第58話:大晦日の朝と、ボロボロな鐘
朝8時。
ダンジョンマートの店先に組まれた特設ステージ。
その中央に、「除夜の鐘」役のグリムが直立不動で立っていた。
『……フッ。任せておけ』
グリムは自信満々に胸を張った。
『我が装甲は、古代竜のブレスすら弾き返す神話級金属「アダマンタイト」製。民草の棒切れごときでは、傷一つ付かぬわ』
タナカがマイクで客を煽る。
「1回100円! 普段のストレスをこの頑丈な鎧にぶつけて新年を迎えましょう!」
【序盤戦:1〜30回目】
ゴォォォォォン……!!!
オークやゴブリンたちが、嬉々として丸太を叩きつける。
凄まじい重低音が響くが、グリムは微動だにしない。
『……効かぬ』
グリムは余裕の笑みを浮かべていた。
『心地よい振動だ。肩こりが治るわ』
「さすがグリムさん! 無敵のアンデッド!」
リリスが拍手を送る。
この時点では、誰もが「グリムの圧勝」を疑わなかった。
【中盤戦:31〜80回目】
しかし、回数が増えるにつれ、客層が変わってきた。
ダンジョンの上層でストレスを溜め込んだ、「高レベル冒険者」や「上位魔物」が参戦してきたのだ。
「今年の鬱憤、晴らさせてもらうぜ! 『パワー・スマッシュ』!!」
ドワーフの戦士が、スキルを発動させて丸太をフルスイングした。
ベキィッ!! ズゴォォォン!!
嫌な音がした。
『……むッ!?』
グリムの体が大きく揺らいだ。
よく見ると、左肩のショルダーアーマーが、ありえない方向にひしゃげている。
「ちょっ、グリムさん!? 凹んでますよ!?」
リリスが悲鳴を上げる。
しかし、グリムは冷静に歪んだパーツを無理やり手で戻した。
『……問題ない。関節が少しズレただけだ』
「絶対ダメージ入ってますよね!?」
『案ずるなリリスよ。我は今、「鐘」なのだ。鐘が衝撃を避けてどうする? 全て受け止めてこそ、良い音が鳴るというもの……』
グリムは奇妙なプロ根性を発揮し、防御スキルをあえて解除していた。
その結果。
ガシャァァン!!
『ぬぐぅっ!?』
バリバリバリッ!!
『し、痺れるぅぅ……!』
客たちは「頑丈なサンドバッグ」相手に容赦なく必殺技を叩き込んでいく。
「店長! 止めてください! グリムさんがスクラップになっちゃいます!」
「続行だ。まだ80回。あと2800円分の売上が残っている」
「鬼! 悪魔! 店長!」
【終盤戦:100〜107回目】
そして、100回を超えた頃。
ステージ上のグリムは、もはや「空き缶のゴミ」のような有様だった。
全身の装甲はベコベコに凹み、左腕はワイヤー一本で辛うじて繋がり、兜は割れて中身が見えかけている。
カィィィン……
107人目の客が軽く叩いただけで、グリムは膝から崩れ落ちそうになった。
『……ま、まだだ……。あと一回……』
グリムはプルプルと震える足で、奇跡的に立ち上がった。
その姿は、まさに満身創痍の戦士。
「……よく耐えた」
タナカが最後の客として、ステージに上がった。手には極太の丸太を持っている。
「最後は俺が締めよう。……グリム、遺言はあるか?」
「トドメ刺す気ですか!?」
グリムは、割れた兜の隙間から赤い眼光を光らせ、ニヤリと笑った。
『……フッ。最高の音を……頼む……』
タナカは大きく振りかぶった。
狙うは、唯一原形をとどめている胸部装甲の中央。
「行くぞ!! 煩悩退散んんんっ!!!」
ドォォォォォォガァァァァァァァァン!!!!
爆発音のような轟音が響き渡った。
バラバラバラバラッ……!!!
次の瞬間、グリムの体は限界を迎え、数百のパーツに分解して弾け飛んだ。
シーン……。
静まり返る店内。
ステージには、タナカと、スクラップの山だけが残された。
「……やりきったな」
タナカは汗を拭い、バラバラになったグリムの頭部パーツを拾い上げた。
「見事だグリム。お前の犠牲により、今年の煩悩は全て浄化された」
『……』
「リリス、箒と塵取りを持ってこい。グリムを回収するぞ」
「扱いが完全に燃えないゴミ!!」
こうして、ダンジョンマートの壮絶な大晦日の朝は終わった。
108回の打撃を耐え抜いた除夜の鎧は、名誉の負傷と共に、新しい年を迎えるのであった。
ダンジョン地下99階。ここでは、プロ意識が高い奴から先に壊れていく。




