第54話:粘液まみれの朝と、集光する「蛾」の夜
朝7時。
朝のミーティングにて、タナカは足元に置いた巨大なバケツをドンと叩いた。
「本日の業務命令だ。……この『ネオン・ナメクジ』500匹を、店の前の枯れ木にすべて貼り付けろ」
「……はい?」
リリスがバケツを覗き込む。
中では、親指大のヌルヌルした軟体生物が、ビッシリと蠢いていた。
「い、嫌ですよぉぉ! 何考えてるんですか!? おぞましい!」
「失礼な。これは『エコな照明器具』だ」
タナカはナメクジを一匹摘み上げた。
「地下水路の固有種でな。刺激を与えると青白く発光する。しかもエサは生ゴミでいい。つまり『電気代ゼロ・メンテフリーのイルミネーション』だ」
「生理的嫌悪感がプライスレスですけど!?」
「文句を言うな。年末の客足が落ちている今、話題作りが必要だ。……グリム、手伝え」
【昼:不審がられるイルミネーション】
昼12時。
リリスとグリムの決死の作業により、店の前の枯れ木はナメクジで埋め尽くされた。
しかし、今は昼間だ。
ナメクジは光っていない。ただの茶色い粘液の塊だ。
「……うわっ。なんだあの木」
「病気か? 腐ってんじゃねぇか?」
通りがかったオークやゴブリンたちが、顔をしかめて遠巻きにしている。
「店長……評判最悪ですよ」
リリスが泣きそうな顔で報告する。
「『ダンジョンマートの前に、呪われたご神木が立った』って噂になってます。子供が泣いてます」
「今はただの『汚物』でいい。……真価を発揮するのは、『日が落ちて』からだ」
【夜:幻想的な反転】
午後6時。
タナカが操作盤のスイッチを切り、ダンジョンの人工照明を落とした。
世界が闇に包まれる。
その瞬間。
ボゥッ……ボワァァァ……。
汚物まみれだった枯れ木が、一斉に輝き出した。
500匹のナメクジが放つ、透き通るようなコバルトブルーの光。
それは呼吸するようにゆっくりと明滅し、まるで深海の珊瑚礁のような幽玄な美しさを醸し出していた。
「わぁ……!」
リリスが息を呑む。
「綺麗……! さっきまであんなに気持ち悪かったのに!」
「光れば中身など関係ない」
タナカは満足げに頷いた。
その美しさは、すぐに魔物たちの目を奪った。
「おい見ろよ! すげぇ綺麗だぞ!」
「ロマンチックだなぁ。写真撮ろうぜ」
昼間は眉をひそめていた客たちが、手のひらを返したように集まってきた。
オークのカップルが光る木の下で愛を語らい、サキュバスたちが自撮りを始める。
タナカの狙い通り、そこは一瞬で「映えスポット」と化した。
タナカはレジからその光景を眺め、ほくそ笑んだ。
「ナメクジの粘液を見上げて感動するとは、幸せな連中だ。……さあ、今のうちにホットドリンクと肉まんを売りさばくぞ」
【深夜:捕食者の飛来】
午後10時。
イルミネーション効果で、店内は大盛況だった。
しかし、タナカは計算に入れていなかった。
自然界において、「暗闇の中の強烈な光」が何を招くかを。
バサッ……バサッ……。
上空から、ヘリコプターのような重低音が響き始めた。
「……ん? 風が強くなってきたか?」
その瞬間。
ドサァァッ!!!!
巨大な影が、光る木に激突した。
「ギャアアアアッ!!」
「な、なんだ!?」
悲鳴が上がる。
青白い光の中に浮かび上がったのは、翼長5メートルはある『ジャイアント・エンペラー・モス』だった。
「キシャアアアア!!」
巨大蛾はナメクジの光に興奮し、複眼をギラギラと輝かせて木に抱きついた。
その拍子に、大量の鱗粉が雪のように舞い散った。
「ゲホッ、ゲホッ!?」
「目が! 目が痒い!」
「粉だ! 毒の粉だァァァ!」
ロマンチックな広場は一瞬で地獄絵図と化した。
しかも、一匹ではない。
光に引き寄せられた巨大蛾が、次から次へと飛来してくる。
バサバサバサバサッ!!!
「店長ーーッ!! 大変です!! イルミネーションが『虫取り網』になってます!!」
リリスが店内に逃げ込んでくる。
窓の外では、巨大な蛾がガラスに「バン! バン!」と体当たりを繰り返している。ホラー映画だ。
「……走光性か」
タナカは冷静だった。
「虫が光に集まるのは自然の摂理。……計算が甘かったな。客より先に『害虫』を集客してしまった」
「感心してる場合ですか!? 店が蛾で埋め尽くされますよ!?」
客たちはパニックになり、「殺虫剤はないか!」「火を出せ!」と叫んでいる。
タナカは瞬時に判断した。
「……商機だ」
タナカは倉庫の鍵を開け、リリスに指示した。
「リリス、『火炎放射器』と『対モンスター用殺虫スプレー』を店頭に出せ」
「えっ?」
「緊急イベントだ。『イルミネーション・防衛戦』を開始する」
タナカはマイクを握り、声を張り上げた。
『お客様にご案内します! 現在、当店のイルミネーションには、レアモンスター『皇帝蛾』が大量発生しております!』
『討伐すれば経験値は莫大! その羽は素材として高値で売れます!』
『今なら、対空迎撃セット(殺虫剤&ライター)を特別価格でご提供中! さあ、光を守る戦いに参加しましょう!』
「……やるしかねぇ!」
「経験値稼ぎのチャンスだ!」
「俺の彼女を守るぞ!」
客たちの目の色が変わった。
彼らは殺虫スプレーを二刀流で構え、外へと飛び出していく。
「死ねェェェ! 害虫どもォォォ!!」
ブシュァァァァ!! ボォォォォォ!!
青白い幻想的な光の中で、炎と殺虫剤が乱れ飛ぶ。
ナメクジの光、蛾の鱗粉、そして火炎放射の炎。
それらが混ざり合い、皮肉にも当初より派手でエキサイティングな光景が広がっていた。
【翌朝:祭りのあと】
朝。
蛾の群れは全滅し、店の前には大量の素材と、黒焦げになったナメクジが転がっていた。
「……ふぅ。片付いたな」
タナカは、鱗粉まみれになった店先を見て頷いた。
殺虫剤の売上と、回収した素材の売却益で、結果的には大黒字だ。
「もう二度とやりませんからね!?」
リリスが泣きながら箒で掃除をする。
「そうか? 客は満足そうだが」
見れば、戦いを終えたカップルたちが、吊り橋効果で愛を深めたり、戦利品を山分けしたりして盛り上がっている。
さらに、焼かれたナメクジが良い匂いを放っており、
「これ美味いぞ!」「塩味が効いてる!」
と、まさかの屋台フードとして消費されていた。
「……たくましいですね、ここの住人は」
「ああ。どんな災害も、彼らにとってはイベントの一つに過ぎん」
タナカは消えかけたイルミネーションを見上げた。
「……だが、来年はLEDにしよう。掃除が面倒だ」
「最初からそうしてください!!」
年末の一日。
朝の不評から夜の絶賛、そして深夜の阿鼻叫喚を経て、ダンジョンマートのイルミネーションは幕を閉じた。
ダンジョン地下99階。ここでは、美しい光には必ず「毒」か「牙」がある。
【あとがき:ナメクジの進化】
リリス「店長、生き残ったナメクジ、どうします? 川に返します?」
タナカ「いや。刺激を与えすぎて、少し変異したようだ」
リリス「え?」
タナカ「見ろ。数匹が合体して、『キング・ネオン・スラッグ』になりかけている」
ズズズ…
リリス「ギャアアア! 溶かされる! 店が溶かされるぅぅ!」
タナカ「……よし、グリム。塩だ。業務用の塩を袋ごと持ってこい」




