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発明部の部室

富和先生の注意が蜜木から完全に逸れたところで、僕はもう一度蜜木から返ってきた手紙を見た。

 意外と整った字体なのがほんのり悔しい。不良生徒のくせに。

 その短い文を冷静になって読み返すと、僕にまたひとつ小さな疑問が生まれた。〝発明部の部室〟と書いてあるが、発明部は昨日今日のうちに突然できた得体の知れない部活動だ。そんな怪しい部活に、こんなに早く部室が用意されるものだろうか?

 昼休みを待たずに聞きたいことは山ほどあった。けれど、中休みにクラスメイトの目の前で蜜木と言い争うことになるのは避けたかったし、昼休みに説明すると蜜木本人が言っているので、その言葉を信じて大人しく昼休みを待つことにしたのである。

 

 

 昼休みになると、僕は蜜木より先に教室を出て第二美術室へ向かった。

 あれは四限目の終わり頃の出来事であった。例によってまた教卓に立つ先生の視線など考慮せず、蜜木は堂々と後ろを振り向いて僕の机の上に小さく折りたたんだ手紙を置いたのだ。

 不意打ちでそんなことをされた僕はまた心の中で悲鳴を上げて、それを素早く筆箱の陰に隠した。幸いにも先生は教卓の上に置かれた教材を覗き込んでいたので見つかることはなかったが、僕の寿命は確実に数分縮んだと思う。

 その手紙は、昨日返ってきた数学の小テストの裏に書かれていた。氏名欄には蜜木和と記入されている。(ちなみに七十五点。以外にも平均点とほぼ同点である。)

 自分の小テストの裏に手紙を書くやつがあるか! 心の中でツッコミながら、音が出ないように手紙を開く。

 『昼休みに第二美術室の前で待ってて。あまり目立たないように注意!』

 その手紙には、そんなことが書かれていた。目立たないように注意を払わないといけない理由は不明だが、とりあえず第二美術室の前に行けばいいのだ。

 だから僕は、昼休みが始まると早々に第二美術室へと向かった。

 第二美術室は副教科教室が並んでいる校舎の東側二階にあった。この辺りは休み時間でも人気が少なく、ぬけがらのようなうらさみしい雰囲気が漂っている。

 第二美術室は第一美術室の隣にある角教室で、今は使われていない。昨日校内アンケートの調査で校内を見回った際も、この第二美術室には鍵がかかっていて入れなかった。

 生徒が今よりたくさんいた時代にはこの教室でも美術の授業をしていたそうだが、今は物置になっているらしい。

 まさか、ここが部室?

 いや、それはないか。

 第二美術室の出入り口の扉上部にある長方形の覗き窓はすりガラスになっていた。すりガラスの向こうは昼でも真っ暗で、お化けでも住んでいそうなおどろおどろしさがある。

 お化け……

 僕は想像した。薄暗い部屋に何年も捨て置かれ、人間に恨みを持った石膏像。その石膏像が、埃の積もった頭をゆっくりとこちらへ傾けて、この扉越しに僕のことを見ていたとしたら……?

 ゾッと背筋が冷えた。

 馬鹿馬鹿しい。お化けなんているわけがないのに。

「お待たせ、会長」

 急に後ろから声をかけられて、驚いた勢いで反射的に振り向いた。蜜木が立っていた。

「なんだ、君か」

 お化けかと思った。そんな馬鹿みたいな言葉は恥をかくだけなので、すんでのところで呑み込んだ。

「驚かせてごめんね」

「別に驚いてない」

 落ち着いて仕切り直すために、僕は大きめの咳払い。

「部室というのはどこの教室だ? 早く部室で今朝の件を説明してほしい。君には聞きたいことも言いたいことも山ほどあるんだ」 

「ああ、うん。そうだね。とりあえず中に入ろうか」

 蜜木は辺りを見回してから、目の前の第二美術室を両手で指差して小声で言った。

「はい。この第二美術室が、発明部の部室でーす」

 何かの冗談だと思った。

 そんな馬鹿な。だってここは物置だ。

「だ、第二美術室を部室に使うように言われたのか?」

「言われてないよ。先生たちにはこれから『第二美術室を発明部の部室として使います』って、言おうと思ってるんだ」

「言おうと思ってる、ということは、まだ部室として認められていないということだな……?」

「まあそうなんだけど、そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だよ。とりあえず中に入ろうか」

「これは心配している顔じゃない。呆れている顔だ。ここの教室には鍵がかかっているから、教務室で鍵を借りないと入れないぞ」

「うん。それは知ってる。しっかりと鍵がかかってるんだよね、()()()()()()

 やけに含みのある言い方だなと思った。

 蜜木はさっきよりも念入りに辺りを見回し、「うん。誰もいないね」と呟いてから視線を足元に落とした。視線の先には、第二美術室と廊下を隔てる壁に床と接して備え付けられた、高さ三十センチほどの横長の木製の空気窓。 

「入口の扉には鍵がかかってるんだけど、この小窓には鍵がかかってないんだよね」 

 蜜木はしゃがみ込んで引き戸になっているその空気窓を開けると、迷うことなくその場で腹ばいになって、ほふく前進でその空気窓から中へ侵入したのである。

「お、おいおい……君……」

 廊下に取り残される僕。目の前には、開きっぱなしの空気窓。

「おいで」

 空気窓から蜜木が顔を出した。

「いや、無断侵入じゃないか! 見つかったらどうするつもりだ!」

「その時は一緒に怒られよっか」

「いやだ!」

 真面目な生徒会長である僕が、どうしてこんな隙間から鍵のかかった教室に忍び込まなけばいけないのだ!

 鍵のかかった教室に無断で入ることは、おそらく校則違反だ。万が一見つかりでもしたら、ものすごく怒られるに決まっている!

 「おいでよ」「いやだ」の押し問答を数回繰り返したのち、蜜木は言った。

「気にならない? 書いた覚えのない入部届の作り方。中に入ったら、俺の発明品の種明かしをしてあげる。会長はそれが知りたくてここに来たんだよね?」

 蜜木の色素の薄い目がゆるりと細まった。

 僕はごくりと生唾を飲み込む。

 気になる。それはもう、このまま有耶無耶にされては数日間授業なんて手につかなくなるのではないかと思うほどに気になっているのである。

 事の真相が知りたければ、危険を犯して校則違反をしろ。後光でも差しそうなくらい整った顔をしているくせに、言っていることはアダムとイブに林檎を食べるよう勧めたヘビとほぼ同じである。

 好奇心と自制心。僕はこの二つを頭の中の天秤にかけた。しばらく並行に釣り合っていた天秤は、やがて片方に傾く。そしてガシャンと大きな音を立てて、好奇心を乗せた皿が重みで地に叩きつけられた。

「この……不良生徒め!」

 これは悪魔の取引に乗ってしまったことへの、悔し紛れの捨て台詞である。

 僕は辺りに人影かないことを確認してから素早く床に伏せると、慣れないほふく前身で空気窓から侵入を始めた。

 中は暗く、出入り口のすりガラスから取り込まれた頼りない光がぼんやりと室内を照らしていた。なにやらごちゃごちゃと物が置かれているが、暗くてよく見えない。

 頭上の蜜木の顔も見えないが、満足そうな顔で僕のことを見下ろしているに違いなかった。気に食わない。

 腰のあたりまで第二美術室に侵入したところで、背後から引き戸の開く音がした。

 すぐ近くから鮮明に聞こえたその音が、隣の第一美術室の出入り口から聞こえたものだと、僕と蜜木は一瞬で察知した。

 まずい! 僕は少しでも早く室内に身を隠すために、溺れた人のように手足を無我夢中で動かして中に入ろうとした。

 そんな僕の腕を掴んで、蜜木が僕のことを中へ引きずり込む。勢い余ってそのまま僕が床に押し倒したような体制で蜜木は尻餅をついた。

 後ろで空気窓が閉まる音がした。蜜木が足で閉めたようだ。蜜木の足が長くて助かった。

 僕が蜜木の胸部に顔を埋めた姿勢で、僕と蜜木はお互いに床へ肘を立てて自分の上半身を支えていた。

 第一美術室から出てきた人物の足音が、こちらへゆっくりと近づいてくる。 

 コツ、コツ。静かな廊下に響くヒールの足音で、足音の主が生徒ではないと気がついた。不幸中の最悪の展開だ。

 その足音が、第二美術室の前で止まる。

 鼓動が壁の向こうまで聞こえてしまっているのではないかと心配になるほど、僕らの心臓は激しく脈打っていた。蜜木の心臓の振動が、制服越しでも僕の頬に伝わってくる。

 手紙回しの時は先生に見つかることを微塵も恐れていなかった様子の蜜木だが、今は僕と同じくらい怯えているらしい。

 足音の主が立ち止まったまま、僕らは暗闇の中でくっつき合ったまま、状況はこう着状態となった。

 すると、別の足音が一つ、こちらへ近づいていた。

「あれ? 高木先生、どうしたんですか?」

 生徒らしき第二の足音の主は、第二美術室の前でそう尋ねた。

 高木先生!

 僕の全身の血の気が一瞬で引いた。今、一番聞きたくない名前である。

 高木先生は、ウエーブがかかった白髪混じりの茶髪のロングヘアーに、分厚いレンズの入った赤いメガネが印象的な先生である。僕以上に真面目な性格で、怒ると雷のような怒号を落とすことで有名だ。年齢は五十代くらいだと思われるが、高木先生に年齢を聞くなどという命知らずな行動に出る者は一人もいないためよくわかっていない。

「このあたりから物音がしたから、なんだか気になってね」

 高木先生の声! 恐怖で身震いがした。本当に高木先生である。悪夢ならどうか醒めてほしい。

 高木先生が出入り口の扉を開けようとしたらしく、なんの前触れもなくすぐそばの扉がガタガタと揺れた。

 その音に驚いた僕の肩がビクリと跳ねる。衣擦れの音など気にせずすがるように蜜木の腰に手を回して、少しでも恐怖心を和らげるために強く抱きしめた。蜜木の心臓の鼓動がさらに激しくなる。

 もしも高木先生が空気窓に気付き、それを開けられたら一貫の終わりだ。きっと僕と蜜木は廊下に引きずり出され、校内中に響く怒号を真正面から浴びることになるだろう。

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