第49話:聖夜の強制閉店と、「クリスマス・プレゼント」
12月24日、22時00分。
世間が聖なる夜に浮かれる中、ダンジョン地下99階『ダンジョンマート』は、異様な熱気に包まれていた。
「店長! 追加の『藁人形』完売しました! 『五寸釘』も残りわずかです!」
リリスが空になった棚を見て叫ぶ。
店内を埋め尽くしているのは、地上のカップル勇者たちを妬む、独り身の魔物たちだ。
「ふん、需要があるところに供給する。商売の基本だ」
タナカは特設コーナーのPOPを淡々と張り替えた。
【聖夜粉砕セット(火薬・藁人形・点火棒):特別価格 1,980円】
「店長、すごい売上ですね! クリスマスってこんなに儲かるイベントだったんですね!」
「ああ。『嫉妬』という感情は、金に変わる最高の資源だ。石油よりも燃費がいい」
タナカは事務的に、レジに並ぶオークへ火炎瓶セットを手渡した。
「毎度どうも。店内での点火は消防法により禁止されています。ご注意ください」
22時30分。
店内のボルテージは最高潮に達していた。
「よし野郎ども! 聞けぇ!」
音頭を取ったのは、非モテ歴300年の『オーク・ジェネラル』だ。
「日付が変わる『深夜0時』になった瞬間、この火炎瓶を持って地上の教会へ突撃だ! 聖なる鐘を破壊し、リア充どもを恐怖のどん底へ叩き落とすぞ!」
「「「オオオオオッ!!」」」
「それまでは、この暖かい店内で作戦会議だ! カップ麺とおにぎりを買い込め!」
彼らにとって、このコンビニは決戦までの快適な「待機所」だった。
しかし。
その目論見は、無慈悲なチャイムによって打ち砕かれた。
ピンポンパンポーン♪
『お客様にご案内申し上げます』
タナカのよく通る、しかし抑揚のない声がスピーカーから響き渡った。
『本日の営業は23時までとなります』
店内が静まり返った。
『繰り返します。あと30分で完全閉店となります。お買い忘れのないよう、レジへお進みください』
「えっ……!?」
「ちょ、ちょっと待てぇぇぇ!!」
オークたちがレジに殺到した。
「23時閉店だと!? 俺たちの決戦は深夜0時だぞ!?」
「あと1時間、どこで待てって言うんだ! 外は氷点下だぞ! 凍死しちまう!」
「店長! 頼むよ! せめて0時半まで開けてくれ!」
悲痛な叫びがこだまする。
だが、タナカは業務用のスマイルを崩さず、時計を指差した。
「申し訳ありませんが、規定ですので」
タナカは淡々と説明した。
「22時以降は労働基準法に基づき、『深夜割増賃金』が発生します。加えて本日は祝日。これ以上の人件費投下は、当店の採算ラインを割り込みます」
「わぁ、私の残業代を払いたくないだけなんですね!」
リリスが明るく毒を吐くが、タナカは聞こえないふりをした。
「……さて、あと25分です」
タナカはマイクを握り直し、流暢なセールストークを開始した。
『お客様。ご存知の通り、現在の店外気温はマイナス10度。……そこで当店では、路頭に迷う皆様のために緊急防寒グッズをご用意いたしました』
タナカがワゴンをガラガラと押してきた。
『こちらの「使い捨てカイロ(貼るタイプ)」、および「高保温アルミシート」。需要高騰につき少々値上げしておりますが、命には代えられないかと』
「……足元を見やがって!」
「いえいえ、購入は自由ですよ。外で1時間、精神統一するのもまた一興かと」
タナカは自動ドアのスイッチを切り、「退店専用モード」に切り替えた。
「くっ……か、買います! カイロ10個くれ!」
「俺にもだ! ホットココアもだ! つり銭はいらねぇ!」
背に腹は代えられない。
魔物たちは泣きながら、藁人形と一緒にカイロや手袋をカゴに放り込み始めた。
22時55分。
店内に『蛍の光』が大音量で流れ始めた。
日本人がDNAレベルで「帰らなきゃ」と感じる、強制退去のメロディだ。
「はい、閉店時間です。レジを締め切ります」
タナカは店内の照明を半分落とし、薄暗くすることで心理的な圧力をかけた。
「お客様、退店をお願いします。警備システムが作動しますので」
「鬼! 悪魔! 商売人の守銭奴ー!」
魔物たちはタナカの事務的な誘導に従い、しぶしぶと極寒の通路へと出ていく。
「くそっ、覚えてろタナカ! 来年こそは……!」
「風邪ひかないでくださいねー! 頑張ってくださーい!」
リリスが手を振り、最後のオークが自動ドアをくぐった。
23時00分。
ガシャン……ウィィィン……ドォン!
重厚なシャッターが完全に閉じた。
外からは、寒さに震えながら0時を待つ魔物たちの悲鳴と、歯に衣着せぬ呪詛が微かに聞こえるが、防音シャッターのおかげで店内は静寂そのものだ。
「ふぅ……業務終了だ。これで光熱費も浮く」
タナカはレジの精算ボタンを押し、長く伸びたレシートを見て満足げに頷いた。
「店長、お疲れ様でした! メリークリスマス!」
リリスがサンタ帽を脱ぎながら伸びをする。
「早く帰って寝ましょう!」
「ああ。……その前に」
タナカはホットスナックのケースを開けた。
そこには、売れ残って乾燥しきった『プレミアム・ローストチキン』が一本だけ残っていた。
「これ、廃棄登録しておいた。持って帰って食え」
タナカは油紙に包んだチキンをリリスに渡した。
「えっ? いいんですか?」
「廃棄コストの削減だ。ゴミとして出すより、従業員の胃袋に入れた方が処理費用がかからん」
タナカは素っ気なく言い捨て、バックヤードへと向かった。
「……ふふっ。ありがとうございます!」
リリスはまだ少し温かいチキンを大事に抱え、満面の笑みを浮かべた。
たとえ理由が「コスト削減」でも、彼女にとっては最高のクリスマスプレゼントだったのだ。
ダンジョン地下99階。ここでは、聖夜の奇跡も「在庫処分」という形で行われる。
【あとがき:次なる商戦へ】
リリス「店長、ニュース見ました? 昨日のオーク軍団、寒すぎて教会に辿り着く前に解散したらしいですよ」
タナカ「それは好都合だ」
リリス「え? 作戦失敗ですよ? 可哀想じゃないですか」
タナカ「奴らの『怨み』が発散されずに残ったということだ。……その行き場のない鬱憤は、来月2月14日に倍増して爆発する」
リリス「あ……(察し)」
タナカ「売れ残った藁人形と火薬は片付けるなよ。『バレンタイン粉砕セット・真打』として、パッケージを変えて1.5倍の価格で売りさばくからな」
リリス「転んでもタダでは起きないですね……!」




