第57話:眠らぬ晦日の夜と、「無限年越しそば」
12月30日、午後10時。
世間の会社員たちが「仕事納め」の安酒に溺れている頃。
ダンジョンマートのバックヤードでは、タナカが冷徹に告げていた。
「これより、『年末年始・完全24時間耐久営業』のシフトに入る」
「……嘘ですよね?」
リリスが絶望的な顔で聞き返す。
「大晦日くらい休みましょうよぉ! 私も実家に帰って、コタツでミカン食べたいですぅ!」
「甘えるな」
タナカは即答した。
「元旦の『初詣』需要を見誤るな。ダンジョンの最下層にある『魔王神殿』への参拝客で、今夜から明日にかけてこの店は戦場になる」
「ううぅ……ブラックだ……漆黒だ……」
「それに、これを見ろ」
タナカは厨房の巨大な寸胴鍋を指差した。
「明日の目玉商品、『年越しそば』の仕込みだ」
そこには、灰色の麺が山のように積まれていた。
ただ、普通の蕎麦ではない。麺一本一本が、ミミズのようにウネウネと動いている。
「……店長。これ、動いてますけど」
「『ヒドラの粉』を練り込んだ特製麺だ」
タナカは説明した。
ヒドラは首を切り落としても再生する怪物だ。その粉を使ったこの蕎麦は、「食べても食べても減らない」という、満腹保証付きの逸品である。
「名付けて『無限・長寿そば』だ。」
「それ、ただの拷問器具では?」
「よし、グリム。お前は麺の『湯切り』を担当しろ」
『ふむ。……麺の魂を断ち切ればよいのだな』
グリムがザルを持って厨房に立つ。
お湯が沸騰する。
タナカがヒドラ蕎麦を鍋に投入した。
ジュワァァァァッ!!
熱湯に入った瞬間、蕎麦が暴れ出した。
微かな悲鳴が聞こえる気がした。
『……往生際が悪い』
グリムがザルですくい上げ、湯切りをする。
チャッ、チャッ、チャッ。
その手つきは職人のように鮮やかだった。しかし。
バシュッ!!
「……ん?」
湯切りをした瞬間、麺が「分裂」した。
ヒドラの再生能力が、グリムの衝撃に反応し、1本の麺が2本に、2本が4本に増殖したのだ。
『む? 増えたな』
「おい、もっと優しくやれ! 増えすぎる!」
『加減が難しい……。ならば、一気に締める』
グリムは冷水で麺を締めようとした。
しかし、彼の手から放たれる『死の冷気』が強すぎた。
パリパリパリッ!!
麺が一瞬で凍結し、さらに「死の気配」を察知したヒドラ麺が、生存本能を爆発させた。
ボワワワワッ!!
「うわっ!? 麺が!!」
死にたくない一心で、蕎麦が爆発的に巨大化した。
ザルから溢れ出し、厨房の床を埋め尽くし、リリスの足に絡みつく。
「きゃあああ! 気持ち悪い! 蕎麦に巻かれるぅぅ!」
タナカが包丁で切り払うが、切れば切るほど麺は分裂し、増殖していく。
厨房は瞬く間に「蕎麦の海」と化した。
「店長! これどうするんですか!? 店が蕎麦で埋まります!」
タナカは叫んだ。
「リリス! 『麺つゆ』だ! 高濃度の麺つゆを放水しろ!」
「えっ!?」
「塩分濃度を上げて脱水させ、動きを封じる!」
リリスは業務用の麺つゆタンクを抱え、ホースで蕎麦の群れに噴射した。
ブシャァァァァッ!!
「静まれェェェ!!」
醤油と出汁の強烈な香りが充満する。
つゆを浴びたヒドラ麺たちは、「キュウゥゥ……」と縮み上がり、ようやく動きを止めた。
午前3時。
厨房には、死闘の末に鎮圧された、大量の蕎麦の山が築かれていた。
「……はぁ、はぁ。なんとかなったか」
タナカは、つゆまみれになった制服を拭った。
「しかし店長、こんなに増えちゃって……どうやって売るんですか?」
リリスが呆然とする。
当初の予定の10倍の量がある。
「……問題ない」
タナカは即座にPOPを書き換えた。
【年越しそば(並) 500円】
↓
【大晦日限定・メガ盛り蕎麦タワー(重量5kg)】
【完食したら無料! 失敗したら3,000円! 挑戦者求む!】
「フードファイト形式にすればいいんじゃないか」
タナカは不敵に笑った。
「……転んでもタダでは起きませんね」
午前5時。
店の前には、初詣に向かう前の腹ごしらえとして、オークやトロールたちが列をなしていた。
「おっしゃあ! メガ盛り蕎麦完食してやるぜ!」
「俺の胃袋を舐めるなよ!」
彼らは山盛りのヒドラ蕎麦に挑み、そして次々と撃沈していった。
胃の中で麺が暴れ、満腹中枢を直接攻撃してくるからだ。
「ぐふっ……麺が……腹の中で動く……」
「くそっ、あと少しなのに……!」
「はい、失敗ですねー。3,000円いただきまーす」
リリスが集金箱を持って回る。
失敗した客たちは悔しがりながらも、なぜか満足げだ。
「よし、これで在庫も捌けたな」
タナカはレジの中から、客たちを見ている。
「さあ、夜が明けたら大晦日だ。……リリス、グリム。仮眠をとれ。次は『除夜の鐘』の準備だ」
「ひぃっ! まだあるんですか!?」
12月30日の夜。
ダンジョンマートは、増殖する蕎麦との死闘を制し、無事に(?)大晦日を迎える準備を整えたのだった。
ダンジョン地下99階。ここでは、「細く長く生きる」ことは許されず、「太くしぶとく生き残る」ことだけが求められる。
【あとがき:除夜の鐘】
リリス「店長、次の『除夜の鐘』って何をするんですか?」
タナカ「煩悩を払うために鐘を突く。……だが、鐘を用意するのは金がかかる」
リリス「嫌な予感……」
タナカ「そこで、『グリムの鎧』を叩くことにした」
グリム『……我を?』
タナカ「お前は中身が空洞だ。叩けばいい音がするだろう」




