第53話:年末の大掃除と、「物理的除霊」
クリスマスの喧騒が去り、ダンジョンマートには静寂……ではなく、「異臭」が漂っていた。
「……臭いです。店長、店が臭いです」
リリスが鼻をつまんで抗議する。
床には、昨夜までの激戦の爪痕が残っていた。
泥酔したオークのゲロ、溶けた雪と泥、ケーキのクリーム、謎の粘液、そして壁に染み付いた「魔物たちの怨念」。
「これ、普通のモップ掛けじゃ落ちませんよぉ……」
リリスがデッキブラシで床をこするが、汚れは頑固だった。
それどころか。
「痛いっ! やめろ!」
「へへっ、くすぐってぇな!」
床のシミから、不気味な声が聞こえてくる。
「ひぃぃっ!? し、シミが喋った!?」
「……ふむ。汚れにダンジョンの魔力が宿り、『悪霊化』しているな」
タナカは冷静に分析した。
ただの汚れではない。これらは「生きている汚れ」だ。物理攻撃は無効化される。
「ならば、こちらも科学の力で対抗するまでだ」
タナカはバックヤードから、黄色いボディの無骨な機械を引きずり出してきた。
「て、店長? それは?」
「『業務用高圧洗浄機・ケルヒャー(改)』だ」
タナカはホースを構え、凶悪な笑みを浮かべた。
「水圧は正義だ。こびりついた汚れも、そこに宿る悪霊も、すべて水流でねじ伏せる」
「グリム、水源を確保しろ。リリス、飛沫が飛ぶから離れていろ」
『御意』
グリムが水道の蛇口を全開にする。
タナカがトリガーを引いた。
ブシャアアアアアアアッ!!!!
凄まじい轟音と共に、超高圧の水流が床に叩きつけられた。
「ギャアアアアアッ!!」
「痛い痛い! 水圧が痛い!」
床のシミたちが断末魔を上げる。
水圧の前では、悪霊の物理耐性など無意味だった。汚れは物理的に剥離され、排水溝へと流されていく。
「ははは! 汚れがゴミのように流れてくぞ!」
タナカは楽しそうにノズルを振り回し、壁、床、天井を無差別に攻撃していく。
みるみるうちに店内の黒ずみが消え、新築のような輝きを取り戻していく。
しかし。
頑固な汚れの親玉、「レジ裏の謎の黒いシミ」だけは、しぶとく耐えていた。
「グヌヌ……負けん……我はこの店の歴史そのもの……!」
「チッ。しつこいな」
タナカは舌打ちし、機械のタンクを開けた。
「ただの水道水では効かないか。……ならば、弾薬変更だ」
タナカが懐から取り出したのは、キラキラと輝く聖なる液体が入ったボトル。
『高濃度聖水(教会直輸入)』だった。
「ちょ、店長!? それはマズいですって!!」
リリスが悲鳴を上げる。
「私たちにとっては猛毒ですよ!?」
「安心しろ。希釈して使う。……濃度500倍だ」
「濃いですよ!! 原液レベルです!!」
タナカは躊躇なく聖水をタンクにドボドボと注ぎ込んだ。
そして、トリガーを引く。
シュバアアアアアアアッ!!!!
噴射された水は、淡い黄金色の光を帯びていた。
「ギョエエエエエエエッ!!!」
「浄化されるゥゥゥゥ!!」
黒いシミから白い煙が上がり、瞬時に消滅した。
効果は抜群だ。
だが、その代償も大きかった。
店内に充満した「聖なるミスト」が、店員たちを襲ったのだ。
『……あ、あぁ……体が……軽い……』
「グリムさん!? 鎧の隙間から光が漏れてますよ!?」
グリムがガクガクと震え、その鋼鉄のボディが神々しく発光し始めた。
アンデッドである彼にとって、気化した聖水は「即死攻撃」に等しい。
『……見えます……お花畑が……』
「寝るなグリム! 三途の川を渡るな! まだシフト中だぞ!」
「きゃあああ! 私も! 私も肌が焼けるぅぅ!」
リリスも悲鳴を上げる。
「ツルツルになる! お肌の角質と一緒に、魔族としてのアイデンティティが剥がれ落ちるぅぅ!」
「動くな! ここで止めたら菌が残る!」
タナカは慈悲を見せず、店内全域に聖水シャワーを撒き散らし続けた。
1時間後。
「……完了だ」
タナカは満足げに洗浄機のスイッチを切った。
そこには、かつてないほど「神聖な空間」と化したコンビニがあった。
床は鏡のように輝き、空気は清浄そのもの。
微かに賛美歌のような幻聴さえ聞こえる。
「……ふぅ。完璧な仕上がりだな」
タナカが振り返ると、そこには――。
全身がプラチナのように輝く「聖騎士」のようなグリムと、邪気が抜け落ちて「天使」のような顔つきになったリリスが、床に倒れていた。
『……解脱するかと思った……』
「……私、もう悪いことしません……ポテチのつまみ食いもしません……」
二人は瀕死だったが、店は見事に浄化された。
カランコロン♪
そこへ、開店と同時に最初の客が入ってきた。
「うぅ~……肉ぅ……」
ゾンビが一歩、店内に足を踏み入れた瞬間。
ジュワッ!!
「アッつ!!?」
ゾンビの足から煙が上がった。
「な、なんだここは!? 結界か!? 神殿か!?」
「清められすぎてて入れねぇ!!」
店の外にいた魔物たちが騒ぎ出す。
今のダンジョンマートは、「聖域」レベルまで浄化されており、不浄な魔物は入店するだけでダメージを受ける仕様になっていたのだ。
「……あ」
タナカは気づいた。
綺麗にしすぎたせいで、「客が入ってこれない店」になってしまったことに。
「……やりすぎたか」
タナカは舌打ちし、リリスに命じた。
「おいリリス。店の前に『盛り土』をしておけ」
「えっ? 汚すんですか?」
「結界強度を下げるんだ。あと、芳香剤の代わりに『腐った肉』を置け。……少しは汚くないと、客が落ち着かんらしい」
結局、ピカピカになった店は、わずか数分でタナカの手によって「程よく薄汚れたコンビニ」へと再調整された。
ダンジョン地下99階。ここでは、「清潔感」がありすぎると、逆に客足が遠のく。
【あとがき:グリムの輝き】
リリス「……あー、死ぬかと思った。でも見てください店長、グリムさんがピカピカですよ」
タナカ「鏡面仕上げだな」
グリム『……不本意だ。闇に紛れるべき暗黒騎士が、こんなに光を反射しては……』
タナカ「いいじゃないか。照明代わりになる」
グリム『……』
タナカ「よし、今夜のシフトは、電球を消して『グリムの輝き』だけで営業するぞ。エコだ」




