表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/60

第59話:昼間の巫女装束と、強引すぎるお祓い

1月3日、午後2時。

正月三が日も最終日。

ダンジョンマートには、けだるい平日の空気が漂っていた。

レジ横の一角に、紅白の幕で仕切られた簡易的な祭壇が作られている。

その中心には――。

「……店長。これ、いつまでやるんですか?」

巫女装束に身を包んだリリスが、死んだ魚のような目で立っていた。

ポリエステル製の安っぽい袴が、暖房で蒸れて痒いらしい。

「シフトが終わる17時までだ。我慢しろ」

タナカはレジカウンターの中で、週刊誌を読みながら気のない返事をした。

「だいたい、なんで私が巫女なんですか? 私、悪魔ですよ? 聖水アレルギーで肌がチクチクするんですけど」

「業務命令だ」

【巫女リリスの「お清めコーナー」】

【※形式的なものです。効果を保証するものではありません】

「ほら、客が来たぞ。さっさと捌け。俺は休憩に入る」

やってきたのは、リザードマンの戦士だった。

彼は震える手で、髪の伸びる「日本人形」を差し出した。

「あの……店内に落ちてたんですけど、なんか視線を感じて……。祓ってもらえませんか?」

「(うわっ、ガチのやつだ……)」

リリスがタナカを見る。

タナカは「あー、はいはい」と適当に相槌を打った。

「お客様、当店では本格的な除霊は行っておりませんが、『気分的にスッキリするコース(500円)』なら可能です」

「それでいいです! 怖いんで!」

「リリス、やれ」

「……はいはい」

リリスはヤケクソでお祓い棒を人形に向けた。

「えーい、悪霊退散ー。……はい、終わりました」

「えっ、もう?」

「当店の除霊は『時短』が売りですので」

タナカが事務的に人形を袋に入れた。

「はい、お持ち帰りください。もしまた髪が伸びたら、美容院へどうぞ」

「は、はあ……」

客は狐につままれた顔で帰っていった。

「……こんなんでいいんですか?」

「いいんだ。クレームが来なきゃそれでいい」

タナカは時計をチラ見した。あと2時間で定時だ。

しかし、夕方。

最も面倒な客が現れた。

ズズズゥゥン……。

自動ドアが開くと同時に、店内の照明が点滅し始めた。

現れたのは、全身からドス黒い瘴気を放つ「死霊魔術師ネクロマンサー」だ。

「……ここか。巫女がいるというのは……」

「(うわ、関わりたくないタイプだ)」

タナカは即座に「準備中」の札を出そうとしたが、遅かった。

ネクロマンサーはカウンターに、禍々しい「髑髏ドクロの杯」をドンと置いた。

「この杯に封印された邪神が、昨夜から『肩が凝った』『腰が痛い』とうるさくて眠れんのだ……。なんとかしてくれ」

「お客様」

タナカは真顔で答えた。

「それは呪いではなく、ただの『加齢』では? 病院へ行かれることをお勧めします」

「病院では治らん! 霊的なマッサージが必要なのだ! 金は払う!」

ネクロマンサーは金貨を積み上げた。

タナカは舌打ちした。これに関わると定時退社が危うい。

だが、断れば店内で暴れられそうだ。

「リリス、1分で終わらせろ」

「無理ですよ!?」

リリスは泣く泣く、髑髏の杯に向かって棒を振った。

「ハラエタマエ〜、キヨメタマエ〜……」

その瞬間。

『グォォォォォォ!!! 誰ダァァァ!! 我ノ凝リヲ悪化サセル下手クソハァァァ!!』

ドカァァァン!!

杯から黒い煙が噴き出し、店内に爆音が響き渡った。

邪神が実体化しかけている。

「ギャアアアア! 怒らせちゃったぁぁ!」

リリスが逃げ回る。

『貴様カ! その安っぽい巫女服! ポリエステルノ摩擦音ガ不快ナノダァァ!』

「素材に文句言わないでよぉぉ!!」

棚の商品が飛び交い、ポテチの袋が破裂する。

最悪だ。店内の清掃が必要になる。

「……あー、もう」

タナカは深く、深くため息をついた。

時計を見る。16時55分。

あと5分で上がりだったのに。

「……おい、お客様」

タナカはレジの下から、「業務用の巨大トング」を取り出し、無表情で髑髏に歩み寄った。

『ヌゥ!? 貴様ハ何ダ!?』

「店内ではお静かにお願いします。他の業務に支障が出ます」

タナカは躊躇なく、トングを髑髏の口に突っ込んだ。

『グエッ!? ヤメロ、何ヲ……オェッ』

「口の中にホコリが溜まってるから声がデカいんですよ。……ほら」

タナカがトングで強引に引きずり出したのは、真っ黒に汚れた「500円玉」と「綿埃の塊」だった。

『あッ』

邪神の声が止まった。

『……スッキリシタ。喉ノつかえガ取レタ……』

「……」

店内が静まり返る。

「……はい、取れましたよ」

タナカは汚い500円玉をティッシュで包み、ネクロマンサーに押し付けた。

「これ、落とし物ですか? 汚いので持って帰ってください」

「お、おお……! 邪神が静まった! 素晴らしい!」

ネクロマンサーは感動し、さらにチップとして金貨を置いて帰っていった。

店内は静まり返ったが、床には散乱した商品、破裂したポテチ、そして邪神の出した黒いススが残されている。

「はぁ……死ぬかと思いました……」

リリスがへたり込む。

「店長、これ片付けるの大変ですよ……。手伝ってくださいね?」

その時。

店内の壁時計が、17:00を指し、チャイムが鳴った。

「……よし」

タナカは瞬時に制服エプロンを脱ぎ捨て、タイムカードをスキャンした。

「えっ、店長?」

タナカは鞄を掴むと、バックヤードに向かって叫んだ。

「グリム! 起きろ! 夕勤の時間だ!」

ガシャッ……ガシャッ……。

奥の休憩室から、寝ぼけ眼のグリムが、けだるそうに歩いてきた。

『……ふぁあ。……もう夕方か』

「交代だ。レジ金チェックは済ませておいた」

タナカは早口でまくし立てた。

「えっ、ちょっと待ってください!」

リリスがタナカの袖を掴む。

「帰るんですか!? この惨状を放置して!?」

タナカは冷徹に言い放った。

「リリスよ。コンビニエンスストアは24時間営業だが、今日の俺のシフトは17時までだ。」

「正論だけど!! 今は非常事態でしょ!?」

「残業はコストだ。無駄な人件費は経営を圧迫する。……よって、後の業務は、夜勤スタッフのグリムと、『残業希望者リリス』に一任する」

「希望してない!!」

タナカはグリムの肩をポンと叩いた。

「グリム、頼んだぞ。この床の煤は『邪神の呪い』を含んでいるから、素手で触ると腐るかもしれん。気をつけて掃除しろ」

『……む? 了解した』

「じゃあな。明日の朝まで店を頼む」

タナカは颯爽と自動ドアをくぐり、振り返ることもなくダンジョンの闇へと消えていった。

その背中は、「あとは知らん」という清々しいほどの無責任さで輝いていた。

店に残されたのは、荒れ果てた売り場と、状況が飲み込めていない寝起きの鎧、そして痒い巫女服を着た悪魔一人。

『……リリスよ。なぜ泣いている?』

「……呪ってやるぅぅぅ!! 店長ぉぉぉ!!」

リリスの絶叫が、平日の夕暮れに虚しく響き渡った。


ダンジョン地下99階。ここでは、店長が帰宅した後の時間帯こそが、真の「魔のデスマーチ」である。

【あとがき:巫女服の行方】

リリス「……あーあ。結局朝まで残業だよ」


グリム『ご苦労だった。……ところでリリスよ、その格好はなんだ?』


リリス「店長に着させられたの! 似合わないでしょ!」


グリム『いや……悪くはない。聖なる波動を感じる。邪神の煤を掃除するには最適だ』


リリス「え?」


グリム『その袴を雑巾代わりにすれば、床が綺麗になるぞ』


リリス「私の服で床拭こうとしないでぇぇ!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ