第7話:首なし騎士と、クール便のサイズ計測
「いらっしゃいませー」
深夜3時。
客足が途絶え、タナカがレジカウンターで伝票整理をしていると、重厚な足音が店内に響いた。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
現れたのは、全身を漆黒のフルプレートアーマーで固めた騎士だった。
ただし、首から上がない。
その代わり、左脇に小脇に抱えた兜の中に、何かが入っている。
**首なし騎士**だ。
彼はレジの前に立つと、脇に抱えていた兜の中から「中身」を取り出し、ゴロンとカウンターに置いた。
「……ふぅ。重かった」
置かれたのは、髭を蓄えた渋いおじさんの生首だった。
「おい店員。頼みがあるのだが」
生首が喋った。
タナカは伝票から顔を上げ、眉一つ動かさずに言った。
「お客様ー、困ります。ここ食品も扱うカウンターなんで、生首の直置きやめてもらえます? そこのトレーに乗せてください」
「む? すまん」
騎士の体が動き、恭しく自分の頭を持ち上げて、コイントレーの上にバランスよく乗せた。
トレーからはみ出しているが、直置きよりはマシだ。
「で、ご注文は? 肉まんですか?」
「いや、宅配便だ」
頭が言った。
「最近、兜の噛み合わせが悪くてな。あと髭も整えたい。遠方の工房にメンテナンスに出したいのだ。……俺自身が行くのは面倒だから、頭だけ送ってくれ」
「……はぁ。郵送希望っすか」
タナカはため息をついた。
コンビニ業務の中で、公共料金の支払いと並んで面倒なのが、この宅配便の受付だ。サイズ計測、伝票記入、区分の確認……やることが多い。
「わかりました。じゃあ、これ書いてください」
タナカは『元払い伝票』とボールペンを差し出した。
「うむ。かたじけない」
騎士の右手がペンを握る。
しかし、ペン先が伝票の上でプルプルと震え、ミミズのような線を書き始めた。
「……おい、右だ。もっと右だ! 枠からはみ出してるぞ!」
頭が叫ぶ。
「……」
体は必死に修正しようとするが、さらに大きくズレて机に線を引いてしまう。
当然だ。
目はカウンターの上の「頭」についているが、書いているのは「体」だ。視点と操作位置が離れすぎていて、遠隔操作のラグが発生しているのだ。
「ああもう! 下手くそ! 貴様、それでも俺の体か!」
「……」
見かねたタナカがペンを取り上げた。
「あーもう、日が暮れるんで代筆します。住所言ってください」
「すまん……」
「お届け先は『魔界・西地区・暗黒工房』ですね。品名は……**『精密機器』**でいいっすか?」
「うむ。まあ、俺の脳ミソは精密だからな」
「で、配送方法なんですけど」
タナカは事務的に確認した。
「常温でいいっすか? それともクール便にします? 今の季節、常温だと配送中に腐るかもしれませんよ」
「なっ……! それは困る!」
頭が青ざめた。
「腐敗は困る! クール便だ! キンキンに冷やしてくれ!」
「了解っす。じゃあ**『生もの』**扱いでシール貼っときますね」
タナカはメジャーを取り出し、トレーの上の頭のサイズを測り始めた。
「縦、横、高さ……うーん、耳が邪魔だな。ギリギリ60サイズですね」
「小顔でよかった」
「じゃあ梱包しますんで」
タナカはレジの下から、梱包用のエアクッション(通称・プチプチ)を取り出した。
それを頭に巻き付けていく。
「ぐっ……! 苦しい! 巻きすぎだ!」
「我慢してください。配送中に転がって鼻が折れたら嫌でしょ」
タナカは容赦なく、頭をプチプチでグルグル巻きにした。
目と口の部分だけ、呼吸ができるようにわずかに隙間を開ける。
見た目は完全に「怪しいボール」だ。
「よし。じゃあ箱に入れますね」
タナカは手頃なダンボール箱を組み立て、底に新聞紙を敷き詰め、そこへデュラハンの頭をセットした。
「おい、暗いぞ! 怖い!」
「寝てれば着きますよ。はい、フタ閉めまーす」
パタン。
ガムテープをビーッ!と貼って封印完了。
仕上げに、箱の側面にシールをベタベタと貼り付ける。
【ワレモノ注意】【天地無用】【生もの(ナマモノ)】【要冷蔵】
「はい、お預かりしました。送料1200円になります」
体が財布から金貨を出し、支払いを済ませる。
そして、ペコリと一礼すると、軽くなった体で出口へと歩き出した。
ガンッ!
首がないため、自動ドアのフレームに思いっきり肩をぶつける。
「……あいつ、帰り道わかるのか?」
タナカは少し心配になったが、「まあ、客の帰宅事情まで知ったことじゃないか」とレジ作業に戻った。
数分後。
「店長~、ドリンクの補充終わりました~」
リリスがバックヤードから出てきた。
「お疲れ。あ、悪いけどさっきの荷物、集荷が来るまで冷蔵庫に入れといてくれる?」
「はーい。クール便ですね?」
リリスは伝票の貼られたダンボール箱を抱え、再びウォークイン冷蔵庫へと入っていった。
ドリンクが冷やされている、極寒の部屋だ。
彼女が棚の空いているスペースに箱を置こうとした、その時。
箱の中から、くぐもった声が聞こえた。
『……寒い』
「ひっ!?」
リリスがビクリと震える。
『おい……誰かいないか……。寒いぞ……。設定温度を上げてくれ……』
「い、いやぁぁぁぁぁ!!」
リリスの悲鳴が店内に響き渡った。
「な、ななな、生首が喋ってるぅぅぅ!!」
リリスは箱を放り出して逃げ出した。
放り出された箱が床に落ち、ゴロンと転がる。
『痛っ! おい! 【ワレモノ注意】って書いてあるだろうが!!』
箱の中から怒鳴り声が聞こえる。
カウンターで雑誌を読んでいたタナカは、その騒ぎを聞き流しながら呟いた。
「……あーあ。これだから生ものの扱いは面倒なんだよな」
ダンジョン地下99階。
ここでは荷物の中身も、梱包作業も、常に命がけである。




