第59話:昼間の巫女装束と、強引すぎるお祓い
1月3日、午後2時。
正月三が日も最終日。
ダンジョンマートには、けだるい平日の空気が漂っていた。
レジ横の一角に、紅白の幕で仕切られた簡易的な祭壇が作られている。
その中心には――。
「……店長。これ、いつまでやるんですか?」
巫女装束に身を包んだリリスが、死んだ魚のような目で立っていた。
ポリエステル製の安っぽい袴が、暖房で蒸れて痒いらしい。
「シフトが終わる17時までだ。我慢しろ」
タナカはレジカウンターの中で、週刊誌を読みながら気のない返事をした。
「だいたい、なんで私が巫女なんですか? 私、悪魔ですよ? 聖水アレルギーで肌がチクチクするんですけど」
「業務命令だ」
【巫女リリスの「お清めコーナー」】
【※形式的なものです。効果を保証するものではありません】
「ほら、客が来たぞ。さっさと捌け。俺は休憩に入る」
やってきたのは、リザードマンの戦士だった。
彼は震える手で、髪の伸びる「日本人形」を差し出した。
「あの……店内に落ちてたんですけど、なんか視線を感じて……。祓ってもらえませんか?」
「(うわっ、ガチのやつだ……)」
リリスがタナカを見る。
タナカは「あー、はいはい」と適当に相槌を打った。
「お客様、当店では本格的な除霊は行っておりませんが、『気分的にスッキリするコース(500円)』なら可能です」
「それでいいです! 怖いんで!」
「リリス、やれ」
「……はいはい」
リリスはヤケクソでお祓い棒を人形に向けた。
「えーい、悪霊退散ー。……はい、終わりました」
「えっ、もう?」
「当店の除霊は『時短』が売りですので」
タナカが事務的に人形を袋に入れた。
「はい、お持ち帰りください。もしまた髪が伸びたら、美容院へどうぞ」
「は、はあ……」
客は狐につままれた顔で帰っていった。
「……こんなんでいいんですか?」
「いいんだ。クレームが来なきゃそれでいい」
タナカは時計をチラ見した。あと2時間で定時だ。
しかし、夕方。
最も面倒な客が現れた。
ズズズゥゥン……。
自動ドアが開くと同時に、店内の照明が点滅し始めた。
現れたのは、全身からドス黒い瘴気を放つ「死霊魔術師」だ。
「……ここか。巫女がいるというのは……」
「(うわ、関わりたくないタイプだ)」
タナカは即座に「準備中」の札を出そうとしたが、遅かった。
ネクロマンサーはカウンターに、禍々しい「髑髏の杯」をドンと置いた。
「この杯に封印された邪神が、昨夜から『肩が凝った』『腰が痛い』とうるさくて眠れんのだ……。なんとかしてくれ」
「お客様」
タナカは真顔で答えた。
「それは呪いではなく、ただの『加齢』では? 病院へ行かれることをお勧めします」
「病院では治らん! 霊的なマッサージが必要なのだ! 金は払う!」
ネクロマンサーは金貨を積み上げた。
タナカは舌打ちした。これに関わると定時退社が危うい。
だが、断れば店内で暴れられそうだ。
「リリス、1分で終わらせろ」
「無理ですよ!?」
リリスは泣く泣く、髑髏の杯に向かって棒を振った。
「ハラエタマエ〜、キヨメタマエ〜……」
その瞬間。
『グォォォォォォ!!! 誰ダァァァ!! 我ノ凝リヲ悪化サセル下手クソハァァァ!!』
ドカァァァン!!
杯から黒い煙が噴き出し、店内に爆音が響き渡った。
邪神が実体化しかけている。
「ギャアアアア! 怒らせちゃったぁぁ!」
リリスが逃げ回る。
『貴様カ! その安っぽい巫女服! ポリエステルノ摩擦音ガ不快ナノダァァ!』
「素材に文句言わないでよぉぉ!!」
棚の商品が飛び交い、ポテチの袋が破裂する。
最悪だ。店内の清掃が必要になる。
「……あー、もう」
タナカは深く、深くため息をついた。
時計を見る。16時55分。
あと5分で上がりだったのに。
「……おい、お客様」
タナカはレジの下から、「業務用の巨大トング」を取り出し、無表情で髑髏に歩み寄った。
『ヌゥ!? 貴様ハ何ダ!?』
「店内ではお静かにお願いします。他の業務に支障が出ます」
タナカは躊躇なく、トングを髑髏の口に突っ込んだ。
『グエッ!? ヤメロ、何ヲ……オェッ』
「口の中にホコリが溜まってるから声がデカいんですよ。……ほら」
タナカがトングで強引に引きずり出したのは、真っ黒に汚れた「500円玉」と「綿埃の塊」だった。
『あッ』
邪神の声が止まった。
『……スッキリシタ。喉ノつかえガ取レタ……』
「……」
店内が静まり返る。
「……はい、取れましたよ」
タナカは汚い500円玉をティッシュで包み、ネクロマンサーに押し付けた。
「これ、落とし物ですか? 汚いので持って帰ってください」
「お、おお……! 邪神が静まった! 素晴らしい!」
ネクロマンサーは感動し、さらにチップとして金貨を置いて帰っていった。
店内は静まり返ったが、床には散乱した商品、破裂したポテチ、そして邪神の出した黒い煤が残されている。
「はぁ……死ぬかと思いました……」
リリスがへたり込む。
「店長、これ片付けるの大変ですよ……。手伝ってくださいね?」
その時。
店内の壁時計が、17:00を指し、チャイムが鳴った。
「……よし」
タナカは瞬時に制服を脱ぎ捨て、タイムカードをスキャンした。
「えっ、店長?」
タナカは鞄を掴むと、バックヤードに向かって叫んだ。
「グリム! 起きろ! 夕勤の時間だ!」
ガシャッ……ガシャッ……。
奥の休憩室から、寝ぼけ眼のグリムが、けだるそうに歩いてきた。
『……ふぁあ。……もう夕方か』
「交代だ。レジ金チェックは済ませておいた」
タナカは早口でまくし立てた。
「えっ、ちょっと待ってください!」
リリスがタナカの袖を掴む。
「帰るんですか!? この惨状を放置して!?」
タナカは冷徹に言い放った。
「リリスよ。コンビニエンスストアは24時間営業だが、今日の俺のシフトは17時までだ。」
「正論だけど!! 今は非常事態でしょ!?」
「残業はコストだ。無駄な人件費は経営を圧迫する。……よって、後の業務は、夜勤スタッフのグリムと、『残業希望者』に一任する」
「希望してない!!」
タナカはグリムの肩をポンと叩いた。
「グリム、頼んだぞ。この床の煤は『邪神の呪い』を含んでいるから、素手で触ると腐るかもしれん。気をつけて掃除しろ」
『……む? 了解した』
「じゃあな。明日の朝まで店を頼む」
タナカは颯爽と自動ドアをくぐり、振り返ることもなくダンジョンの闇へと消えていった。
その背中は、「あとは知らん」という清々しいほどの無責任さで輝いていた。
店に残されたのは、荒れ果てた売り場と、状況が飲み込めていない寝起きの鎧、そして痒い巫女服を着た悪魔一人。
『……リリスよ。なぜ泣いている?』
「……呪ってやるぅぅぅ!! 店長ぉぉぉ!!」
リリスの絶叫が、平日の夕暮れに虚しく響き渡った。
ダンジョン地下99階。ここでは、店長が帰宅した後の時間帯こそが、真の「魔の刻」である。
【あとがき:巫女服の行方】
リリス「……あーあ。結局朝まで残業だよ」
グリム『ご苦労だった。……ところでリリスよ、その格好はなんだ?』
リリス「店長に着させられたの! 似合わないでしょ!」
グリム『いや……悪くはない。聖なる波動を感じる。邪神の煤を掃除するには最適だ』
リリス「え?」
グリム『その袴を雑巾代わりにすれば、床が綺麗になるぞ』
リリス「私の服で床拭こうとしないでぇぇ!!」




