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追放された鍛冶師、拾ったガラクタが伝説級の聖剣でした  作者: 綾瀬蒼


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炉のない鍛冶は“武器”になる

 崩れたレンガ壁の上で、ディランが笑っている。


 月明かりを背にしたその笑みは、昔の工房で見たものと同じだ。――人の努力を、軽い冗談みたいに踏む笑み。


「さあ、返して。君には重すぎる“剣”だ」


 俺は布包みを抱えたまま、一歩も動かなかった。


 逃げ道を測る。路地の幅、崩れた壁、足元の瓦礫。金属は――ある。錆びた釘、折れた鉄骨、捨てられた鎖。


 炉も槌もない俺に残っているのは、手の中の火と、周りの鉄だけだ。


「……何を言ってる。これは俺が拾った」


「拾った?」


 ディランは声を立てずに笑った。


「それ、ただの拾い物の重さじゃないよ。君の腕がそれを守ろうとしてる。――僕には分かる」


 ぎくりとした。


 分かる? こいつにも“鉄の声”が?


 いや、違う。ディランは鉄を“聞く”んじゃない。鉄を“使う”だけだ。人を使うみたいに。


 俺は低く言った。


「俺の工房の刻印、どうやって偽造した」


 ディランは肩をすくめる。


「証拠がないことを聞くんだね。相変わらず田舎者だ」


「答えろ」


「……答えるよ。君が欲しいのは真実じゃなくて怒りの燃料だろ? でも、残念。燃料がなくても君は燃えちゃうタイプだ」


 挑発。


 ここで殴りかかれば、こいつの思う壺だ。


 俺は息を吐き、布包みの上からレグルスを握った。


 脈が、静かに返る。


『……来る』


 ディランの足が、壁の端を踏んだ。


 次の瞬間――彼の姿がぶれた。


 跳んだ?


 いや、違う。跳躍じゃない。体重の乗り方が軽すぎる。魔力で“浮かせて”いる。


 ディランは俺の目の前へ、音もなく降りた。


「ギルドの外に出た君は、ただの一般人だ。盾も守りもない。……僕は優しいから、痛くしない」


 右手が伸びる。


 布包み――レグルスへ。


 その瞬間、俺は足元の瓦礫を蹴った。金属片が跳ね、音が鳴る。


 カン。


 金属音は合図だ。


 俺は“炉のない鍛冶”で、空気の中に熱の流れを作る。火花みたいに散らす。


 ディランの背後、崩れた壁に刺さっていた錆び釘が――一斉に震えた。


「……っ!」


 ディランが反射で視線を逸らした、その一瞬。


 釘が飛んだ。


 真正面じゃない。狙いは顔じゃない。肩、腕、足――動きを鈍らせる場所。


 釘は雨のように、斜めから降り注ぐ。


 だがディランは、手のひらを翻し、薄い光の膜を作った。


 釘が膜に触れた瞬間、弾かれて散る。


「危ないなあ。君、こんな芸当ができたんだ?」


 楽しそうに言いながら、ディランは踏み込んできた。


 ――速い。


 右手が俺の胸元へ。布包みに触れられる距離。


 俺は咄嗟に、腰の小袋から星屑銀の欠片を掴んだ。薄く伸ばしておいた“糸”――封印縫合の残り。


 それを、指に巻き付ける。


 星屑銀は、魔力を拒まない受け皿。


 なら、受け皿にしてやる。


 ディランの光膜へ、糸を投げた。


 光膜が一瞬だけ、揺らいだ。


「……え?」


 ディランが驚いた顔をしたのは初めてかもしれない。


 俺はその隙に、距離を取った。


 背後の錆びた鎖を掴み、魔力を流す。


 鎖が――赤くならないまま、内部から柔らかくなる。


 俺はそれを一気に引き千切った。


 ギンッと、鈍い音。


 鎖は“槍”になった。先端は裂け、鉄の牙みたいに尖る。


「……それが君の戦い方? 鍛冶師が槍を作るのは当然だけど、素材が安物すぎる」


「安物でも、刺さる」


 俺は踏み込み、鎖槍を振った。


 ディランは軽く避ける。余裕がある。


「君は勘違いしてる。僕が欲しいのは、その槍じゃない。――その中身だ」


 ディランの指先が、空を撫でた。


 冷たい感覚が、俺の周囲に降りた。


 魔力の“重り”。


 空気が粘る。足が一瞬、床に吸い付く。


「ッ……!」


「付与の基礎だよ。重力の微調整。君は炎が得意でも、こういうのは苦手でしょ?」


 ディランが微笑む。


 ――こいつ、付与の才能は本物だ。


 だからこそ、ギルドはこいつを持ち上げる。


 そして、こいつは“偽造”もできる。


 刻印も、証拠も、評判も。


 俺は歯を食いしばった。


 動け。


 炉がない? なら作れ。


 俺はレグルスに触れたまま、胸の奥の火を強くした。


『……導け』


 レグルスが、微かに脈打つ。


 視界の端に、表示が浮かぶ。


 ――《微弱権能:導き(仮)》

 ――《対象:鉄の“道”》


 次の瞬間、世界が少しだけ変わった。


 足元の瓦礫の中に、“線”が見える。


 鉄が通るべき道。力が伝わる経路。熱が流れる方向。


 ――ここだ。


 俺は地面に落ちていた、折れた鉄骨の端に足を掛けた。


 鉄骨の中を、魔力で一瞬だけ温める。


 膨張。歪み。


 そして――


 バンッ!


 鉄骨が跳ね上がった。


 まるで跳ね板。俺の身体が前へ投げ出される。重りの粘りを、強引に破る。


「なっ……!」


 ディランの目が見開かれる。


 俺は空中で身を捻り、鎖槍を真下へ叩きつけた。


 狙いはディランじゃない。


 地面。


 鎖槍の牙が石畳を砕き、破片と鉄粉が舞い上がる。


 視界が白くなる。


 ――煙幕。


 俺はその中を滑って走った。


 右、左、崩れた壁の隙間へ。


 背後でディランが咳き込む声。


「……ほんと、嫌になる。君、そういう“現場の悪知恵”だけは一流だね」


 追ってくる。


 足音は軽い。速い。


 俺は路地の角を曲がりながら、最後の手を考える。


 今ここで倒すのは無理だ。武器も、体力も、地の利も足りない。


 だが、逃げ切るだけなら――


 俺は走りながら、指先で星屑銀の糸を切った。


 短い切れ端を二つ。


 それを、路地の両側の鉄屑に結ぶ。


 即席の“導線”。


 そして、魔力を流す。


 星屑銀は、受け皿。流れを通す。


 路地に張られた導線が、見えない膜になる。


 ディランが角を曲がって飛び込んできた。


「――そこだ」


 その瞬間、俺は導線を“締めた”。


 見えない膜が、ディランの足首に絡む。


 転ぶほどじゃない。だが一瞬、体勢が崩れる。


「……っ、何だこれ!」


 その一瞬で十分。


 俺は路地の出口へ飛び出した。


 そして、追ってこれない場所へ――古い排水路の蓋。


 エリシアが通した、監察局の通路。


 俺は迷わず蓋を開け、滑り込んだ。




 下水の冷気が肺を刺した。


 だが、追撃の気配は上から遠ざかる。


 ディランは地上で足止めされている。完璧じゃないが、時間は稼げた。


 俺は暗闇の中で膝をつき、息を整えた。


 布包みの中で、レグルスが脈打つ。


『……守った』


「……ああ」


 守れた。でも、代償がある。


 ディランに“確信”を与えた。


 俺が、ただの追放鍛冶師じゃないと。


 そして、あいつは間違いなく言うだろう。


 ギルドに。教会に。貴族に。


 ――聖剣が動いた、と。


 モグの顔が浮かぶ。


 殴られているかもしれない。


 俺は拳を握った。


「まずいな……」


 そのとき、下水の奥から微かな灯りが見えた。


 白い光。祈りの文様。


「……レイン?」


 聞き覚えのある声。


 銀髪の修道女――エリシアが、ランタンを持って立っていた。


「あなた、ここを使うと思った。追手がギルドなら尚更」


「……監視してたのか」


「保険。あなたが死ぬと、私の仕事が増える」


 相変わらず言い方が冷たい。


 でも、目はちゃんと状況を見ている。


「ディランに会った。あいつ、俺の剣を――」


「知ってる」


 エリシアの眉が険しくなった。


「鍛冶師ギルドと、聖堂“使う派”が裏で繋がってる可能性が高い。……あなたが見つかったなら、動きが早すぎる」


 嫌な予感が、形になる。


「つまり、冤罪は――」


「最初から仕組まれてた」


 エリシアは淡々と言った。


「あなたを追放して、剣を奪いやすくするために。あなたが拾う“何か”があると、誰かが知っていた可能性すらある」


 背筋が冷える。


 俺がレグルスを拾ったのは偶然のはずだった。


 なのに、偶然が重なりすぎている。


 エリシアはランタンを掲げ、先を示した。


「今は考えるな。あなたの協力者――モグが危ない。監察局の通路で店の裏まで出られる。行くよ」


「……借りが増えるな」


「増えるのは私も同じ」


 エリシアは、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「レイン。次は逃げるだけじゃ終わらない。あなたが守るなら、戦い方を“鍛える”必要がある」


 俺は布包みを抱き直し、立ち上がる。


「分かってる。鍛冶師は――叩いて形にする」


 エリシアが頷く。


 暗い下水の奥で、レグルスが静かに脈打った。


『……次は、奪え』


 聖樹芯。


 そして、モグの救出。


 俺の火は、もう戻れない場所まで燃え始めていた。


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