第50話:凍てつく聖夜の朝と、「ブラック・サンタ」
12月25日、朝6時50分。
メリークリスマス。
世間では子供たちが枕元のプレゼントに歓声を上げている時間だ。
しかし、ダンジョンマートの店内は、お通夜のような静けさに包まれていた。
「……店長。外のモニター、見ますか?」
「いや、見たくないが……確認業務だ。映せ」
リリスが震える手でスイッチを入れる。
そこに映っていたのは、「氷像」の群れだった。
昨夜23時に店を追い出され、行き場を失った魔物たちが、シャッターの前で互いに身を寄せ合い、カチコチに凍りついていたのだ。
その数、数百体。
まるで地獄のペンギンコロニーである。
「……生存確認は?」
「ピクピク動いてます。ギリギリ生きてますね」
「そうか。なら客だ」
タナカは温かいコーヒーを一口啜り、開店準備を整えた。
ウィィィィン……ガガガ……。
朝7時00分。シャッターが上がる。
いつものような「開店ダッシュ」は起きなかった。
パキッ……ピキッ……。
凍りついた魔物たちが、関節を軋ませながら、ゾンビのようにゆっくりと店内へ這い入ってきた。
「あ、あったかい……」
「天国だ……」
「おでん……おでんの汁をくれ……」
彼らは商品を選ぶ気力すらなく、暖房の効いた店内の床に崩れ落ちていく。
床がみるみるうちに、溶けた雪と泥で汚れていく。
「いらっしゃいませ。……汚いな」
タナカは顔をしかめた。
「お客様、通路で解凍するのはやめてください。商品を買わないなら暖房費を請求しますよ」
タナカの無慈悲な声に、一人の客がカウンターに這い寄ってきた。
赤い服を着た、厳つい爺さん――『ブラック・サンタ』だ。
「……おい、店主……」
サンタは真っ赤な目(充血)でタナカを睨みつけた。
「昨日の深夜2時……ここに来たんだぞ……」
「はあ。閉店中ですが」
「『単3電池』だ!!」
サンタがカウンターをバンと叩いた。
「子供に配る『動く骸骨のおもちゃ』の電池が! 配達中に切れたんじゃ! ここで買おうと思ったのに、シャッターが閉まっておって……!」
「それはお困りでしたね」
「おかげで、電池のない『動かない骸骨』を配る羽目になった! 子供たちのガッカリした顔! 親からのクレーム! どうしてくれるんじゃ!」
ブラック・サンタだけではない。
「深夜にケーキを買おうとした親」や「パーティーの氷が足りなくなった幹事」たちが、口々に恨みを叫び始めた。
『俺たちにとって、深夜こそが活動時間なんだ!』
『コンビニが夜に閉まっているなんて、ライフラインの断絶だ!』
店内は、暖を求めるゾンビと、クレームを入れる夜勤明けの魔物たちでカオスと化していた。
「……ふむ」
タナカは電卓を叩いた。
(深夜の光熱費削減額)-(朝の清掃コスト)-(機会損失額)=……。
「……リリス」
「はい、店長」
「おでん鍋の温度を上げろ。あと、サンタには『お詫びの品セット(電池&クッキー)』を定価で売りつけろ」
タナカはため息をついた。
「どうやら、このダンジョンの住人どもには、『健康的な生活』も『計画的な買い物』も不可能だったようだな」
その日の昼。
店内は、泥だらけの床をモップ掛けするリリスの姿があった。
「もう! 拭いても拭いても泥だらけですぅ! これなら夜中に少しずつ来てもらった方がマシですよぉ!」
タナカは腕組みをして、汚れた床と、疲れ切った従業員、そして不満たらたらの客たちを見渡した。
「……検討するか」
「え?」
「24時間営業の再開だ」
タナカは苦々しい顔で言った。
「清掃業者を入れるコストと、顧客満足度の低下による長期的な売上ダウン。これらを天秤にかけると、深夜にワンオペで店を開けておいた方が、トータルコストが安いという結論に至った」
「本当ですか!? やったー! ……って、あれ? 私の夜勤が復活するってことですか?」
リリスが青ざめる。
「安心しろ。深夜帯は『完全無人セルフレジ』の導入を検討中だ。お前は家で寝ていていい」
「店長ぉぉ! 大好きですぅ!」
「ただし」
タナカは付け加えた。
「導入までの繋ぎとして、今夜から年末年始にかけては、お前が泊まり込みだ」
「撤回! 前言撤回ー!!」
クリスマスの朝。
ダンジョンのコンビニは、泥とクレームにまみれながら、「やっぱり24時間開いてないと社会が回らない」という現代の真理に到達していた。
ダンジョン地下99階。ここでは、利便性を一度手放すと、倍のコストを払って取り戻すことになる。
【あとがき:サンタの復讐】
ブラック・サンタ「ふん。電池は買った。……だが店主、この恨みは晴らさせてもらうぞ」
タナカ「何をする気ですか」
ブラック・サンタ「貴様の靴下に、『大量の石炭』を詰めておいてやったわ! 処分に困るだろう! ギャハハ!」
リリス「あーあ、嫌がらせされちゃいましたね」
タナカ「リリス、この石炭、バックヤードのストーブにくべろ。良質な燃料だ。これで灯油代が浮いたな」
リリス「サンタさん、相手が悪すぎます……」




