第55話:決死の棚卸しと、死神の狩り
世間が帰省や大掃除で忙しないこの日、ダンジョンマートのシャッターは固く閉ざされていた。
「これより、年末恒例行事『棚卸し』を開始する」
武装したリリスと、大鎌を背負ったグリムを前に、タナカは宣言した。
「はぁ……棚卸しかぁ」
リリスが露骨に嫌な顔をする。
「商品の数を数えるだけですよね? 地味だし、面倒くさいし……」
『……リリスよ。数えることを侮るなかれ』
グリムがフードの奥で目を光らせ、重々しく口を開いた。
『我ら死神にとって、魂の数を帳簿と照らし合わせる作業は、日常茶飯事……。いわば、世界の均衡を保つ聖なる儀式だ』
タナカは二人に「ロングレンジ・バーコードリーダー」を手渡しながら言う
「地上のコンビニなら退屈な作業だろう。だがここはダンジョンだ。商品の『自我』が強すぎる」
「自我?」
「ポーションは転がって逃げる。剣は浮遊して斬りかかり、マンドラゴラは土に潜る。……当店の棚卸しは『確認』ではない。『狩り』だ」
タナカはリーダーを銃のように構えた。
「一匹残らずスキャンして、帳簿という名の檻に閉じ込めろ。……総員、戦闘配置につけ!」
【エリア1:薬品・ドリンクコーナー】
「待ってぇぇ! 逃げないでぇぇえ!!」
リリスは店中を走り回っていた。
彼女が追いかけているのは、足が生えたように高速で転がり回る『俊足のポーション』の大群だ。
「なんで商品が逃げるんですかぁぁ!」
「『早く飲まれたい』という本能が、彼らを加速させているんだ! 挟み撃ちにするぞ!」
タナカの指示が飛ぶが、ポーションたちは壁を走り、天井を伝って逃げていく。
捕虫網を持ったリリスが息を切らす。
「ハァ、ハァ……無理です店長! 速すぎます!」
『……騒がしいな。静かにしろ』
通路の奥から、グリムが音もなく現れた。
彼は逃げ惑うポーションの群れを前に、ゆっくりと右手を掲げた。
『死神の鎌からは、いかなる駿馬といえど逃げられぬ……』
グリムの体から、ドス黒い冷気――『死のオーラ』が爆発的に放たれた。
ヒュオオオオオ……!
『絶対零度・魂の凍結ソウル・フリーズ』
キキキ……!
ポーションたちが急ブレーキをかけようとしたが、遅かった。
空間そのものが凍りつき、転がっていた瓶たちがその場でピタリと静止した。
「おおっ! 止まりました!」
リリスが歓声を上げる。
「おいグリム! お前!」
タナカが駆け寄る。
「瓶の中身まで凍ってるじゃねぇか! 瓶が割れたらどうすんだ!」
『安心しろ、タナカよ。分子レベルで運動を停止させただけだ。……さあ、今のうちに狩るがいい』
グリムは動けなくなったポーションにリーダーを当てた。
ピッ♪
『……ふむ。魂の登録完了』
ピッ♪
『次は貴様だ』
死の宣告のようなセリフと共に、軽快な電子音が響き渡る。
【エリア2:武器・防具コーナー】
次は、さらに危険なエリアだ。
棚から抜け出した『呪いのロングソード』や『ベルセルク・アックス』が、怪しい光を放って浮遊している。
「キシャァァァ!」
剣が殺意を持って襲いかかってきた。
「危ない! グリム、伏せろ!」
タナカが叫ぶ。だが、グリムは動じない。
『……愚かな鉄塊どもよ。死を司る我に、刃を向けるとは……身の程を知れい』
グリムは背中の巨大な大鎌を抜き放った。
ガキィィィン!!
襲い来る数本の剣を、大鎌の一振りで軽々と弾き飛ばす。
『我の鎌は、あらゆる武器の頂点……。貴様らごときナマクラでは、傷一つつけられぬ』
グリムは空中に舞った剣を、左手のバーコードリーダーで空中で捉えた。
ピッ♪
『一匹』
ガキンッ!
ピッ♪
『二匹……』
それはまさに達人の演武。
襲いくる凶器を次々とパリィし、そのコンマ数秒の隙に在庫カウントを済ませる神業だ。
『ふぅ……。他愛もない』
グリムが鎌を収める。
床には、戦意を喪失した武器たちが転がっていた。
「……すげぇな。完全に『無双シリーズ』の動きだ」
「でも店長、よく見てください。弾かれた剣、みんな刃こぼれしてますよ」
「……『アウトレット品』として売るか」
【最終エリア:開かずの冷蔵庫】
「……最後はここか」
3人は、倉庫の最深部にある、ガムテープで封印された業務用冷蔵庫の前に立った。
「ここには、半年前に仕入れて行方不明になった『深淵の海苔弁当』があるはずだ」
「半年!? 腐ってるどころじゃないですよ!」
「だが、帳簿上は『在庫あり』だ。生死を確認せねばならん」
タナカがおそるおそる扉を開ける。
そこから漏れ出したのは、腐臭ではなく、神々しい「光」だった。
「……え?」
中では、弁当箱のカビと菌糸が複雑に絡み合い、極小の「城」や「塔」を形成していた。
『我らを呼んだか、巨人よ……』
元ちくわからの思念波が届く。
密閉空間で独自の進化を遂げ、『ミクロ文明』が誕生していたのだ。
「ひぃっ!? 菌が喋ってます!?」
リリスが後ずさる。
すると、グリムが静かに前に出た。
『……ほう。小さき命の灯火ともしびか。……だが、秩序無き繁殖は世界の理に反する』
グリムの目が赤く光った。
『タナカよ、許可をくれ。我が『地獄の業火ヘル・ファイア』で、この文明ごと焼き尽くしてやろう』
グリムの指先に、青白い炎が宿る。
おでんを紫色に変えた、あの呪いの炎だ。
「やめろバカ! 冷蔵庫ごと溶ける!」
タナカが慌てて止める。
「それに、ここで焼き払えば『文明間戦争』になりかねん。……見なかったことにする」
タナカは静かに扉を閉め、ガムテープを二重に貼り直した。
「在庫数ゼロ。理由は『他国への亡命』とする」
『……賢明な判断だ。奴らの魂は、まだ刈り取る時期ではないということか』
グリムが納得したように頷いた。
「……終了だ」
午後8時。
ボロボロになった3人は、レジカウンターに帰還した。
リリスは走り疲れてヘトヘト、タナカも泥まみれだ。
しかし、グリムだけは涼しい顔をしている。
『ふむ。……心地よい疲労感だ。数え終えた魂のリストを見るのは悪くない』
グリムは完璧に整合の取れた在庫データを眺め、満足げに言った。
その時。
カサカサッ……。
無人のカウンターの上を、一匹の「消しゴム」がコソコソと逃げようとしていた。
数え漏れだ。
「あっ! 待て!」
リリスが叫ぶ。
『……逃がすか』
グリムが動いた。
大鎌が閃く。
シュンッ!!
『……終わりだ』
消しゴムは真っ二つに両断されていた。
「あーっ!! 商品があぁぁ!!」
リリスが悲鳴を上げる。
『む? ……すまない。つい、いつもの癖で「魂ごと断ち切って」しまった』
「……グリム」
タナカが切断面の綺麗すぎる消しゴムを拾い上げた。
「これ、お前の給料から引いておくからな」
『なっ……!? 我が技術料は考慮されないのか!?』
12月29日。
死神の手による棚卸しは、在庫数の正確さと引き換えに、商品の破損率過去最高を記録して幕を閉じた。
ダンジョン地下99階。ここでは、数を数えるだけでも命と商品が削られる。
【あとがき:死神の資産査定】
グリム『……商品在庫の確認は完了した。最後に、「店舗備品」の棚卸しを行う』
リリス「備品? レジとか棚のことですか?」
グリム『いや、貴様だ』
リリス「えっ」
ピッ♪
グリム『品名:騒がしいサキュバス。状態:疲労困憊。資産価値:10円(見切り品)』
リリス「安っ!! うまい棒レベル!? しかも見切られてる!!」
グリム『次はタナカだ』
ピッ♪
グリム『品名:冷徹なる支配者。状態:通常運転。資産価値:プライスレス(測定不能)』
リリス「なんなんですか!? 機械壊れてません!?」




