。
そもそも僕がエニの事を初めて認識したのは、使い鳥たちにエニが構い始めたので、一体どうしたことだろう珍しい事だと思って調べ始めたからだし、それ以前の出来事については僕にはどうしようもない。
特にここから遠い所─恐らくどこかの山奥─で行われたらしきエニの両親の事柄については、あまり関わりのない場所での出来事だったから詳しい事は僕にも分からないのだ。
「そっか、僕の事は知らないか。まあ人間の前に姿を現すなんてしたことも無いから当然か。エッ、んーと、何から話せば良いんだろう?」
僕は少し慌ててしまい、それを誤魔化すように考えこむように指先を顎に当てながら答えた。
不思議そうに見あげているエニに、どういえば伝わるだろうかと、僕は川辺から少し浮いたままであぐらをかいて座り腕を組んで少し考えるそぶりをした。
「あ、そうだ、その前に君の名前をちゃんと教えて貰っても良いかい?」
そうそう、これを先に聞いておかないと。
僕はエニに名前を尋ねるべく彼女の顔を見つめた。その丸く見開いた柘榴石のような赤い瞳には僕の姿が映っていた。
その僕の見た目の姿はこの少女よりいくつか年上、この辺りの村や町でいう所の、一人前になったばかり位の年かさの少年と言ったところだ。
陽を浴びた川面の輝きのような髪に川藻のような柔らかい緑色の瞳で、自分でもかなり神秘的な見た目だと思う。
人間で言う一人前になったばかりなのは確かだけれど、人間よりは遥かに長く過ごしている。
エニは丸く見開いた瞳をぱちくりとさせたまま、キラキラした小石を代わるがわる光に透かして眺めている僕を見て小さく口を開けた。
「わ、わたしの名前はエニっていうの。ちゃんとした名前はイピゲネイア。お母さんもお父さんもエニって呼んでくれてるの。だからみんなはわたしの事をエニって呼ぶよ。」
「じゃあ、僕も君の事をエニって呼んで良いかい?」
「う、うん。いいよ!」
そう答えたエニの瞳は少しうるんでいた。これは…怖がらせてしまった訳ではない、よ…な?
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