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追放された鍛冶師、拾ったガラクタが伝説級の聖剣でした  作者: 綾瀬蒼


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19/25

証拠の火、宣告の鐘

 聖樹の白い光が沈むと、庭の静けさが逆に怖くなった。


 赤い火も、白い火も消えたわけじゃない。“収まった”だけだ。炉の中に入って、蓋をされた状態。蓋が外れれば、また暴れる。


 エリシアはすぐ動いた。


 銀の札を四方へ投げ、結界の裂け目を縫う。裂け目から逃げたローデンとディランの“痕跡”を塞ぐというより、これ以上の侵入と暴走を防ぐための縫合だ。


「ミレイ、聖樹の根元。触れるな。札だけ貼れ」


「はい……!」


 ミレイは震えながらも走り、根元の祈り札の上から監察局の札を重ねていく。


 ルシアンは息を整えつつ、庭の周囲を見回した。


「回収班の残党、二。逃走」


「追わない」


 エリシアが即答する。


「追えば結界が乱れる。……今夜の目的は“追撃”じゃない。“固定”よ」


 固定。


 さっきまで保管庫でやっていたことを、今度は現場でやる。


 俺は鞘に収まったレグルスを握り、息を吐いた。第二段階の反転の余熱が掌に残っている。熱いのに、痛くない。怖いのに、落ち着く。


 ふと、視界の端に表示が浮かんだ。


 ――《権能:聖火反転・白》

 ――《副作用:誓約の拘束》

 ――《警告:破れば喪失》


 誓約の拘束。


 守るために打つ、と言った。


 破れば失う。


 ……剣は約束に厳しい。


 エリシアがこちらへ来る。


「大丈夫?」


「大丈夫じゃない。でも折れてない」


「それで十分」


 彼女がそう言った直後――庭の外から、鐘が一段高く鳴った。


 ゴォン。


 聖堂の鐘だ。さっきまで群衆を煽っていた鐘と同じ音。だが今の鳴り方は違う。煽りではなく、宣告。


 ルシアンが眉を動かした。


「……“宣告鐘”」


 ミレイが息を呑む。


「裁判の鐘……」


 エリシアの顔色が、ほんの少しだけ変わった。


「ローデンが、先に“裁き”を始めた」


 俺の喉が乾く。


「裁き?」


 エリシアが短く言う。


「異端審問。聖堂が“異端”と断じた者を、公衆の前で裁く儀式。……形だけでも始めれば、街は逆らえない」


 俺は舌打ちしたくなった。


 結界が乱れたのはここだけじゃない。街全体が乱れる。


 ローデンは、聖樹の暴走が止まったのを見て、即座に次の土俵へ移った。


 ――群衆の土俵。


 逃げたんじゃない。場所を変えただけだ。


「対象は誰だ」


 俺が問うと、ルシアンが低く答えた。


「お前だ。……そして、エリシアだ」


 ミレイが震える。


「そんな……監察局が“聖剣を確認した”のに……」


「確認したのは監察局内部」


 エリシアが冷たく言う。


「街は知らない。聖堂が先に“異端”を叫べば、街の正義はそっちへ傾く」


 ルシアンが顔を上げる。


「だからこそ証拠を“公表”する。審問台で昇格した正式審問――その権威で、聖堂の宣告を潰す」


 エリシアが頷く。


「ヴァルターが動いているはず。私たちはそれまで――」


 その瞬間、庭の外壁が震えた。


 ゴン、と鈍い衝撃。石に何かが当たった音。


 続いて、紙が裂ける音。札が剥がれる音。


 ――外から叩かれている。


 ルシアンが走って壁の上へ上がり、覗き込んだ。


「……群衆だ。聖堂前の人間がこっちへ流れてきた。……誰かが誘導した」


 誘導。


 ディランだ。あいつは群衆の流れも“整える”。


 エリシアが歯を噛む。


「ここが見つかれば、聖樹が危険。……守りながら撤退するしかない」


 撤退。


 また逃げるのか?


 違う。守りながら移動する。炉を守る移動だ。


 俺は鞘を握り、言った。


「証拠を残す。ここで起きたことを、残せばいい」


 エリシアが眉を上げる。


「どうやって?」


 俺は庭の灰の溝へ目を向けた。


 祈りの灰。火の線。結界の裂け目。ディランの付与が混じった歪み。


 全部、“痕”だ。


 鍛冶師のやり方は一つ。


 形にして残す。


「ミレイ。封蝋、ある?」


「……あります。札の予備と、封蝋棒も」


「それを貸せ」


 俺は封蝋棒を受け取り、聖火反転の熱を指先に落とす。火を出すんじゃない。蝋を溶かす温度だけを作る。


 溶けた封蝋を、灰の溝の節目に落とす。


 火の線が通っていた場所。

 結界が歪んでいた対角。

 白い光が噴き出した幹の傷。


 そこへ、監察局の刻印を押す。


 銀十字の印。


 さらに、俺は鞘の銀線を指でなぞり、星屑銀の粉をほんの少しだけ封蝋に混ぜた。


 封蝋が、淡く光る。


「……これが何になるの?」


 ミレイが小さく問う。


「“現場封印記録”だ」


 ルシアンが理解したように言う。


「封蝋は改竄に弱いが、星屑銀が混じっていれば――魔力の波形が残る。偽造が難しい」


「そういうこと」


 俺は頷き、最後に封蝋の上へ、もう一つ刻印を押した。


 鍛冶師ギルドの刻印――俺の古い刻印。


 今は除名者だ。だが刻印は消えない。


「……二重印」


 エリシアが息を呑む。


「監察局と鍛冶師の共同記録。……これは強い」


 俺は言った。


「俺がここにいた証明。ローデンがここで何をしたかの証明。ディランの付与が混じってた証明。全部、燃やせない形で残す」


 それは、証拠の火だ。


 火で焼くんじゃない。


 火で刻む。




 外壁の衝撃が増えた。


 石が割れる音。叫び声。松明が投げ込まれ、札の膜に弾かれて燃え落ちる。


「異端を出せ!」

「聖剣を返せ!」


 エリシアが冷たく言った。


「……来たわね」


 ルシアンが短く命じる。


「撤退。聖樹を守る札は残す。……レイン、鞘を抜くな」


「抜かない」


 俺は頷き、鞘を抱え直した。


 だが、外壁が次の衝撃で大きく割れた。


 石が崩れ、人影が雪崩れ込んできた。


 信徒。市民。怒りの正義。


 その先頭に――白い法衣の影が一つ。


 ローデンではない。


 別の司祭。


 声が響く。


「異端はここにいる! 聖樹を汚した者を捕らえよ!」


 エリシアが叫ぶ。


「監察局だ! 下がりなさい!」


 だが群衆は止まらない。止めるのは難しい。正義は耳を塞ぐ。


 ルシアンが歯を噛む。


「……強行突破だ」


 ミレイが震える。


「人を傷つけたくない……!」


「傷つけなければ、殺される」


 エリシアの声は冷たい。だが、それが現実だ。


 俺は鞘を握り、決めた。


 誓約――誰も焼かせない。


 焼かない。


 でも、止める。


 俺は聖火反転の熱を極小で流し、鞘の銀線を温めた。


 鞘が淡く光り、空気が“静か”になる。


 火ではなく、温度の揺らぎ。


 それは、人の怒りを焼かない。だが――足元の鉄を“揺らす”には十分だ。


 床の釘、崩れた壁の金具、松明を持つ手の腕輪――小さな鉄が一斉に震えた。


 不快な振動。


 群衆が足を止める。怖さではない。身体が勝手に止まる不具合。


「……何だ?」


「手が……痺れる……!」


 その隙に、ルシアンが声を張った。


「監察局正式審問が開始された! 聖堂の宣告は手続き違反だ! 下がれ!」


 エリシアが札を掲げる。


「今この場は封鎖する! 踏み込めば公務執行妨害!」


 言葉が届いたのは、半分だけ。


 でも半分でいい。


 半分が止まれば、通れる道ができる。


 俺たちはその道を抜け、裏門へ走った。


 背後で、司祭が叫ぶ。


「逃がすな! 異端を逃がすな!」


 宣告の鐘が、もう一度鳴った。


 ゴォン。


 ゴォン。


 聖堂の前で、異端審問が始まる合図だ。


 ローデンは姿を見せていない。だが鐘は鳴っている。


 誰かが代理で裁きを進めている。


 ――つまり、ローデンは別の場所で動いている。


 俺の背中が冷えた。


「……ディランだ」


 俺が呟くと、エリシアが頷いた。


「司祭を動かして鐘を鳴らさせてる。ローデンは“本命”へ行く」


「本命?」


 ルシアンが低く言った。


「灰の壇。……祈りの火の管理庫だ」


 俺の胸の奥で、火が鳴った。


 奪った火種を取り返しに来る。


 そして今度は――街全体の“裁き”を燃料にして。


 レグルスが鞘の中で静かに脈打った。


『……炉を守れ』


 俺は鞘を握り締め、走り出した。


 次の場所は、灰の壇。


 証拠の火を、宣告の鐘が消す前に――真実の火で叩き直すために。

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