表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/60

第60話:店長の人格崩壊と、崩壊するマート

1月某日。

その悲劇は、バックヤードでの在庫整理中に起きた。

「おいリリス、上の棚にある『鉄塊(1トン)』を取ってくれ」

「えー、重いですよぉ」

リリスが手を滑らせた。

「あっ」

ガゴォォォォン!!!!

鈍い音が響き、タナカが床に崩れ落ちた。脳天に直撃だ。

「て、店長ーーッ!! 死んだ!? 死んじゃいました!?」

「……う……うぅ……」

タナカがゆっくりと目を開けた。

リリスとグリムが心配そうに覗き込む。

「店長! わかりますか!? 私です、リリスです!」

『主よ、指が何本に見える?』

タナカは二人を見つめ……そして、「聖人のような慈愛に満ちた微笑み」を浮かべた。

「……ああ、もちろんです。私の大切な仲間の、リリスさんとグリムさんですね」

「「……はい?」」

タナカが立ち上がった。その瞳は、いつもの「死んだ魚のような目」ではなく、少女漫画のようにキラキラと輝いている。

「怪我はありませんか? ……リリスさん、君の細腕にこんな重労働を。……いつもごめんね」

「えっ、あ、はい。大丈夫ですけど……」

タナカはリリスの手を優しく包み込んだ。

「これからは、無理をしないでください。……そうだ、今すぐ『有給休暇』を取ってください」

「ゆ、有給!?」

「給料も倍にします。君たちの笑顔こそが、この店の宝なのですから」

リリスとグリムは顔を見合わせた。

そして同時に確信した。

「(壊れたァァァァァ!!!)」


【ホワイト経営、開始】

タナカの変貌は、従業員だけでなく、店全体に及んだ。

「いらっしゃいませ!」

タナカが店頭で、オークの客に深々と頭を下げた。

「おや、お客様。装備がボロボロですね。お金がない? ……それはいけません! 命に関わります!」

タナカは棚から最高級のエリクサーを取り出し、オークに握らせた。

「これをどうぞ。……お代は結構です」

「えっ!? マジで!?」

「困った時はお互い様です。どうか、生きて帰ってくださいね」

オークは涙を流して感謝し、帰っていった。

それを見ていたリリスが悲鳴を上げる。

「店長! エリクサーをタダであげちゃダメですよ! 大赤字です!」

「リリスさん。利益なんて、命に比べれば紙切れ同然ですよ」

タナカは爽やかに笑った。

「今日から当店は、『完全無料・奉仕ステーション』として生まれ変わります!」


それから3時間後。

ダンジョンマートはカオスと化していた。

「おい聞いたか! あのタナカがタダで商品を配ってるぞ!」

「マジか! 今のうちだ!」

噂を聞きつけた魔物たちが大挙して押し寄せた。

店内はバーゲンセール会場のような有様だ。

「お肉ください!」

「はい、どうぞ!」

「武器くれ!」

「はい、どうぞ!」

タナカはニコニコしながら、店の資産を次々と放出してゆく。

レジの売上はゼロ。

在庫は空っぽ。

「やばい……やばいよグリムさん……!」

リリスがバックヤードで震える。

「最初はラッキーって思ったけど、これじゃ店が潰れる! 店が潰れたら、私たちも路頭に迷う!」

『うむ……。無秩序な慈悲は、破滅を招くのみ……』

「なんとかして店長を元に戻さないと!」

二人はタナカの元へ走った。

「店長! もうやめてください! 私たち、普通のブラック企業に戻りたいです!」

しかし、タナカは聞く耳を持たない。

「ははは。何を言うんですか。私は皆の幸せを願う、ただのコンビニ店員ですよ」

ダメだ。言葉が通じない。

リリスは最後の手段に出た。

「店長……これを見てください」

リリスは震える手で、ここ数時間の『リアルタイム損益計算書』を突きつけた。

「……ん? なんですか、これは」

タナカが笑顔で紙を受け取る。

【売上:0円】

【原価損失:-6,000,000円】

「……」

タナカの笑顔が、スッと消えた。

「……あー……」

タナカは紙を見つめたまま、深く、重い溜息をついた。

それは怒りではない。

もっと根源的な、「面倒な仕事が増えたことへの絶望」だった。

「……600万の赤字か。……これを本部へ報告するには、始末書が3枚、補填計画書が5枚……」

ブツブツと独り言を呟く。

「……しかも監査が入るな。……過去の帳簿も洗われる……。……面倒だ」

タナカの瞳から、キラキラした光が急速に失われていく。

そして、いつもの「死んだ魚のような濁った瞳」が戻ってきた。

「……面倒すぎる」

タナカは眼鏡の位置を中指で直し、顔を上げた。

そこにはもう、聖人の面影はない。

ただの「疲れ切ったバイトリーダー」がいるだけだ。

「……リリス」

「は、はい! 戻りましたか!?」

「電卓を持ってこい。……今日中に帳尻を合わせるぞ」

タナカは、電卓を片手に店内へと歩き出した。

そこには、タダで商品を貰って喜んでいるオークやゴブリンたちがいる。

「あ、店長さん! ありがとう! このエリクサー最高だよ!」

オークが笑顔で話しかける。

タナカは無表情のまま、オークの前に立った。

「お客様。少々、『事務的な訂正』がございます」

「え?」

「先ほどの無料配布ですが、こちらのレジシステムの不具合バグにより、誤った処理が行われておりました」

「はあ?」

「つきましては、正規料金でのご精算をお願いいたします。……なお、既に開封済みの場合は、買取となります」

タナカの声は平坦だった。

怒鳴るわけでもなく、ただ淡々と事実を述べる。

「はぁ!? ふざけんな! タダって言っただろ!」

オークが激昂する。

タナカは「はぁ……」と気だるげに溜息をついた。

「お客様。揉めるのはお互いに時間の無駄です。私も早く帰りたいんです」

タナカは背後のグリムに目配せをした。

「未払いによる商品持ち出しは、当店では『万引き』扱いとなります。……警備員グリムの出番になってしまいますが、よろしいですか?」

『……(無言で大鎌を構える)』

「ひぃッ!?」

「お支払いは現金ですか? それとも魔石ですか? ……はい、ありがとうございます。領収書は必要ですか?」

タナカは機械的に、次々と客から代金を回収していく。

「話が違う!」と騒ぐ客には、「システムエラーですので」の一点張り。

その姿は、感情を持たない集金マシーンのようだった。

1時間後。

騒動は収束し、赤字はなんとか回収された。

「……ふぅ。疲れた」

タナカはレジカウンターに突っ伏した。

記憶喪失中の記憶は曖昧らしいが、体にはドッと疲労が溜まっている。

「店長……おかえりなさい」

リリスが恐る恐る声をかける。

「ああ。……なんか知らんが、ひどく肩が凝る。それに、なんでこんなに在庫が減ってるんだ?」

「(全部あんたのせいだけど……)」

タナカはシフト表を確認した。

「リリス。さっき私が『有給』とか『給料倍増』とか口走っていた気がするが」

「は、はい! 言ってました! それは有効ですよね!?」

タナカは冷めた目でリリスを見た。

「夢でも見たんじゃないか? ……そんな予算、どこにもないぞ」

「ですよねー!!」

「さあ、仕事に戻れ。さっきの騒ぎで棚が乱れている。直さないと帰れんぞ」

リリスは泣きながら商品の陳列を直し始めた。

タナカは気だるげに欠伸をし、またいつものように週刊誌を読み始めた。

ダンジョンマートには、今日も平常通りの、夢も希望もない日常が戻ってきたのだった。


ダンジョン地下99階。ここでは、「優しさ」はシステムエラーとして修正される。

【あとがき:二匹目のどじょう】

リリス「あの……店長。相談なんですけど」


タナカ「なんだ。金なら貸さんぞ」


リリス「もう一回、その『鉄塊』を頭に落としてみませんか?」


タナカ「は? 殺す気か?」


リリス「いや、当たり所を調整すれば、『給料は倍にしてくれるけど、商品の無料配布はしない』という、都合のいい『ハイブリッド店長』が生まれるかもって……」


グリム『ふむ。計算上、その確率は0.002%だ。残りの99.998%は、単にタナカ殿が死ぬ』


タナカ「リリス。……来月のシフト、全部『深夜ワンオペ』にしておくな」


リリス「ひぃぃぃ! 冗談ですぅぅ!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ