素材は“光”の中に
第三話 素材は“光”の中に
夜明け前の空気は、鉄みたいに冷たい。
倉庫の隙間風が肌を刺すのに、俺の掌は熱を持ったままだった。刃――聖剣が、まだ微かに脈打っているからだ。
モグは眠れなかったらしい。店の奥から持ってきた粗末な椅子に腰掛け、俺の手元を睨むように見ている。
「……若造。確認しとくが、さっきの光は……お前の手品じゃねえな」
「手品なら、もっと金になる方向に使う」
口に出してから、自分の言葉が痛い。金――今の俺に一番足りないものだ。
モグが鼻を鳴らす。
「なら本物か……いや、本物なら尚更やべえ。教会が嗅ぎつけるぞ。聖剣は“神のもの”だって面倒くせえ連中だからな」
「俺が拾った。俺が鍛える」
「……若造、命が惜しくねえのか」
惜しいに決まってる。けど――この刃は、俺の火を見て選んだ。俺がここで逃げたら、また“折れて終わる”。
「惜しいからこそ、鍛えるんだ」
モグはしばらく黙っていたが、やがて深い溜息を吐いた。
「……で? 何をする。聖剣だろ。金床叩けば戻るってもんじゃねえ」
それはその通りだ。
俺は刃をそっと金床の上に置き、昨夜見えた“表示”を思い出す。
――《聖剣修復(未完)》
――《権能:封印中》
修復には材料がいる。柄と鍔だけじゃない。聖剣なら、核となる“格”を補う何かが必要だ。
俺は目を閉じ、刃に魔力を流した。
すると、視界の端に、あの透明な表示が再び浮かぶ。
文字が、増えていた。
――《修復条件:欠損部位の“光”を補填》
――《必要素材:星屑銀(未所持)》
――《必要素材:聖樹芯(未所持)》
――《必要素材:祈りの火種(未所持)》
――《達成報酬:権能解放》
「……素材が、三つ」
声に出すと、モグが身を乗り出した。
「何だ? 今度は何が見えた」
「修復条件と……必要素材」
「読めるのか?」
「俺にしか見えてないみたいだ。……たぶん」
モグは顔をしかめた。
「星屑銀……聖樹芯……祈りの火種……聞いたことあるような、ねえような。いや、星屑銀はある。伝説じゃなくて、希少金属としてな」
「本当に?」
「ただし、王都の表じゃ出回らん。貴族か、教会か、錬金術師ギルドか……金の匂いがする連中が握ってる」
俺は舌打ちしそうになるのを堪えた。つまり、俺みたいな追放鍛冶師には縁がない。
――普通なら。
「モグ。裏の流通なら?」
「……ある。あるが、お前が買える値段じゃねえ」
「買えないなら、拾う」
モグが目を丸くした。
「拾う? 星屑銀を?」
「廃材捨て場で聖剣拾ったんだ。可能性はある」
俺は刃を見つめる。レグルスが、微かに温かい。
『……近い』
昨夜と同じ、“声”。
俺は確信した。必要素材は、王都のどこかにある。しかも今、近い場所に。
「モグ。王都で一番、珍しい金属が集まる場所は?」
老人は苦い顔で答えた。
「……錬金術師ギルドの競り市だ。今夜、月の三日市がある」
「三日市?」
「ああ。表向きは薬草と触媒の市場だが、裏で金属も流れる。特に“天から落ちたもの”はな」
天から落ちたもの――隕鉄。星屑銀は、その系統かもしれない。
「行く」
「馬鹿。お前みたいな身元なしが行ったら、門前で追い返される」
モグはそう言いながらも、懐から小さな札を取り出した。
木札に、錬金術師ギルドの刻印。だが古く、擦り切れている。
「昔のツテだ。使えるかは知らん。……が、これで“見学者”としては入れるかもしれん」
「なんでそこまで」
モグは目を逸らした。
「面白えからだよ。……それと、俺も一度でいいから“本物”を見てみたい」
俺は札を受け取り、頭を下げた。
「恩に着る」
「恩なんて言うな。借りだ。返せよ、若造」
「……返す。絶対に」
夜。
王都の中心から少し外れた大きな円形建物――錬金術師ギルドの市は、明かりと人で溢れていた。
香料の匂い。薬草の束。ガラス瓶の中で揺れる液体。金属の粉末。触媒石。
そして、“金持ちの匂い”。
俺の服は、場違いに汚れている。視線が刺さる。
だが、モグの木札を見せると、門番は渋い顔で通した。
「見学だけだ。余計な真似はするな」
「分かってる」
会場を歩きながら、俺は刃を布で包んだまま抱えていた。見られたら終わりだ。教会どころか、錬金術師たちが群がる。
それでも、レグルスは静かに脈打つ。
――《必要素材:星屑銀》
表示が、頭の中で点滅するみたいに主張してくる。
俺はゆっくり歩き、金属系の露店が並ぶ区画へ入った。
そこに、ざわめきが集まっている場所があった。
「おい、見たか? 今夜の目玉だってよ」
「隕鉄の塊らしいぜ」
「違う、銀色に光ってる。星の欠片だとさ」
俺の心臓が跳ねた。
露店の台に置かれていたのは、拳大の金属塊。
黒い部分と、青白く光る部分が混ざり合っている。触れなくても分かる。あれは“熱い”。
金属が熱いというより、存在が熱い。
――星屑銀だ。
俺の視界に表示が出る。
――《星屑銀:確認》
――《所有者:錬金術師ギルド》
――《取得方法:購入/交換/奪取》
奪取、という単語に胃が重くなる。だが表示は淡々としている。俺の倫理など関係ないとでも言うように。
露店の主――金の指輪だらけの中年錬金術師が、得意げに言った。
「こいつは特別だ。どんな付与でも拒まない“受け皿”になる。欲しいなら、金貨五百枚からだ」
場がどよめいた。
金貨五百枚。俺の全財産で金貨一枚にも満たない。
終わった。
……そう思った瞬間。
「――金貨五百。出そう」
声がした。
人垣が割れ、現れたのは、白いローブの一団。
胸に、銀の十字。
教会の連中だ。
錬金術師が笑う。
「おお、聖堂の方々。今夜もお祈りの材料ですか?」
「神具の修復に必要だ。これは我々が管理する」
教会側の男は、見下すような目で周囲を見回した。
俺の背中に冷たい汗が流れる。
教会が星屑銀を持っていくなら、もう俺の手には届かない。
だが――レグルスが、掌の中で強く脈打った。
『……奪われるな』
声が、はっきり聞こえた。
俺は息を吐いた。
奪う? 交換? 購入?
無理だ。
なら――“交渉の土俵”を壊す。
俺は人垣の端から、露店の台を凝視した。
星屑銀の塊には、黒い部分――隕鉄由来の不純物が混ざっている。
そこが弱点だ。
不純物は魔力の流れを乱す。熱を逃がす。割れ目を作る。
俺は魔力を、ほんの一滴だけ流した。
目立たないように。呼吸に混ぜて。
星屑銀の“黒い部分”だけに、微弱な共鳴を起こす。
すると、塊が微かに震えた。
――パキ。
小さな音。
表面に、髪の毛ほどの亀裂が走った。
「……ん?」
露店の錬金術師が眉をひそめる。
教会の男も、表情を変えた。
「おい。今、割れたか?」
「ば、馬鹿な! これは――」
俺は、そこで止めた。割れは致命傷じゃない。だが“商品価値”を落とすには十分だ。
錬金術師は冷や汗をかいて、塊を持ち上げる。
「……くそ。輸送で傷が入ったか……!」
教会の男は即座に声を荒げた。
「傷物なら金貨五百は出せん。半額だ」
「な、何を言う! これは希少――」
「神具修復に使うのだ。半額でもありがたく思え」
露店の錬金術師が歯ぎしりする。周囲の客も、値下げの気配にざわつく。
俺は、そのざわめきの中で、気づく。
露店の台の隅に、削り屑が落ちている。
亀裂から、微細な欠片がこぼれたのだ。
星屑銀の欠片。
拳大の塊は無理でも、欠片なら――
俺の視界に表示が出た。
――《星屑銀:欠片(微量)》
――《取得可能》
俺は心臓を落ち着かせ、しゃがみ込むふりをして、足元の欠片を指先で拾った。
冷たい。
なのに、指先が光るみたいに温かい。
布の中へ、素早く隠す。
――これでいい。
修復に“どれだけ”必要かは分からない。だが、聖剣が「欠片」と表示した以上、意味がある。
顔を上げた瞬間、目が合った。
教会の男と。
いや、違う。
教会の列の後ろにいた、若い女――銀髪の修道女だ。
彼女だけが、俺の手元を見ていた。
そして、微かに眉を動かした。
――気づいた?
俺は息を止め、すぐに視線を逸らした。
心臓がうるさい。
このまま帰れ。
帰って、鍛える。
だが背後から、冷えた声が飛んだ。
「……今の。あなた、何をしました?」
銀髪の修道女が、一歩前へ出ていた。
周囲の空気が、急に静かになる。
俺はゆっくり振り返る。
逃げるべきだ。今すぐ逃げれば――
でも、修道女の目は、怯えではなく、確信だった。
「あなたから……“聖”の匂いがする」
俺の掌の中で、レグルスが脈打つ。
『……来る』
終わった、じゃない。
始まったんだ。




