表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された鍛冶師、拾ったガラクタが伝説級の聖剣でした  作者: 綾瀬蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/25

慈善の名の炉、真実の名の火


 扉が開いた瞬間、外の空気が広間に流れ込んだ。


 同時に、外の光と声が“像”として入り込む。


 松明の火。人のざわめき。誰かの「見た」という息。


 ディランの“型”より先に、真実が見え始めた。


 白い火の輪。

 鉄の檻。

 鎖に縛られた老人。

 奥の寝台に並ぶ子供と病人。


 ――これを見て、黙っていられる正義は少ない。


「……なんだ、あれ」

「浄化って、こんな……」


 外で誰かが声を震わせた。


 ディランが、穏やかな声で笑う。


「ね? 君が扉を開けた。だから今から始まる物語は——“異端が病人の場を乱した”になる」


 ローデンが杖を掲げ、低く唱えた。


「浄化を続けよ。迷いは罪だ」


 白い火が、床の溝から天井の梁へ伸びる。


 木がきしむ音がした。


 失敗したら、ここが燃え、子供が死に、それが“正義”として飲み込まれる。


 だから、ここで止める。


 焼かずに。


 壊さずに。


 “収めて”。




 ルシアンが扉の縁に立ち、声を張った。


「監察局第二班! 正式審問に基づく現場検証だ! この施設は市の慈善規程により、聖堂単独での焼却・浄化は禁じられている!」


 外の護衛が一瞬、動きを鈍らせる。


 規程で殴る人の言葉は、怒号より先に“手”を止める。


 エリシアが札を掲げ、続けた。


「人質がいる。火が使われている。――これが浄化なら、なぜ鎖がある?」


 外の視線が檻へ吸い寄せられる。


 モグが檻の中で、咳を堪えながら笑った。


「……ほらな……若造……生活線を狙ってきた……」


「喋るな。息を守れ」


 俺は鞘を握り、床の火の線を見た。


 増幅点は削った。だがディランは“複数回路”で押してくる。


 床の釘、梁の金具、寝台の留め具――この建物の鉄をまとめて回路にして、施療院そのものを炉にする気だ。


 ディランの強さの種類が、はっきり見える。


 技術:鍵刻印で回路を組む。

 人脈:聖堂の札で封鎖し、回収派を混ぜる。

 制度:浄化の名で世論を一つにする。


 だから、勝ち方も一つしかない。


 “切る”じゃない。


 “ほどく/収める/刻む”。




 ローデンが叫ぶ。


「異端よ! 神の火を妨げるな!」


 白い火が直接、寝台の方向へ伸びた。


 ミレイが息を呑んで、寝台の前に飛び出しそうになる。


「ミレイ、動くな!」


 俺が低く言う。


「俺が“熱”に落とす」


 鞘の銀線に指を滑らせ、聖火反転の温度を一滴だけ通した。


 抜かない。抜くのは最後の最後だ。


 鞘先を白い線へ当てる。


 白が橙へ落ち、橙が温かさへ沈む。


 火の“痛み”が消え、ただの熱になる。


 寝台の子供が、苦しそうに眉を寄せたまま——呼吸だけが戻った。


 ミレイが震える声で言う。


「……熱い、じゃない……あったかい……」


「そうだ」


 俺は言った。


「燃やさない火は、暖める」


 ローデンの目が揺れる。


「裁きが……変わる……?」


 ディランが、冷たく言った。


「司祭、焦らないで。回路はまだ生きてる」


 彼が指を弾いた。


 重り。


 床が沈み、鞘が重くなる。火の線が白へ戻ろうとする。


 俺は歯を食いしばり、鞘だけで耐える。


 ――耐えるだけじゃ駄目だ。回路を“ほどく”。


「エリシア!」


「分かってる!」


 エリシアが札を床の四隅へ投げた。封印じゃない。視線と流れをずらす札。結界の“目”を乱し、回路の集中を散らす。


 ルシアンが叫ぶ。


「外の者! この場の火は“浄化”ではない! 拘束と回路がある! 見ろ!」


 外がざわめく。松明が揺れる。誰かが「おい、檻があるぞ」と叫ぶ。


 ディランが小さく舌打ちした。


 その瞬間――黒い影が二つ、扉から滑り込んできた。


 回収班。


 狙いは一つ。鞘。


「対象、回収」


 影が伸ばした手が鞘に触れかけた瞬間、鞘の銀線が光った。


 カチン。


 拒絶。


 影の指先が弾かれ、よろける。


 ルシアンがそこへ踏み込み、短く命じた。


「回収班、拘束!」


 拳と札が同時に入る。回収班は“静か”だが、正面の規程の壁には弱い。


 片方が呻く。


「……命令だ……黒蝋の……」


 真偽札はここにはない。だが——今は“目撃”がある。


 外の群衆が見ている。


 聖堂の護衛が回収班と一緒にいる時点で、像が歪む。




 ローデンが怒りに顔を歪め、杖を振り下ろした。


「ならば燃やし尽くせ! 浄化だ!」


 床の溝が一斉に光った。


 施療院が、炉になる。


 梁が鳴き、空気が乾く。


 ここで誓約が折れたら、終わる。


 俺は息を吸い、鞘を握り締めた。


 守るために打つ。


 だから——抜くのは“攻撃”じゃない。“収める”ため。


 俺は、レグルスを抜いた。


 刃は眩しくない。熱くない。


 ただ、正しい重さで空気を“押さえる”。


 視界に表示。


★目的:炉化の白火を“温度化”し、建物の燃焼を止める

★条件:刃を“炉の芯”として固定(攻撃禁止)

★リスク:誓約逸脱で喪失/群衆が誤解すれば暴徒化


 俺は刃を床に突き立てた。


 斬らない。


 叩かない。


 “芯”にする。


 白い火の線が刃に触れた瞬間、白が橙へ落ち、橙が温度へ沈む。


 床を這う裁きが、ただの熱に変わる。


 梁が鳴くのが止まった。


 空気が戻る。


 寝台の子供が、泣き声を上げた。


 泣けるなら生きている。


 ミレイが、その子を抱きしめた。


「……よかった……!」


 外で誰かが叫ぶ。


「燃えてない!」

「火が……違う!」


 “像”が変わる。


 浄化の火ではない。裁きの火でもない。


 ただの、守りの火だ。


 ローデンの顔から血の気が引いた。


「……異端が、火を……」


「違う」


 俺は刃を床に刺したまま言った。


「火はここにあった。お前が“裁き”にした。俺は“温度”に戻した」


 ディランが、初めて笑みを消した。


「……やりきったね」


 彼の目が細くなる。


「じゃあ最後。君が剣を抜いた事実は残る。僕は“異端が剣で浄化を妨害した”を作れる」


 俺は答えなかった。


 代わりに、ミレイを見た。


「記録」


 ミレイが頷き、封蝋と薄い鉄板を取り出す。


 刃の周囲の溝、鍵刻印の位置、ローデンの杖の火の跡、檻の鎖。


 全部、二重印で固定する。


 監察局印と鍛冶師刻印。


 そして星屑銀を混ぜ、波形を残す。


 エリシアが外へ声を張る。


「見た者は証人だ! 病人と子供に火を向けたのは聖堂側だ! 監察局は保護に入る!」


 外のざわめきが、怒りに変わり始める。


 矛先が、こちらからローデンへ移る。


 ディランが小さく息を吐いた。


 “整える”のが遅れた。




 そのとき、外から銀十字の旗が差し込まれた。


 監察局の増援だ。


 先頭に立つのは、ヴァルター大監察官。


 白髪の男の目が、広間を一掃する。


「……見た」


 それだけで空気が締まる。


 ヴァルターはローデンを見る。


「司祭ローデン。正式審問下において、人質拘束、違法浄化、回収班の動員。——拘束する」


 ローデンが叫ぶ。


「神の名に——!」


 ヴァルターが冷たく遮った。


「神の名は免罪符ではない」


 ローデンに札が飛び、腕が縛られる。


 ルシアンが短く息を吐いた。


「……通った」


 エリシアがヴァルターへ、固定した証拠片を差し出す。


「鐘楼と同じ鍵刻印です。回収派の印。ディランの付与も混じっている」


 ヴァルターが一瞬だけ視線をディランへ向ける——だが、そこにもうディランはいない。


 床の影が薄い。


 空気だけが、軽い。


 ディランは逃げた。


 逃げ方まで“工房”だ。あいつは最初から、撤退路を鉄の流れに作っている。


 モグが、ミレイに支えられながら、かすれ声で笑った。


「……ディラン……逃げる穴は……ギルドの癖だ……」

「何か知ってるのか」

「……鍛冶台の下……いつも……穴を掘る……」


 それだけで十分だった。


 行き先は一つ。


 鍛冶師ギルド本部。


 ディランの“本丸”。




 俺は刃を鞘へ戻した。


 カチン、と正しい音。


 誓約は折れていない。守った。


 ヴァルターが俺を見る。


「レイン・グラント。今夜の働きは記録する。……だが終わっていないな」


「終わらせる」


 俺は言った。


「ディランを。——そして、ギルドの歪みを」


 エリシアが頷く。


「次が最後。公の場で、全部を叩き直す」


 ルシアンが拳を握る。


「規程の最終打を入れる。逃げ道は塞ぐ」


 ミレイが封蝋を握りしめた。


「……証拠は、残します。逃げられないように」


 モグがかすれ声で笑った。


「……やっと……鍛冶師らしい最終工程だ……」


 夜はまだ冷たい。


 でも、街の正義は、少しだけこちらへ戻った。


 残るは一話。


 ディランの工房で、“最後の刻印”を押すだけだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ