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追放された鍛冶師、拾ったガラクタが伝説級の聖剣でした  作者: 綾瀬蒼


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8/25

聖堂の庭と眠る結界

 モグを連れて帰る場所を変えた。


 あの店は、もう“安全な拠点”じゃない。クロードは次から店ごと差し押さえると言った。言った以上、必ずやる。


 俺たちは城壁沿いの外れ、崩れた職人街のさらに奥――昔の鍛冶場跡にモグを寝かせた。炉は潰れ、煙突は折れ、床は煤で黒い。だが俺には、ここが一番落ち着く。


「……若造、帰ってきたな。墓場に」


 モグが藁の上で笑う。頬の腫れが痛々しい。


「墓場じゃない。再開だ」


 俺はそう言いながら、錆びた金床代わりの石に手を置いた。冷たい。けど、胸の奥は熱い。


 エリシアは壁際に立ったまま、周囲を見回している。監察局の目だ。入口、窓、足跡、匂い――逃げ道の数まで数えている顔。


「短く話すわ」


 彼女が言った。


「聖堂の庭は今夜、“祭礼前夜”で忙しい。外回りの見張りは増える。でも内部は、逆に穴ができる」


「人が多いほど、盲点も増える」


「そう。……ただし」


 エリシアの声が少しだけ硬くなる。


「庭には結界が張られている。聖剣を眠らせるための結界。入った瞬間、あなたの剣は静かになる」


 俺は布包みの上からレグルスを握った。


 脈はある。けど、どこか薄い。


「眠らせる?」


「暴走防止。持ち込み防止。持ち出し防止。……三つの意味がある」


 嫌な予感しかしない。


「その結界、俺の“炉のない鍛冶”にも効くのか」


「効く。完全には殺さないけど、鈍る」


 鈍る、か。


 鍛冶師にとって、火が鈍るのは致命傷に近い。


 俺は息を吐き、星屑銀の欠片――伸ばした糸を指先に巻き付けた。


「じゃあ、火を“通す”道を作る」


 エリシアが目を細めた。


「……それ、どういう意味?」


「星屑銀は受け皿だ。魔力を拒まない。なら、結界に弾かれにくい通路になる」


 言いながら、自分の声が少しだけ震えているのが分かる。


 怖い。でも――やる。


 モグが咳払いした。


「おいおい。行く前に、これ持ってけ」


 老人が投げてよこしたのは、小さな鉄片の束だった。釘、薄い板、短い鎖。全部、錆びている。


「武器か?」


「道具だ、若造。鍛冶師は手元で勝つ」


 俺は受け取って頷いた。


「借りは増えるな」


「増やせ。返せるようになりゃ勝ちだ」


 モグは笑ったまま、目を閉じた。




 聖堂は、夜でも明るい。


 尖塔の下、白い石造りが月光を跳ね返し、灯火が列を作って揺れている。祭礼の準備なのか、修道士や見習いが忙しなく行き来し、荷車が触媒や布や樽を運んでいた。


 エリシアはローブのフードを深くかぶり、歩調を合わせた。


「裏の排水路から入る。庭の外壁の下に、監察局だけが知ってる通路がある」


「また下水か」


「あなた、文句が多い」


「湿気が嫌いなだけだ」


 エリシアが小さく鼻で笑う。


 そして、俺たちは地下へ降りた。




 結界は、空気だった。


 見えない。触れられない。なのに境界が“分かる”。


 庭の外壁の下、排水路の出口に近づいた瞬間、肌に薄い膜が張り付いたみたいに息が重くなる。


 レグルスの脈が、すっと沈んだ。


 ――静かになった。


 胸の奥が、ひやりとする。


「……これが」


「そう。安寧結界。聖気を“整える”」


 エリシアが囁く。


「ここでは、強い魔力の波が立ちにくい。あなたの剣も、あなたの火も、眠らされる」


 俺は布包みを握りしめる。


 そして、星屑銀の糸を結界の“境”にそっと伸ばした。


 指先に魔力を集め――流す。


 ……いつもの感覚なら、じわりと熱が返るはずだ。


 返らない。


 代わりに、糸がほんの少しだけ白く光った。


 そこだけが、結界の中へ“刺さった”ように見える。


「通った……」


 俺の声が勝手に漏れる。


 エリシアが目を細めた。


「結界に穴を開けたの?」


「穴じゃない。道を作っただけだ。……たぶん、すぐ閉じる」


「十分」


 エリシアは短く言って、先に進んだ。




 庭は、静かすぎた。


 外の祭礼準備の喧騒が嘘みたいに遠い。白い石畳。剪定された低木。噴水の水音だけが響く。


 そして中央に――聖樹。


 巨大な古樹が、内側から淡く光っている。葉は夜なのに黒くなく、深い緑が透けて見える。幹には無数の祈り札が打たれ、根元には白い花が供えられていた。


 ……美しい。


 でも、俺は鍛冶師だ。美しさの裏にある“素材”を見てしまう。


 あの幹は、密度が異常だ。


 木なのに、鉄みたいに“詰まっている”。


 視界の端に、薄い表示が浮かんだ。


 ――《必要素材:聖樹芯》

 ――《反応:強(中央)》


 その瞬間、レグルスが微かに脈打った。


 眠っているはずなのに、反応がある。


「……始まってる」


 エリシアが低く言った。


 聖樹の根元――白い布で囲われた作業場に、数人の修道士と護衛がいる。中央には、銀の器具と、黒い箱。


 箱の縁に刻まれた文様が、結界と同じ“整う”気配を放っている。


 あれが、芯を運ぶ容器だ。


 そして、そこに――ローデン司祭。


 ……やっぱり来てる。


「祭礼の前に処理する、って話は本当ね」


 エリシアが息を吐く。


「監察局の許可は?」


「あるわけない」


 エリシアの声が冷たくなる。


 そのとき、作業場の奥から、見覚えのある影が現れた。


 細身。整った顔。余裕の笑み。


 ディラン。


 ここにいる。


 鍛冶師ギルドの人間が、聖堂の庭に。


「……繋がってるどころじゃないな」


 俺が呟くと、エリシアが一瞬だけ歯を噛んだ。


「最悪の証拠ね。……でも、今は見るだけ。奪うのは“運搬中”が一番」


 俺も同意だ。ここで暴れたら、結界の中で包囲される。


 だが――作業が進む。


 銀の器具が幹へ刺さり、祈りの言葉が低く唱えられる。すると幹の中心から、白く細い“芯”がゆっくり引き抜かれていくのが見えた。


 木なのに、光っている。


 繊維なのに、金属みたいに整っている。


 俺の喉が鳴った。


 ――あれが、聖樹芯。


 ローデンが低く命じる。


「急げ。監察局が動く前に運ぶ。……箱に入れろ」


 修道士が芯を黒い箱へ収めようとした、その瞬間。


 芯の先端が、床の石に擦れた。


 ほんの少し。


 欠片が――落ちた。


 白く小さな、木片。


 だが、落ちた瞬間に“音”がした。


 木片なのに、金属みたいな澄んだ音。


 俺の視界に表示が走る。


 ――《聖樹芯:欠片(微量)》

 ――《取得可能》


 エリシアが、俺を見た。


「……取れる?」


「取る」


 迷いはない。


 俺は影を踏み、噴水の縁を使い、花壇の陰へ滑った。護衛の視線の角度、足音の間隔、祈りの声の切れ目――全部が“鉄の道”みたいに見える。


 結界のせいで鈍い。でも、導きが残っている。


 欠片まであと数歩。


 そのとき、庭の片隅で“動くもの”がいた。


 鎧。


 白い装飾鎧が、独りで立っていた。


 人が入っていないのに、首がゆっくりこちらへ回る。


 空っぽの兜の奥に、淡い光。


「……庭番」


 エリシアが唇を噛んだ。


「動く鎧よ。結界の番犬。触れたら起きる」


 遅かった。


 鎧が一歩踏み出した。


 石畳が、きしむ。


 その音が、妙に大きく響いた。


 護衛の一人が顔を上げる。


「……何の音だ?」


 まずい。


 俺は瞬時に判断し、床に落ちていた錆び釘を摘まんだ。


 魔力を流す。熱じゃない。圧と共鳴だけ。


 釘が震え、鎧の足首の継ぎ目へ吸い込まれるように滑った。


 ギン、と金属音。


 鎧が体勢を崩す。


 その一瞬で、エリシアが銀の札を投げた。


 札が空中で燃えるように光り、鎧の胸へ貼り付く。


「――停止」


 祈りの言葉。


 鎧の動きが、半拍だけ止まる。


 俺はその隙に欠片を拾った。


 指先が、熱くなる。


 木片なのに、確かに熱い。


 ……手応え。


 だが、止まった鎧が“割れる”ように動いた。


 停止の札が剥がれ、光が噴き出す。


「無理矢理動いてる……!」


 エリシアの声が短くなる。


 結界の中で、これはまずい。騒ぎが大きくなる。


 俺は星屑銀の糸を指に巻き付けたまま、鎧の膝へ飛び込んだ。


 継ぎ目に糸を通し、きゅっと締める。


 星屑銀は魔力の道。


 俺はそこへ魔力を流し、継ぎ目だけを一瞬“焼く”。


 赤くならない。煙も出ない。


 でも――金属の噛み合わせが、溶けて固まる。


 鎧の膝が“固着”した。


 動きが、止まる。


「……鍛冶で、関節を殺した?」


 エリシアが息を呑む。


「今やるなって?」


「褒めてない!」


 護衛の声が飛ぶ。


「そこだ! 誰だ!」


 視線がこちらへ向く。


 ローデンが叫ぶ。


「侵入者だ! 捕らえろ!」


 ――終わった。


 いや、終わらせない。


 エリシアが俺の腕を掴んだ。


「逃げる!」


 俺は聖樹芯の欠片を握りしめ、走った。


 結界の膜が重い。息が苦しい。足が粘る。


 でも、星屑銀の糸が指で光っている。


 道は、まだある。


 噴水の影へ。低木の間へ。外壁へ。


 背後で、ディランの声が聞こえた。


「……へえ。やっぱり君か」


 軽い声。楽しそうな声。


「ねえ、司祭。あの逃げ方、普通じゃないよ。――“火”がある」


 ローデンが苛立って吐き捨てる。


「構わん! 追え! 監察局が来る前に奪え!」


 エリシアが歯を噛む。


「……最悪。あなたの同期、勘が鋭すぎる」


「俺はもっと最悪だ。……ここで捕まると、モグも終わる」


 外壁の下、排水路の入口が見えた。


 俺は星屑銀の糸を結界の境に当て、もう一度、魔力を流した。


 糸が白く光り、膜が薄く“ほどける”感覚。


 エリシアが先に潜り、俺も続く。


 背後で矢が飛んだ。石に当たって弾ける音。


 最後に、庭の静けさが破れる。


 警鐘が鳴った。


 ――ゴォン、ゴォン、と。


 そして、ディランの声が、遠くで笑った。


「逃げてもいいよ、レイン。君がどこへ行くか――その剣が教えてくれるから」


 ぞくりとした。


 結界の外へ出た瞬間、レグルスが強く脈打った。


『……追われる』


 視界に表示が浮かぶ。


 ――《聖樹芯:欠片(微量)》

 ――《修復進行:可能(中)》

――《警告:追跡付与の疑い》


 追跡付与。


 つまり――ディランかローデンが、何かを仕込んだ可能性。


 俺は握った欠片の熱を感じながら、息を吐いた。


「……取れた。でも、戦争が始まったな」


 エリシアが、暗い地下道でこちらを見る。


「ええ。もう“材料集め”じゃない。……奪い合いよ」


 俺は布包みを抱え直した。


 聖樹芯の欠片は、掌の中で光っていた。


 小さい。だが、確かな一歩。


 そして――追跡の影。


 次は、逃げるだけじゃ終わらない。

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