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追放された鍛冶師、拾ったガラクタが伝説級の聖剣でした  作者: 綾瀬蒼


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15/25

鞘が呼ぶ、炉が鳴る

 保管庫の空気が、粘った。


 ディランが指を立てた瞬間、床の石が俺の靴裏を掴むみたいに重くなる。呼吸まで遅くなる感覚――こいつの“重り”だ。


「さあ、返して」


 整った声。整った笑み。整った悪意。


 俺は剣を抜かないまま、柄を握り直した。布越しにレグルスの鼓動が強くなる。


『……鞘……!』


 保管庫の奥、黒い箱がきしんだ。


 封印札が自分から浮き、鍵の刻印が淡く光る。箱の隙間から漏れるのは、古い光――白でも金でもない、どこか“夜明け”みたいな色だった。


 ルシアンが低く言う。


「触るな。あれは回収派の箱だ。開いたら――」


「開きかけてるのは、俺のせいだ」


 レグルスが呼んでいる。逆に言えば、今ここで止めないと、ディランが“鍵”で最後まで開ける。


 エリシアが一歩前に出て札を構えた。


「ディラン、下がりなさい。これは監察局の――」


「監察局?」


 ディランが笑い、指先を軽く弾いた。


 重りが増す。


 棚の鉄が軋み、台帳の留め具が鳴る。鉄は正直だ。圧に弱い。だからこそ、鍛冶師が叩けば形になる。


 ――形にする。


 俺は息を吐いて、足元に落ちていた釘を二本拾った。指先に“聖火反転”の熱を落とす。赤くしない。煙も出さない。ただ、鉄の“噛み合わせ”だけを変える。


 釘を床の溝――封印線の外側へ滑らせ、棚の脚の下へ差し込んだ。


 カチ。


 ほんの僅か、棚の傾きが変わる。


 ディランの重りの“線”が、そこで一度乱れた。


「……へえ」


 ディランが目を細める。


「君、戦い方まで鍛冶師だね」


「鍛冶師は、現場で勝つ」


 俺は小さく返し、次の釘を棚の反対側へ。


 カチ。


 重りの均衡が崩れる。足裏の吸い付く感覚が、ほんの少しだけ抜けた。


 ――今。


 俺は床の鉄片を蹴った。


 ギン、と鈍い音。


 その音に“共鳴”だけを乗せる。熱じゃない。圧でもない。鉄が鳴く直前の緊張だけ。


 棚の留め具が一斉に震えた。


 台帳が、束が、鍵付きの箱が――微かに揺れる。


 ディランが一瞬だけ視線を逸らす。


 その瞬間を、エリシアが逃さなかった。


「――停止」


 銀の札が飛び、ディランの足元へ貼り付く。


 空気が張り、重りの波が半拍止まる。


 俺はその半拍で、ルシアンへ叫んだ。


「証拠!」


「持て!」


 ルシアンが金属板の束を抱え、除名記録と刻印台帳の写しを掴む。紙の原本は重い。燃やされれば終わる。だが金属板は残る。


 ディランが舌打ちした。


「邪魔」


 札を足で剥がし、重りを落とし直す。


 エリシアが歯を噛む。


「……この距離で剥がすの、早すぎる」


「付与の才能は本物なんだよ」


 ディランが俺を見て笑った。


「だから、僕が管理するのが一番“整う”」


 同じ言い回し。


 胸の奥が冷える。こいつはローデンと同じ言葉を使う。偶然じゃない。


 ――繋がってる。


 黒い箱が、もう一段開いた。


 中から見えたのは――鞘。


 黒ではない。白でもない。煤けた灰色のようで、光が当たると深い藍に変わる鞘。表面に走る細い銀線が、星屑銀に似ていた。


 そして、鞘口の金具に刻まれていた古代文字。


 レグルスの刃にあった文字と、同じ筆致。


『……帰還』


 レグルスが、布の中で強く脈打った。


 鞘が、まるで生き物みたいに“息”をした。


「……来るな!」


 ディランが反射で叫んだのは、俺じゃない。


 鞘に向かってだ。


 こいつ、分かってる。鞘が“鍵”になることを。


 ディランが一歩踏み込む。


 重りが床を這い、鞘のある箱へ伸びる。


 ――取らせない。


 俺は“導き”を見る。


 敵意の線が、鞘へ刺さる。次に、剣へ。次に、俺の喉元へ。


 順番が見えた。なら、折る。


 俺は足元の釘を一本、指で折った。断面に聖火反転の熱を当て、薄い刃にする。即席の“削り針”。


 それを床の封印線の溝の端へ当て、ほんの一息だけ削った。


 溝は石だ。だが溝の底は鉄粉を混ぜた導線になっている。そこを削れば、流れが変わる。


 ――カン。


 小さな音。だが空気が一瞬だけ“迷う”。


 封印線が、鞘へ向かっていた反応を逸らした。


 代わりに、ディランの“重り”の流れが、溝に吸われる。


「……っ!」


 ディランの足が、半歩沈んだ。重りが自分に絡んだ。


 その隙に、鞘が動いた。


 箱から、ふわりと浮く。


 俺の布包みに向かって、まっすぐ。


「――!」


 反射で手を伸ばす。


 鞘は俺の掌を避けるように滑り、布の上から剣へ“噛み合った”。


 カチン。


 金属が正しく収まる音。


 布越しに、鞘が剣を呑み込む感覚がした。


 次の瞬間、空気が変わった。


 レグルスの鼓動が、外に漏れなくなる。聖気の匂いが沈む。まるで“鞘が蓋”になったみたいに。


 視界の端に表示が弾けた。


 ――《聖剣修復:第一工程 補完》

 ――《付属:正鞘 回収》

 ――《効果:聖気遮断(強)》

 ――《導き:精度上昇》


「……遮断、強?」


 エリシアが息を呑む。


 ルシアンが短く言った。


「逃げるぞ。今なら追跡が鈍る」


 ディランが笑った。


「へえ。鞘まで戻したんだ。君、本当に運がいいね」


「運じゃない」


 俺は鞘を握り締めた。


「拾ったものを、戻しただけだ」


 ディランの笑みが、少しだけ薄くなる。


「じゃあ、奪う」


 重りが、今度は“真っ直ぐ”来た。床ではなく空気そのものが沈む。膝が折れそうになる。


 ――ここで抜けば勝てるかもしれない。


 でも、抜けば封印線が反応する。警報が鳴る。ギルド全体が動く。


 目的は決闘じゃない。証拠を持ち帰ること。


 俺は抜かない。


 代わりに、鍛冶で逃げ道を作る。


 鞘の銀線――星屑銀に似た導線へ、聖火反転の熱を一滴だけ通した。


 鞘が温かくなる。暴れない熱。


 その熱を、周囲の鉄へ散らす。


 棚の蝶番。格子の閂。扉の金具。


 “噛み合わせ”を一斉に狂わせる。


 カチ、カチ、カチ。


 錠前が勝手に外れる音が連続する。


 ルシアンが目を見開いた。


「……開けたのか」


「開けた。閉める準備もしてる」


 俺は走りながら、扉の蝶番へ指を滑らせる。熱を落とす。溶かすんじゃない。固着させる。


 ディランが追ってくる。重りが背中を叩く。


 エリシアが札を投げる。白い膜が一瞬、背後を遮る。


「走れ!」


 ルシアンが先に通路へ飛び出し、俺が続き、エリシアが最後尾に回った。


 ――最後に、扉。


 俺は蝶番の付け根に、釘を一本差し込んだ。聖火反転で一瞬だけ柔らかくし、石に噛ませる。


 そして、冷ます。


 蝶番が“死んだ”。


 扉は閉まるが、二度とすぐには開かない。


 内側から、ディランの声。


「……いいね! 本当にいい!」


 扉が叩かれる。だがすぐには開かない。蝶番が耐えている。


 俺たちは闇の通路を走った。




 石壁の隠し扉を抜け、夜風が頬を叩いた瞬間――胸の奥の重さがすっと抜けた。


 鞘の効果だ。聖気遮断。追跡も鈍る。


 ルシアンが息を整えながら言う。


「証拠は?」


「ある」


 俺は鞘に収まった剣を握り、もう片方の手で金属板の束を確認した。


 除名記録の矛盾。バルドーの署名。ローデンの承認印。刻印台帳の写し。


 叩くための鉄は、揃った。


 エリシアが振り返り、暗いギルド本部の影を睨む。


「ディランが回収派の箱を持っていた。……つまり、回収派はギルド内部に常駐している」


「常駐じゃない」


 ルシアンが低く訂正した。


「“手を伸ばせる位置”にいる。……もっと厄介だ」


 俺は鞘を撫でた。


 鞘の銀線が、わずかに脈打つ。レグルスは静かだ。けれど、芯は確かに燃えている。


 視界に表示が浮かんだ。


 ――《推奨:証明》

 ――《次工程:真名開示(条件:公的記録の奪還)》


「……真名開示」


 エリシアが小さく呟く。


「剣の“正体”を、世に出す条件」


「世に出せば、狩られる」


「出さなければ、消される」


 ルシアンが淡々と言った。


「だから“証明”だ。狩る側を、逆に縛る証明」


 そのとき、遠くで鐘が鳴った。


 ギルドの鐘じゃない。聖堂の鐘でもない。


 ――街の警鐘。


 誰かが、もう騒ぎを“異端鎮圧”に変え始めている。


 エリシアが唇を噛む。


「間に合わない。回収派が街に手を回した」


 ルシアンが短く言った。


「第二班の隠し保管庫へ向かう。ここで証拠を“固定”する。……そして次は、本部の審問台を叩く」


 俺は頷いた。


 逃げるためじゃない。


 叩くために、形を整える。


 その背後で、ギルド本部の石壁が、ようやく内側から軋んだ。


 ディランが扉を破ろうとしている。


 でも、もう遅い。


 鞘の中で、レグルスが静かに脈打った。


『……炉は、次の場所へ』


 俺は走り出した。


 証拠と、鞘と、仲間と――


 そして、次に叩くべき“台”へ向かって。

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