第51話:聖夜の終わりと、沈黙する「無慈悲なセルフレジ」
12月25日、23時50分。
怒涛のクリスマス営業が終わり、ダンジョンマートはようやく静寂を取り戻していた。
「……リリス。搬入だ。手伝え」
タナカが指示すると、裏口から業者が「白い巨大な筐体」を3台運び込んできた。
それを見た瞬間、死んだ魚のような目で休んでいたリリスが、弾かれたように飛び退いた。
「ヒィィッ!! れ、レジ!? 新しいレジですか!?」
「そうだ。以前から計画していた『完全無人セルフレジ』だ」
「嫌ぁぁぁぁ!! お願いです店長、それだけは!!」
リリスが半狂乱になってタナカの足にしがみついた。
「また『ミミック』なんですか!? また私の……私の『胸の秘密』を店内に大音量で放送する気なんですかぁぁぁ!!」
「……騒ぐな。アレとは仕様が違う」
タナカは冷ややかにリリスを見下ろした。
かつて試験導入した『自動精算機 ミミック-2000』。
あれは「鑑定スキル・レベル99」を搭載した、防犯特化型の生体レジだった。
だが、性能が過剰すぎた。
客の装備を「ゴミ」と断じ、化粧品を「泥」と看破し、リリスの胸を「虚構」と暴いた結果、客単価と従業員のメンタルを著しく低下させた。
あれは、接客業には不向きな「欠陥品」だった。
「今回の機種に、AIや人格は搭載していない。ただバーコードを読み取り、決済するだけの『単なる機械』だ」
「ほ、本当ですか……? 私の胸をスキャンして笑ったりしませんか?」
「機械は笑わん。……それに、お前の胸の真実など、売上には1円の影響もない」
タナカは淡々と梱包を解いた。
現れたのは、感情のない液晶画面と、冷たいスチール製のボディを持つ機械だった。
「こいつは余計なことを喋らない。客のプライドを傷つけず、ただ淡々と金を回収する。……これこそが『究極の接客』だ」
タナカは満足げに筐体を撫でた。
「稼働は明日からだ。リリス、マニュアルを読んでおけ。客への操作説明はお前の仕事だ」
「えっ、無人なのに説明がいるんですか?」
「当店の客層を考えろ。最初はサポートが必要だ」
翌日、12月26日。
セルフレジの運用が始まった。
タナカの狙いは完璧に見えた。
「喋らないレジ」ならば、客と喧嘩になることもないはずだ。
しかし、タナカは計算に入れていなかった。
日本の工業製品が誇る「安全・確認機能の多さ」が、魔物たちにとっては「難解な儀式」以外の何物でもないことを。
ケース1:【確認地獄】
最初の利用者は、気のいいオークだった。
彼はカゴいっぱいのおにぎりを抱えている。
「へえ、自分でやるのか。ハイテクだな」
オークは画面に従い、商品をスキャンした。
『ピッ』
順調だ。しかし、会計ボタンを押した瞬間、画面にポップアップが出た。
『レジ袋はご利用ですか? 【はい/いいえ】』
「ん? いらねぇよ」
オークは太い指で『いいえ』を押す。
『ポイントカードはお持ちですか? 【はい/いいえ】』
「ねぇよ」
『いいえ』を押す。
『年齢確認が必要です。あなたは20歳以上ですか? 【はい/いいえ】』
「あ? 俺は5歳(成獣)だが?」
オークの手が止まる。
オーク族は3歳で大人になり、寿命は短い。人間基準の「20歳」は、彼らにとっては老人だ。
「えっと……ハイでいいのか?」
彼が迷ってボタンを押そうとすると、画面が切り替わった。
『お箸はお付けしますか? 【はい/いいえ】』
『レシートは必要ですか? 【はい/いいえ】』
『画面のアンケートにご協力ください』
「あああああ! うっせぇぇぇ!!」
オークが吠えた。
「質問が多いんだよ! 俺はただ飯を買いたいだけなんだ! 尋問かこれはァ!!」
ケース2:【重量センサーの拒絶】
次は、ゴーストの客だ。
彼はスナック菓子を一つ手に取った。
『ピッ』
スキャン成功。彼は商品を「袋詰めエリア」に置いた。
『テローン♪ 商品を置いてください』
「……置いたぞ?」
『テローン♪ 商品を置いてください』
ゴーストが置いたスナック菓子が、浮遊霊の特性で**「微妙に宙に浮いていた」**。
重量センサーが反応しない。
「置いてるだろ! ほら!」
ゴーストが商品を押し込むが、手を離すとまたフワリと浮く。
『テローン♪ 係員をお呼びください』
『テローン♪ 係員をお呼びください』
『テローン♪ 係員を……』
「店長ーーッ!!」
ゴーストが泣きながらタナカを呼ぶ。
タナカは無言でレジに行き、商品を指で押さえつけて強制的に認識させた。
「……次からは、浮かない商品を買ってください」
「無茶言うなよ!」
ケース3:【認証エラーの無限ループ】
最後に来たのは、スケルトンだ。
彼は慣れた手つきで画面を操作しようとした。
しかし、彼の指は「骨」だ。静電容量式タッチパネルは反応しない。
「……リリスさん、押してくれ」
「はいはい」
リリスが横からボタンを押す。
スケルトンが商品をかざす。リリスがボタンを押す。スケルトンが財布を出す。リリスが投入ボタンを押す。
「……これ、私がレジ打ちしてるのと変わりませんよね?」
リリスがジト目でタナカを見た。
タナカは腕組みをしたまま、眉間を揉んだ。
「……計算違いだ」
タナカは認めたくなかったが、認めざるを得なかった。
ミミックのような「暴言」は吐かない。
だが、この機械はあまりにも「融通が利かない」。
「魔物たちの特徴と、知能レベルに対し、日本のUI設計はあまりに繊細すぎたか……」
夕方。
3台のセルフレジの前には、それぞれリリス、グリム、タナカが立ち、客の代わりに操作を行うという本末転倒な光景が広がっていた。
「はい、袋いりますかー? ポイントカードないですねー。年齢確認押しますねー」
リリスが虚ろな目で画面をタップし続ける。
「無人レジ」のはずが、実質「店員が操作する有人レジ(ただし手間は倍)」になっていた。
「……撤去だ」
タナカは静かに告げた。
「えっ? もう諦めるんですか? ミミックの時よりは平和ですよ?」
「いいや。『時間単価』が見合わん」
タナカはレシートの束を睨みつけた。
「客が操作に迷う時間、エラー解除にかかる私の工数。これらを計算すると、お前たちが手打ちした方が、処理速度が1.5倍速い」
タナカは電源コードを引き抜いた。
プツン。画面が消える。
「機械に罪はない。だが、使う側が原始人すぎた。……時代が追いつくまで、倉庫行きだ」
「やったぁぁ! 結局私が必要なんですね!」
リリスが喜ぶ。
「ああ。喜べリリス。明日からは再び、腱鞘炎になるまでレジを打ってもらう」
タナカは冷徹に言い放ち、白い筐体に『故障中』の張り紙をした。
こうして、二度目のレジ革命も失敗に終わった。
ダンジョンのコンビニにおいて、最強の決済システムとは、やはり「文句を言いつつも柔軟に対応する社畜」であることが証明されたのだった。
ダンジョン地下99階。ここでは、「便利さ」を追求すると、かえって「不便」になる呪いがかかっている。
【あとがき:レジの再就職先】
リリス「店長、あの撤去したセルフレジ、どうするんですか? 返品できないんですよね?」
タナカ「ああ。倉庫で眠らせるのは資産の無駄だ。……そこで、『別の用途』で再稼働させることにした」
リリス「えっ? 使えるんですか?」
タナカ「バックヤードの従業員通用口に設置した」
リリス「はあ」
タナカ「『笑顔判定システム』をインストールしておいたぞ。出勤時、カメラに向かって『輝くような満面の笑み(スコア90点以上)』を作らないと、タイムカードが押せない仕様だ」
リリス「うわぁ……最悪の再利用法……」




