『龍神様のプレスマン』
あるところに一人の男があった。毎日何もせず、浜辺に出て、海を眺めていた。村の者は、この男をうつけだとうわさしていた。
ある日、男が、いつものとおり、海を眺めていると、龍神様があらわれて、お前はこの国で、一番海が好きな男と見えるから、いいものをやろう、と言って、一つのかめをくれた。この中には、万病に効く薬が入っているから、いざというときに使うがいい、と言って、華麗な泳ぎで去っていかれた。
男は、このかめを持ち帰って、土蔵の中に入れておいたが、いざというときが来なかったので、特に思い出すこともなく、ただ日が過ぎていった。
男の女房が、土蔵の中で、このかめを見つけた。中をのぞいてみたが、暗くてよく見えない。もっとよく見ようと思って土蔵から出るところで、つまずいてしまい、かめを割ってしまった。よくある話である。割れたかめから、はしぐらいの長さ太さのものが何本も出てきたが、男の女房には、それが何だかわからなかった。男が帰ってきて、女房は、かめを割ったことをわびると、男は、かめのことを忘れていたので、女房の粗相を許した。
次の日、男は、かめの破片と、はしのようなものを持って浜辺に出ると、果たして龍神様があらわれたので、かくかくしかじかと、次第を申し上げると、かめは入れ物だから何でもない。はしのようなものは、プレスマンといって、速記を書くのに使うものだ。速記は万病に効くからな、と言ってからからと笑った。笑いながらプレスマンとポセイドンって似ているな、とひとり言をおっしゃったが、ひとり言なので、誰も受け合わなかった。しかも、そんなに似ていない。
男には、速記というものが何なのかわからなかったが、とりあえず、ありがたいもののような気がしたので、神社に奉納したところ、何だかよくわからないが、村の者は、食うものに困らなくなったという。
教訓:村の男たちは、このことがあってから、皆、漁に出るのをやめて、海を眺めるようになったという。




