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追放された鍛冶師、拾ったガラクタが伝説級の聖剣でした  作者: 綾瀬蒼


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鐘楼の鍵、裁きの回路


 地下から地上へ戻る階段は、登るほど息が苦しくなった。


 石の湿気じゃない。上から落ちてくる“正義”の圧だ。鐘の音が近い。鼓膜じゃなく胸骨に響く。


 ゴォン。ゴォン。


 そのたび、群衆の声が膨らむ。怒りが整う。刃の形になる。


 ルシアンが先に地上へ顔を出し、すぐ引っ込めた。


「……正面は無理だ。聖堂前の広場が埋まってる。鐘楼へ行く道にも人が詰まってる」


 エリシアが唇を噛む。


「鐘楼の入口は聖堂の内側。群衆の前を通るなら、私たちは“異端の行進”にされる」


 ミレイが小さく息を吸う。


「じゃあ……裏から?」


 俺は鞘を握った。レグルスが静かに脈打つ。導きが、音の奥を指す。


『……回路』


 視界に表示が浮かぶ。


★ 目的:宣告鐘の“増幅回路”を遮断

★ 条件:鐘楼基部の刻印盤へ到達

★ リスク:群衆の怒りが“刃”になる(暴徒化)


 ……回路、か。


 ただ鐘を止めるんじゃない。鐘が“裁き”として機能している理由を叩き壊す。


「鐘楼の基部に回路がある」


 俺が言うと、ルシアンが目を細めた。


「根拠は」


「剣の導き。……それと匂いだ。鐘の音に、封蝋の匂いが混じってる」


 エリシアが短く頷く。


「ディランが仕掛けを作ってる。鐘を“鳴らさせる”んじゃなく、鐘を“鳴る状態にする”」


 ルシアンが決めた。


「裏庭から鐘楼下へ。聖堂内には入らない。外周の修道士通路を使う」


「通路、知ってるの?」


「監察局の監査動線だ」


 規程で殴る人が、こういうとき一番頼れる。




 聖堂の外周は、昼間より暗かった。


 人は広場に集まっている。外周は、意図的に空けられている――逃げ道のようで、罠のような道。


 石壁に沿って走ると、鐘楼が見えた。


 高い。細い。先端が夜を刺している。


 その足元、鐘楼基部の扉に――黒い封蝋の痕。


 鍵の刻印。


 回収班の印と同じ。


「……回収派も絡んでる」


 エリシアが低く言う。


「ディランが回収派の技術を使ってるか、回収派がディランに貸してるか……どちらにしても、繋がってる」


 ルシアンが扉に手を当てた。


「ここは本来、聖堂の管理。だが封蝋が二重……監察局の承認が必要な封鎖だ。誰が通した」


「ローデン」


 俺が言い切ると、ルシアンは一拍だけ黙ってから頷いた。


「……なら、証拠になる」


 ミレイが札を握り直す。


「開けるの?」


「開ける。でも、音は立てない」


 俺は鞘の銀線に指を滑らせ、熱を一滴落とした。聖火反転の“温度”。鉄を赤くしない。噛み合わせだけを緩める。


 扉の蝶番――鉄。


 閂――鉄。


 鍵の舌――鉄。


 導きが線を描く。


 俺は鍵穴へ、星屑銀の細糸を差し込んだ。受け皿。魔力の直触れを薄める。


 カチ。


 息を止めたくなるほど小さな音で、扉が開いた。




 鐘楼の中は、思ったより“工房”だった。


 縄。滑車。鉄の軸。歯車。鎖。


 鍛冶場と同じ匂いがする。油と鉄。


 ただし、祈りの匂いも混じっている。


「……混ぜてる」


 俺が呟くと、エリシアが頷いた。


「宗教と工学。祈りと機構。ディランの得意分野ね」


 中央の床に、丸い金属盤が埋め込まれていた。


 刻印。


 円形に並ぶ文字。外周に溝。溝には黒い封蝋が流し込まれている。


 盤の中心から、細い導線が伸びている。導線は上へ、鐘へ。


 ――これだ。


 視界に表示が更新された。


★ 目的:刻印盤の溝(封蝋回路)を断つ

★ 条件:黒蝋を“鍵”ごと無効化

★ リスク:鐘が暴走(落鐘)/群衆が突入


 失敗したら、鐘が落ちる。人が死ぬ。群衆は“異端が鐘を壊した”と信じて暴れる。


 ……焼かない。壊さない。止める。


「どう断つ?」


 ルシアンが短く問う。


「削る。切るんじゃない」


 俺は盤の溝を指でなぞった。封蝋の中に、鉄粉と星屑銀の微粒が混じっている。魔力を通すためだ。


 ディランは“鍛冶の材料”で宗教の回路を作った。


 なら、鍛冶で戻せる。


 俺は床の釘を一本抜き、折る。断面を薄く伸ばし、削り針にする。


 聖火反転の熱を一滴――温度だけ。


 封蝋は溶け、鉄粉が微かに浮く。星屑銀の粒が光る。


 俺は溝の“鍵刻印”部分だけを狙って、浅く削った。


 ――カリ。


 ほんの小さな音。


 だが鐘の音が、一瞬だけ揺れた。


 ゴォン……が、ゴォ、ンに変わる。


 ミレイが息を呑む。


「今、揺れた……!」


「回路が迷った」


 俺は続ける。


 鍵刻印は、溝の中に“段差”を作っている。そこが増幅点。そこだけ壊せば、全体は生きたまま弱まる。


 壊すんじゃない。増幅を外す。


 ――カリ、カリ。


 そのとき、背後で乾いた拍手が鳴った。


「いいね」


 ディランの声。


 俺は振り向かない。振り向けば、手元が狂う。


 だが匂いで分かる。香油と金属の匂いをまとった奴。


「君、やっぱり“壊さずに止める”のが上手い」


 エリシアが即座に札を構えた。


「ディラン!」


「シスター、今日は君に用はない」


 ディランの声は笑っているのに冷たい。


「僕が欲しいのは、剣じゃない。……君の“誓約”の使い方だよ、レイン」


 ルシアンが一歩前に出る。


「ディラン。鍛冶師ギルドの不正、聖堂との癒着、回収派との関与――正式審問で扱う。逃げられない」


「正式審問?」


 ディランが楽しそうに笑う。


「ルシアン監察官、君の“規程”は強い。だから僕は、規程の外で勝つ」


 空気が沈む。


 重り。


 床の盤が、きし、と鳴った。削り針が震える。これ以上続けると溝を深く削ってしまう。


 ――失敗したら鐘が落ちる。


 俺は削り針を止め、鞘を握り直した。


「……重りを落としたら、盤が壊れる」


「壊れると困る?」


 ディランが優しく言う。


「困るよね。群衆が死ぬ。君は“焼かせない”って誓った。死なせないとも言ったんじゃないのに、君は死なせたくない」


 言葉の罠。


 レグルスが鞘の中で脈打った。


『……誓約は、守れ』


 俺は息を吐いた。


 誓約は“焼かせない”。だけど、守るために打つと言った。なら、落鐘で人が死ぬのも守れない。


 守る。


 守るために、止める。


「エリシア、ルシアン。上だ」


 導きが示した。


 ディランの重りの“核”は床じゃない。鐘楼の中腹、滑車の軸。そこに刻印札が貼られている。


 増幅回路は盤だけじゃない。機構側にも“付与”がある。


 ディランの強さはここだ。


 技術(付与)+制度(鐘=裁き)+構造(回路の二重化)。


「ミレイ、縄を切らないで外せる?」


 俺が聞くと、ミレイは震えながらも頷いた。


「結び目なら……札で緩められる!」


「やれ。焼かない。切らない。ほどく」


 ミレイが札を投げ、縄の結び目に貼る。結び目が一瞬だけ“滑る”ようになる。


 ルシアンが上へ駆けた。エリシアも続く。俺は盤の前に残る。


 ディランが笑う。


「役割分担、良いね。……でも君、盤を止めないと鐘は止まらないよ」


「止める」


 俺は鞘の銀線に指を滑らせ、聖火反転の熱を“微量”で盤へ流した。


 溝の黒蝋が、わずかに柔らかくなる。


 そこへ星屑銀の糸を押し当てる。


 黒蝋の中の星屑銀粒が、糸へ吸われる。回路の導電材が抜ける。


 ――断つんじゃない。抜く。


 盤は壊れない。溝も残る。だが“通らない”。


 鐘の音が、さらに弱まった。


 ゴォ……ン。


 ゴ……ン。


 広場の怒号が、一瞬だけ途切れたのが分かる。群衆の“熱”が迷った。


 ディランの声が低くなる。


「……それ、嫌い」


 重りが増す。床が沈む。だが盤は壊れない。俺は抜き続ける。


 上で、ルシアンの怒号。


「――ここだ!」


 鉄の軸に貼られた札を、エリシアが剥がす音。ミレイの札が縄を滑らせ、機構が一段緩む。


 その瞬間、鐘楼全体の振動が変わった。


 ディランの重りが揺らぎ、盤の圧が軽くなる。


「今だ」


 俺は最後の星屑銀粒を抜き、溝の鍵刻印部分を指で押さえた。


 聖火反転の熱で、黒蝋を“固め直す”。


 回路を閉じるんじゃない。増幅点を潰す。


 カチン。


 金属が正しく収まる音がした。


 鐘が――止まった。


 完全な無音ではない。余韻が石に残る。でも、次の一打が来ない。


 広場の怒号が、急にばらばらになる。


「……え?」


「鐘が……止まった?」


 群衆の正義が、行き場を失う。


 ディランが、初めて本気で舌打ちした。


「……やるじゃん」


 そして彼は、軽く手を叩いた。


「でもね、レイン。鐘は止めた。――次は“誰が止めたか”だよ」


 扉の外で、複数の足音が響いた。


 聖堂の護衛。群衆を誘導する司祭たち。さらに――回収班の影。


 ディランは笑って言う。


「ここで君たちが捕まれば、物語は整う。“異端が鐘を止め、裁きを妨害した”ってね」


 失敗したら、ここで終わる。


 鐘を止めても、世論に殺される。


 俺は鞘を握り、エリシアと目を合わせた。


「……次は証拠だ」


 エリシアが頷く。


「鐘楼の回路。封蝋の鍵刻印。――全部、記録にする」


 ルシアンが息を吐き、拳を握る。


「規程で殴れる形に落とす。……今夜、ここで決める」


 レグルスが鞘の中で静かに脈打った。


『……叩け。真実を』


 扉が、外から叩かれた。


 次の一手は、戦闘じゃない。


 “誰が正義か”を奪い返す戦いだ。

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