第6話:クレーマーのゴブリンと、土下座の強要
「いらっしゃいませー」
深夜2時。
タナカは死んだ目でレジに立っていた。
今日の客足は落ち着いている。BGMの有線放送も、深夜特有の静かなピアノ曲だ。
「……おい、店員」
レジカウンターに、ドン!と食いかけの弁当が叩きつけられた。
「あ、はい。どうされました?」
目の前に立っていたのは、小汚い皮鎧を着たゴブリンだった。
ダンジョン内では最弱レベルのモンスターだが、このゴブリンはなぜか態度が異常に大きかった。
「どうされました、じゃねぇよ! 見ろこれ!」
ゴブリンは、半分ほど食べた『大盛りハンバーグ弁当』を指差して怒鳴り散らした。
「ソースが入ってねぇじゃねぇか! 味がしねぇんだよ!」
タナカは冷静に弁当の中身を見た。
ハンバーグには、しっかりとデミグラスソースがかかっている形跡がある。なんなら、口の周りにソースがついている。
「お客様、ソースかかってますよね?」
「少ねぇんだよ! 俺はもっと『つゆだく』で食いてぇんだよ! 気が利かねぇな!」
「あー、そういう仕様なんで。追いソース欲しいなら、調味料コーナーで買ってください」
「はぁ!?」
ゴブリンが目を剥いた。
「なんだその態度は! お客様は神様だろ?その客に向かって『買え』だと? 俺はわざわざこんな深い階層まで来てやってるんだぞ! 『申し訳ありません、すぐお持ちします』の一言も言えねぇのか!」
(うわ、めんどくせぇタイプだ……)
タナカは内心で舌打ちした。
地上にもこういう客はいたが、地下99階まで来てこれかよ。
「マニュアルにないんで」
「マニュアル!? 心だよ、心! おもてなしの心が足りねぇんだよ!」
ゴブリンの怒声が店内に響く。
品出しをしていたリリスがオロオロとこちらを見ているが、下手に介入させると火に油だ。
「で? どうして欲しいんすか? 返金は食ってるから無理っすよ」
「金の問題じゃねぇ! 誠意を見せろと言ってんだ!」
ゴブリンはカウンターをバンバンと叩き、ニヤリと下卑た笑みを浮かべた。
「土下座だ」
「は?」
「俺の靴を舐めて謝れ。そうすれば許してやる。おい、早くしろよ底辺バイト!」
ゴブリンは踏ん反り返った。
彼は知っていた。この店の店員は戦闘力を持たない。
そして「接客業」という縛りがある以上、客には逆らえないと。
タナカはため息をついた。
(……土下座か。膝が汚れるから嫌なんだよな。ズボンのクリーニング代出るならやるけど)
タナカが「めんどくさいからやって終わらせるか」と、ダルそうに膝を曲げかけた、その時。
「……おい」
ゴブリンの背後から、地を這うような低い声が聞こえた。
「あぁん? なんだ、俺の説教の邪魔すんじゃ……」
ゴブリンが苛立ちながら振り返る。
そこには、二つの巨大な影が立っていた。
一人は、漆黒のジャージを着た、天を衝くような巨漢。
もう一人は、聖なる鎧(私服のパーカー着用)を纏った、鋭い眼光の青年。
魔王ヴェルザードと、勇者アレンだった。
彼らはゴブリンの後ろに並んで、レジ待ちをしていたのだ。
手にはそれぞれの好物を持って。
「……ッ!?」
ゴブリンが息を呑む。
その二人が放つオーラ――『覇気』と『闘気』が、物理的な重圧となってゴブリンを押し潰そうとしていた。
魔王が、ゆらりと首を傾げる。
「小鬼風情が……。余の空腹時間を1分も引き伸ばした罪、どう償うつもりだ?」
勇者が、冷ややかに言葉を継ぐ。
「俺たちが大事にしている『補給地点』の店員に土下座をさせる? ……それはつまり、人類と魔界、双方への宣戦布告と受け取っていいんだな?」
「ひっ、ひぃっ……!?」
ゴブリンの顔色が、緑色から土気色へと変わっていく。
目の前にいるのは、教科書や伝承でしか見たことのない、雲の上の存在。
それがなぜ、こんなコンビニで、しかもレジ待ちをしているのか。
「ま、魔王様!? ゆ、勇者様!? な、なぜここに!?」
「客だからだ」
二人が声を揃えて即答した。
魔王が一歩踏み出す。
「貴様が言ったのだぞ。『客は神様』とな」
ズズズ……と、店内の空間が歪む。
魔王の背後に、本物の「神」クラスの暗黒魔法陣が展開される。
「ならば、余がその『神』としての振る舞いを見せてやろうか? この店ごと貴様を消し飛ばして……」
「あ、店内での魔法詠唱禁止っす」
タナカがカウンターから声をかけた。
「……チッ」
魔王は舌打ちをして魔法を霧散させたが、その巨大な手でゴブリンの頭を鷲掴みにした。
「おい小鬼。土下座が好きなようだな?」
「ひぃぃぃっ! お助けぇぇぇ!!」
「ならば、一生地面にへばりついているがいい」
魔王はゴブリンをひょいと持ち上げると、自動ドアの外――暗黒の荒野に向かって、ゴミ袋のように放り投げた。
「……ふん。他愛もない」
魔王は手をパンパンと払い、何食わぬ顔でカウンターに向き直った。
「店員。激辛チキンを一つ。あと、この小鬼が食い散らかした弁当も片付けておいてくれ」
「はいはい。毎度ありー」
タナカは普段通りにレジを打った。
勇者が苦笑しながら肉まんを注文する。
「まったく……。タナカも、あんな奴に謝る必要ないだろう」
「いやー、揉めてレジ止める方が面倒なんで。助かりましたわ」
タナカは軽く礼を言い、温かいチキンと肉まんを渡した。
二人はイートインスペースで仲良く夜食を食べ始める。
「……やっぱり、常連客って大事だな」
タナカは平和になった店内で、ゴブリンの食べかけ弁当をゴミ箱に捨てながら呟いた。
ダンジョン地下99階。
ここでは「お客様は神様」という言葉は、文字通りの意味を持つのである。




