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新聞部の号外

校内アンケートの噂話に振り回された日の翌朝は、雲ひとつない秋晴れの空が広がっていた。

 天気予報では夕方から雨らしかったが、僕はどうにも信じられず傘を持たずに登校した。気象予報士さんへのささやかな反抗と挑戦である。

 瑠璃島中学校は各学年にクラスがひとつずつしかないため、僕と蜜木和(みつき にこ)はクラスメイトだ。登校すると、斜め前の蜜木の机に教科書がギッシリと詰まっているのが見えた。本人はまだ登校してきていないため、これは〝置き勉〟と呼ばれる自宅学習を完全放棄した行為である。呆れたものだ。

 登校後は朝のホームルームまで自分の席で読書をするのが僕の日課である。窓際の中方にある自分の席につき、ブックカバーをつけた推理小説を鞄から出して、栞を挟んだページを開く。今日もホームルームが始まるまで、ミステリーの世界へ没入するのである。

「号外でーす!発明部が創部されました!誌面には部長のイケメン転校生くんへのインタビューがカラーの顔写真付きで載っていまーす!なんと〝あの人〟も入部するようでーす!詳細が知りたければ、号外一部二百円!よろしくお願いしまーす!」

 ページをめくる僕の指先が、石のように固まった。

 廊下から聞こえるこの元気な声は、新聞部部長である三年の男子生徒、鴉取(あとり)先輩だ。

 僕の聞き間違いでなければ、鴉取先輩は今、発明部が創部されたと言ったか?

 僕の意識は現実世界へと完全に引き戻された。

 新聞部は、校内で起きたいさかいや恋愛がらみの出来事などを素早く取材して新聞化し、それを号外として校内で売り捌いている部である。内容はもはや新聞というよりスクープ週刊誌だ。

 開いたページに視線を落としたまま、本を読んでいるフリをして聞き耳を立てた。

 創部されたと言うことは、入部した物好きがいたということである。しかし、どこの誰が。

 気になる。

 だが、僕のような立派な生徒会長が、校内のゴシップを金で買うなんてことをしてはいけない。あまりにも品がないのである。

 教室にいたクラスメイトたちが廊下に駆けていき、その先で「まいどあり!」という鴉取先輩の声が数回聞こえた。

 僕は白々しい背伸びをしてから、教室の窓に視線をやる。窓の外を眺めるフリをして、窓ガラスの反射越しに号外を読んだクラスメイトたちの反応を見るためである。

 発明部に入部したのが違う学年の生徒ならば、クラスメイトたちは号外片手にその生徒のところへ話を聞きに行くだろう。そして、もし同学年のクラスメイトなら、号外片手に教室に戻ってくるなりその生徒に話しかけるに違いないのだ。

 我ながら名推理である。

 窓ガラス越しに教室の入り口を見る。ちょうど教室の入り口付近で、クラスメイトの女子生徒が小銭と引き換えに号外を受け取ったのが見えた。

 号外を受け取った女子生徒が、すぐに誌面を読み始める。

 そして、顎が外れるのではないかと心配になるくらい大きく口を開けて、こちらを見た。驚愕の表情。キリンが泳いで海を渡って瑠璃島村に上陸したのを見つけてしまった時のような、そのくらい信じられないものを見た人間の顔だ。

 その横で同じように号外を受け取った別の生徒も、同じような顔でこちらを見た。

 なるほど。

 僕の前方には生徒がいなかったので、僕の後方にいる生徒が発明部に入部したのだと推理した。

 僕はうっかり落としてしまった様子で本の栞を床に落とすと、「あっ落としてしまった」と呟きながら、栞を拾う自然な流れで自分を後ろを振り返った。

 ——僕の後ろに、生徒は一人もいなかった。

 首筋にいきなり氷を当てられたように、一瞬で背筋が凍った。

 僕の席の周辺に、生徒は誰もいなかったのである。

 ならばつまり、号外を購入した生徒は僕を見ていた可能性が非常に高い。

 いやしかし、そんなまさか。そんなことがあるはずがない。あるはずがないのである。あってたまるか。

 再び窓ガラスの反射越しに教室の入り口を見ると、少し目を離した隙にあっという間に人だかりができていた。好奇心に目を輝かせてこちらを見ている生徒もいれば、遠慮がちに身を潜めながら見てくる生徒もいる。全員の共通点は、手に号外を持っているということだ。

 その号外紙に、いったい何が書かれているというのだ!

 もどかしい気持ちで奥歯を噛み締めていると、人だかりを掻き分けるようにして鴉取先輩が二年の教室へ入ってきた。

 僕を見つけるなり鴉取先輩の黒縁メガネの向こうの瞳がキラリと輝いたのが、ガラス窓の反射越しに見ていてもよくわかった。これは自分の興味のある獲物(取材対象)を見つけた時の目だ。

 鴉取先輩が腕を大きく振って、大股で僕の前までやって来る。

「会長、取材を申し込ませてください!」

 窓ガラス越しに見ていた鴉取先輩を、顔を上げて直接見上げた。僕より少し高いくらいの身長の鴉取先輩は、丸めて輪ゴムをかけた号外を何本か脇に抱え、レポーターのマイクに見立てているらしき消しゴムのついた鉛筆の先を僕に向けていた。

 鴉取先輩はたとえ相手が下級生でも、取材相手には敬語で話すようだった。僕は入学時に村長の孫として取材を受けたことがあるが、その時も鴉取先輩は敬語で僕に取材を申し込み、また同じように鉛筆の先を僕に向けていた。

「何についての取材ですか?」

 鴉取先輩は上級生なので、僕はできるだけ努力してにこやかな笑顔で尋ねた。

 これがもし同級生や下級生なら、この騒ぎは何事だと問い詰めて、脇の号外を一部奪い取って読んでいたところである。

 鴉取先輩は僕に向けていた鉛筆を耳にかけると、脇から販売中の号外を一部抜き、裁判所の前でテレビカメラに向ける判決書みたいにそれを広げて僕に見せてきた。

「もちろん、この件についてです!」

 僕の目の前に広げられた号外紙の見出しは、こうあった。


 【噂の発明部、ついに創部!部員は転校生・蜜木和と生徒会長・藤間秀一の異色コンビ!】


 僕は勢いよく立ち上がって、鴉取先輩が広げる誌面を指差して叫んだ。

「デタラメだ!」

 僕は発明部なんかに入部していない。事実無根である。

 しかし、間髪入れず鴉取先輩が語気を強めて反論する。

「デタラメとは失礼ですね!?きちんと関係各所に裏取りを済ませてあります!新聞部は嘘で金を稼ぐような小汚いことはしません!」

 鴉取先輩は鼻息荒く胸を張った。

 僕は言葉に詰まる。過去の新聞部の活動を思い起こして考えてみれば、確かにそうなのだ。新聞部は週刊誌のようなくだらない内容の記事を多く書くが、その本人の主張通り、嘘で金を稼ぐようなことはしないのである。新聞部が過去に報道した教師と保護者の不倫報道記事も、島に住む母親と二人暮らしの男性が数年間母親の死を隠して年金を貰い続けているという記事も、報道当初は信じられなかったが全て真実だったのである。

 僕が発明部に入部したという事実はない。だが鴉取先輩が記事にしたということは、本人の言うところの〝裏取り〟で、僕が発明部に入部したのが事実だと判断するほどの〝何か〟を掴んだということだろう。

「ですが、僕は本当に心当たりがありません。鴉取先輩は何をもってこれが真実だと判断したのか、理由を教えてください。裏取りをしたと仰いましたが、誰にですか?」

 先輩相手だからといって、ここで怖気付いてはいけない。僕の主張にだって正当性がある。胸を張って、努めて堂々と尋ねた。

「新聞部は今回の記事を書くにあたり、関係者二人に裏取りをしました。まず、あのイケメン転校生の蜜木くんです。インタビューを申し込むと、とてもにこやかに受けてくれました。ここにそのインタビュー内容が載っています」

 鴉取先輩が号外の紙面を指差す。そこには蜜木の写真数枚と、蜜木のインタビューが載っていた。

 まだ見出ししか読んでいなかった僕は、それを流し読む。

 『僕の作る発明品が、誰かのお役に立てたら嬉しいです』という蜜木のセリフと、整った顔で微笑みを浮かべた蜜木の写真。この情報を合わせて読むと、まるで蜜木が社会性のあるまともな人間のように錯覚してしまう。こんなもの、ちょっとした情報操作だ。

 『会長に入部を頼んだら、喜んで入部してくれました。とても嬉しかったです。これから二人で発明部の活動を頑張ります』

 インタビューは、そんな蜜木のセリフで締められていた。その横に、カメラに向かって親指と人差し指の先で小さなハートを作った蜜木の写真が添えられている。

 発明部への入部を頼まれた覚えもなければ、喜んで入部した覚えもない!

 ひとまず、今回の騒動で誰を責めるべきか明確になった。蜜木和である。僕は怒りを鎮めるために大きく深呼吸した。

「裏取りしたもう一人の関係者は、二年の副担である富和先生です。富和先生が会長の書いた入部届を受理しました。放課後、タバコ休憩から職員室に帰って来ると机の上に入部届が置いてあったので、そのまま受理したそうです。富和先生は発明部の顧問を引き受けたそうなので、第二弾の記事では会長のインタビューと一緒に富和先生のインタビューも載る予定です」

「僕の書いた入部届?」

 そこで気がついた。

 そういえば、そもそも僕は入部届なんて書いていない。

 なのに、どうして僕が発明部なんかに入部することになっているんだ。

「はい。会長の書いた入部届です。あの字は間違いなく会長の筆跡でしたよ。誌面に載せるために写真を撮らせてもらったんですけど、蜜木くんの写真を一枚でも多く紙面に載せた方が売上が上がりそうだったので、掲載は見送りました。彼、女子生徒に人気ありますからね。目論見通り、売上がとても良くて僕は嬉しいです。ああそうだ、その時に撮った入部届の写真がこれです」

 鴉取先輩が持っていた号外を広げたまま僕の机に置き、胸ポケットから写真を一枚出して僕に見せた。

 信じられないものが写っていた。

 写真に収められたA5サイズ横長の瑠璃島村中学校の入部届に、僕の学年と氏名、入部する部活動名を書き込む欄には『発明』部と、まごうことなき僕の筆跡で確かに書かれていたのである。

 何が起こっているのだ。恐ろしいことに、僕には全く身に覚えがないのである。

 僕は字を書くのが下手だ。その下手っぷりは他者の追随を許さないほどで、この芸術的な筆跡を他者が真似て書くなんてことは不可能だ。

 この字を書けるのは僕しかいない。授業で提出したプリントだって、名前を書き忘れても僕のところへきちんと返却されるのだ。

 僕の悪筆は校内では有名であるようなので、副担の富和先生や鴉取先輩がこれを見て僕が発明部に入部したと判断するのは、悔しいが当然のことである。

「どうです?納得していただけましたか?」

 僕は苦虫を噛み潰したような顔で、本人不在の蜜木の席を睨みつけた。

 報道に至った経緯は納得したが、どうしてそうなったのか当事者であるはずの僕ひとりだけが理解していないのである。絡まったものがなかなか解けないときのような、何度参考書を読んでも途中式が理解できないときのような、非常にもどかしく不愉快な状況である。

「あ、蜜木くん。おはよう」

 鴉取先輩が顔を上げて、教室の後ろを見た。振り向くと、蜜木和があくびをしながら、まだ半分寝ているんじゃないかと思うようなしょぼしょぼとした表情で教室へ入って来るところだった。

 元凶の登場である。こいつが今回の騒動を引き起こした犯人であることは明白だった。

 弱々しい足取りで自分の席に向かう蜜木の前に、僕は仁王立ちで立ち塞がった。

「説明しろ」

 腕を組んだ僕がそう言って睨みつけると、蜜木は「……ん」と、聞こえているのか聞こえていないのかわからない反応をしたのち、「朝ごはんはいらないです。朝はあんまり食欲ないので」と、虫の羽音のように小さい声で答えた。僕を誰と間違えているんだ蜜木和。

 埒が開かないので、僕は腕を伸ばして蜜木の額に容赦のないデコピンを喰らわせてやった。

 蜜木は「アダッ!」という悲鳴を上げた数秒後に、生気の戻った目で僕を見て「うわ!会長!」と小さく飛び上がった。

「びっくりしたなぁ。何かあったの?」

 蜜木は寝ぼけていたところを僕に見られたせいか、少し照れたようにはにかんでいた。

 しかし、驚いたのも、何があったのかを尋ねたいのも、僕の方である。

 僕は蜜木の腕を引っ張って自分の席まで連れて行くと、僕の机に広げたままになっていた号外を指差した。

「この件について説明しろ!」

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