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追放された鍛冶師、拾ったガラクタが伝説級の聖剣でした  作者: 綾瀬蒼


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追跡の烙印

 地下道の湿気が肺にまとわりつく。


 逃げ切ったはずなのに、胸の奥がずっと落ち着かなかった。理由は一つ――視界の端で消えない表示。


 ――《警告:追跡付与の疑い》


 布包みの中で、レグルスが脈打つ。結界の外に出たせいで息を吹き返したみたいに、さっきから鼓動が強い。


「……どこに仕込まれた」


 俺が呟くと、エリシアはランタンを揺らさずに言った。


「可能性は三つ。あなた自身、剣、もしくは欠片」


 彼女は俺の掌――聖樹芯の欠片を握っている指先を見た。


「それ、まだ熱い?」


「熱い。木なのに……変だ」


「聖樹芯は“聖気の導体”よ。星屑銀に近い。追跡を載せるなら、ちょうどいい」


 ……つまり、俺が拾った瞬間に“糸”を結ばれた可能性がある。


 ディランの声が脳裏に蘇る。


> 「逃げてもいいよ、レイン。君がどこへ行くか――その剣が教えてくれるから」


 あいつは剣そのものに何かをしたのか。あるいは俺に。


 俺は星屑銀の糸を指に巻き、欠片にそっと触れた。魔力を一滴だけ流す。


 すると――冷たい感覚が、逆に返ってきた。


 熱じゃない。祈りでもない。


 “他人の魔力”の味。


「……やっぱり載ってる」


 エリシアが頷く。


「糸が見える?」


「うっすら。欠片から……どこかへ引っ張られてる」


 胸の奥が嫌な音を立てた。視界に、細い線が浮かぶ気がする。触れたら指が凍りそうなほど冷たい線。


「切れるか」


「切れば、反応する。向こうに“切れた”って伝わる」


「じゃあ、切らない」


 俺は息を吐いた。


「……偽装する」


 鍛冶師のやり方だ。折れたものを直す。足りないなら足す。流れを変える。


 俺はモグから渡された錆び釘の束を取り出した。


「エリシア。ランタン、少し貸せ」


「火がいるの?」


「火じゃない。“熱の気配”がいる」


 俺は釘を二本、石に置いた。星屑銀の糸を釘に巻き付け、魔力を通す。


 赤くならない。煙も出ない。


 でも、金属が柔らかくなる瞬間――それだけが、指先に伝わる。


 カン。


 掌で叩く。槌はないが、金属は応える。


 釘は曲がり、輪になった。小さな環。


 そこへ、星屑銀の切れ端を一本、さらに巻き付ける。最後に――聖樹芯の欠片から、ほんの小さく削った粉を落とした。


 木なのに、粉が落ちた瞬間、鈴みたいな音がした。


「……綺麗だ」


 エリシアが小さく息を呑む。


「綺麗で、厄介な素材だ」


 俺は環を指先で撫で、魔力を流した。


 環が微かに脈打つ。


 レグルスの鼓動より弱いが、同じ種類の“拍”を作れる。


おとり?」


「囮じゃない。“替え玉”だ」


 俺は環を布に包み、地面に置いた。


 そこへ追跡の“糸”を――聖樹芯の欠片から、環へ滑らせる。


 星屑銀が導く。聖樹芯が馴染ませる。


 冷たい線が、少しずつ環に移るのが分かった。


 視界の表示が一瞬、揺れる。


 ――《警告:追跡反応 移動》


「……いける」


 俺は環を拾い上げ、壁の隙間へ放り投げた。地下道の水流に引っかけ、遠ざける。


 この先は王都の外れへ繋がる。追跡がそれを追えば――時間が稼げる。


 エリシアが言った。


「完璧じゃないわ。向こうが強引に“照らす”術者なら、二つの反応を同時に拾う」


「分かってる。だから“剣”のほうも沈める」


 俺は布包みに手を当て、星屑銀の残り粉を擦り込んだ。遮断印の残りと混ぜて、匂いと鼓動を薄める。


 レグルスが、少しだけ不満そうに脈打った。


『……静かすぎる』


「我慢しろ。折れたくないんだろ」


『……』


 返事はない。でも、脈は落ち着いた。


「行くわ」


 エリシアがランタンを掲げる。


「モグのところへ。今のうちに」




 地上に出ると、王都の夜がやけに騒がしかった。


 遠くで号令が飛ぶ。松明の列が動く。犬の吠える声まで聞こえる。


「……包囲してる」


 俺が言うと、エリシアの目が細くなる。


「ギルドの監察が動いた。教会も動いた。……あなた、思ったより“重要物件”ね」


「嬉しくない」


 俺たちは目立たない路地を選び、崩れた職人街へ急いだ。


 あの鍛冶場跡――俺たちの“仮の炉”へ。


 だが、近づくほど空気が変だった。


 煤の匂いに、別の匂いが混ざっている。


 ――油。新しい靴の革。血。


「……止まれ」


 エリシアが俺の肩を掴む。


 俺も気づいた。足音が“多い”。ここは普段、風と瓦礫の音しかないはずなのに、床がわずかに軋む気配がする。


 俺は壁際の割れた窓から、中を覗いた。


 暗い室内に、灯りが一つ。


 そして――倒れた藁。散らばった道具。引きずられた跡。


「……モグ」


 喉の奥が焼けた。


 藁の上にあったはずの老人の姿がない。


 代わりに、床に落ちているのは――モグの槌。


 柄が折れかけた、あの槌。


 その隣に、紙が一枚。


 白い紙じゃない。薄い金属板に刻まれている。


 ……刻印の癖で分かる。


 ディランだ。


 俺は窓を割らずに入り、金属板を拾った。指が震える。


 刻まれていた文字は、丁寧で、嫌になるほど整っていた。


> 「レイン。返して。

> 明日の祭礼、灰のはいのだん

> 来なければ、老人は“灰”になる。」


 目の前が一瞬、白くなった。


 エリシアが背後から覗き込み、息を止める。


「……灰の壇」


 彼女の声が、初めて揺れた。


「知ってるのか」


「聖堂の地下。祈りの火を保管する場所。……監察局でも簡単には入れない」


 俺の胸の奥で、何かが冷えて、次に燃えた。


 祈りの火種。


 修復素材の三つ目。


 そして――交換の舞台。


 最悪の場所に、最悪の条件を並べてきた。


 レグルスが布の中で、低く脈打った。


『……行け』


「……行くに決まってる」


 俺は金属板を握り潰しそうになるのを堪えた。


「でも、向こうの土俵ではやらない。――鍛冶師の土俵に引きずり込む」


 エリシアが俺を見る。


「あなた、何をする気」


「炉を作る」


「ここに?」


「ここじゃない。灰の壇の近くに、“俺の炉”を作る。向こうが火を持ってるなら、こっちは火を奪う」


 エリシアが短く頷いた。迷いが消えた目だ。


「私も行く。モグを救うのは、あなたの借り。……そして私の責任でもある」


「責任?」


「監察局が、止めるべき“使う派”を止められてない。……そのツケが今、あなたと老人に来た」


 俺は息を吐き、布包みを抱え直した。


 この先は、材料集めじゃない。


 ――救出だ。


 ――奪取だ。


 ――そして、叩き潰すための準備だ。


 レグルスの表示が、淡く浮かんだ。


 ――《次工程:芯材補填》

 ――《必要素材:祈りの火種》

 ――《推奨:奪取(最優先)》


 俺は笑えないまま、笑った。


「……やっと、火の場所が分かったな」


 外では、どこかの警鐘が鳴っていた。


 明日、祭礼。


 灰の壇。


 そこで俺は――鍛冶師として、取り返す。

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