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第5話:500歳のエルフと、年齢確認タッチパネル

「さ、寒いぃぃ……! なんで冷蔵庫の裏側ってこんなに極寒なのよぉ……!」

『ダンジョンマート』の店内奥。

ペットボトル飲料が並ぶ陳列棚の裏側――通称「ウォークイン」と呼ばれる巨大冷蔵庫の中で、サキュバスのリリスが震えていた。

薄着のボンテージ衣装にポロシャツ一枚という装備の彼女にとって、ここは死の世界に近い。

「文句言うな。そこの『聖水ミネラルウォーター』、あと2列補充しとけ。ちゃんとラベルを正面に向けてな」

表側の売り場から、タナカの声が飛んでくる。

「ううっ……タナカ店長の鬼ぃ……! 悪魔ぁ……!」

リリスは涙目で、重たい段ボールからペットボトルを取り出し、斜めになったラックへと並べていく。

ガコン、ガコン、という音と共に、商品は重力に従って表側の取り出し口へと滑り落ちていく。


ふと、棚の隙間から、商品を手に取ろうとする客の目が見えた。

リリスは慌てて身を隠す。

補充中に客と目が合うと、なんとも言えない気まずい空気が流れるのだ。これはコンビニ店員共通の「あるある」だった。

一方、レジカウンター。

「いらっしゃいませー」

タナカの前に立ったのは、身長130センチほどの、可憐な少女だった。

金色の髪、長い耳、そして透き通るような翠玉の瞳。

誰がどう見ても、森の妖精――エルフの美少女だ。年齢は人間で言えば10歳前後だろうか。

しかし、彼女がカウンターにドン!と置いたカゴの中身は、可愛らしくなかった。


• 『激辛・炎のポテトチップス』 × 5袋

• 『ドワーフの火酒(アルコール度数96%)』 × 1瓶

• 『おつまみサラミ(徳用)』


完全に、晩酌をするオッサンのチョイスである。

「……」

タナカは無言でバーコードをスキャンしていく。

ピッ、ピッ、ピッ。

そして、最後の『火酒』を通した瞬間。

レジが**「ピンポーン」**という電子音と共に、機械的なアナウンスを流した。

『年齢確認が必要です。画面のボタンを押してください』

タナカは手慣れた様子で、客側のタッチパネルを指差した。

「画面の確認ボタン、押してもらっていいっすか?」

少女――ハイエルフの長老・エルウィンは、不機嫌そうに眉をひそめた。

「……あ? なにゆえ、そのような手間をかけさせる?」

声は幼いが、喋り方は完全に老人だった。

「未成年にお酒売れない決まりなんで。ボタン押さないとレジ進まないんすよ」

その言葉を聞いた瞬間、エルウィンの顔が朱に染まった。

それは羞恥ではなく、激怒だった。

「ぶ、無礼者ぉぉッ!!」

ドンッ!

エルウィンがカウンターを小さな手で叩く。

「貴様、余の顔を知らぬか!? 森の賢者エルウィンじゃぞ!? 今年で500歳になるわ! 誰が未成年じゃ! 人間風情が余を子供扱いするとは、万死に値する!!」

「あー、はいはい。見えないんで」

タナカは全く動じない。

「500歳でも見た目小学生なら押してもらうことになってるんで。早く押してください、後ろつかえてるんで」

「ぐぬぬ……! この屈辱……! 覚えておれよ……!」

エルウィンはギリギリと歯噛みしながら、しぶしぶタッチパネルに人差し指を伸ばした。


彼女は勢いよく、液晶画面の【20歳以上です】というボタンを突いた。

……スカッ。

画面は反応しない。

「あん?」

エルウィンはもう一度、強く押した。

グイッ。

反応しない。

「な、なぜじゃ!? 押しておるぞ!?」

「あー……」

タナカは気だるげに、残酷な事実を告げた。

「お客さん、指先乾燥してません?」

「は?」

「そのパネル、静電容量式なんで。お年寄り……じゃなくて、肌の水分量が少ないと反応しないことあるんすよね」

「カ……カサカサ……だと……?」

エルウィンが固まった。

500年の歳月を経て極めた魔力も、叡智も、この最新式レジの前では無力。

突きつけられたのは、「指先が乾燥している」という老化の現実。


「ば、馬鹿な! 余の肌は若作りの魔法でピチピチのはずじゃ! 毎日『エルフの秘薬』をつけておるのに!」

「魔法で見た目は変えられても、導電性は変わんないんじゃないっすか? ほら、指に息吹きかけて湿らせてから押してみてください」

「くっ……! くうぅぅ……!」

プライドの高い森の賢者が、レジ前で自分の指に「ハーッ、ハーッ」と息を吹きかける。

その姿は、スーパーの袋が開けられなくて指を濡らすお年寄りと完全に一致していた。

「……えいっ」

ペチッ。

『承認されました』

「はぁ、はぁ……。勝った……」

エルウィンは肩で息をしながら、勝利の余韻に浸った。

ただ酒を買うだけで、ドラゴン討伐並みの精神力を消費していた。

「お会計、2480円になりまーす」


「あー、寒かった! 指がかじかんで動かないわー!」

ちょうど会計が終わったタイミングで、補充を終えたリリスがウォークインから出てきた。

彼女はレジ前の客を見て、パッと表情を明るくした。

「あ! エルウィン様じゃないですか! お久しぶりです~!」

「ゲッ。サキュバスの小娘……」

エルウィンがバツが悪そうに顔を背ける。

「また買い出しですか? 相変わらず**『若作り魔法』**の精度すごいですね~! 近くで見ても10代にしか見えませんよ! 無理しちゃって~」

「う、うるさいわ! これは仮の姿じゃ!」

「でも指先は正直ですよね! 私も最近、肌荒れが気になってて~」

「言うな! 貴様ら、全員火だるまにしてくれるわ!!」

エルウィンは真っ赤になって、酒の瓶を抱えて逃げるように店を出て行った。

自動ドアの向こうから、「二度と来るかぁ!」という捨て台詞が聞こえる。

タナカは遠い目をして呟いた。

「……長生きも大変だな」

「え? 何の話です店長?」

「いや。それよりリリス、お前ホットスナックの廃棄チェックした?」

「あ、忘れてた!」


ダンジョン地下99階。

ここでは種族や年齢に関係なく、乾燥肌とタッチパネルの戦いは平等に訪れるのである。

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