第48話:暗闇のラジオ体操と、猛烈なる「LEDの光」
「……店長、外の様子がおかしいです」
朝6時50分。開店10分前。
リリスがバックヤードの暗視モニターを指差して言った。
「また昨日のように、暴動が起きているのか?」
「いえ、逆です。……整列してます。真っ暗闇の中で」
タナカがモニターを覗き込むと、そこには異様な光景が広がっていた。
地下99階の漆黒の闇の中、赤外線カメラに映る数百の白い影。
先頭に立つのは、骨だけの身体を持つ『スケルトン・ジェネラル』だ。
彼が指揮棒を振ると、携帯魔導具から軽快なピアノの伴奏が流れ始めた。
『魔界ラジオ体操・第一ー!!』
「「「オオオオオッ!!」」」
数百の魔物たちが、一斉に腕を振る。
完全な闇の中、骨が擦れる音と、鼻息だけが響くシュールな空間だ。
♪チャン・チャカ・チャン・チャン……
「腕を回してー! 関節の確認ー!」
ボキボキボキッ!!
一斉に骨を鳴らす音が、地下空洞にこだまする。
「背伸びの運動ー! 『光』に備えてー!」
最後列にいる『ヴァンパイア・ロード』たちが、悲壮な覚悟でマントを頭から被り、顔に白いクリームを厚塗りしている。
「……なんだあれは」
「あのクリーム、うちで売ってる『超強力ブルーライトカット・クリーム』ですね……」
リリスが呆然と呟く。
「どうやら彼らは学習したようだな」
タナカは冷静に分析した。
「夜行性の彼らにとって、この時間は深夜の熟睡タイム。それを無理やり叩き起こし、開店と同時に浴びせられる『アレ』に耐えるため、体操で自律神経を整えているわけだ」
「涙ぐましい努力ですね……。パンを買うためにそこまで……」
そして、朝7時00分。
「時間だ。『スイッチ・オン』」
タナカが無慈悲に操作盤のスイッチを押した。
バチィィィンッ!!!!
その瞬間。
店の外壁に設置された『超高輝度LED看板』と、店内の『業務用・昼光色蛍光灯』が一斉に点灯した。
漆黒の闇に慣れきった魔物たちの網膜を、文明の暴力的な光が直撃する。
『グアアアアアアッ!!』
『目がァァァ! 目が焼けるゥゥゥ!!』
ヴァンパイアたちがのたうち回る。
太陽など存在しない地下世界において、コンビニの照明こそが、彼らを焼き尽くす「疑似太陽」なのだ。
「いらっしゃいませー!」
シャッターが上がり、リリスが声を張り上げる。
「さあ、開店だ。光に群がる虫のように入ってくるぞ」
タナカの予言通り、魔物たちは涙目になりながら、店内になだれ込んできた。
「おはようございます……!」
「め、目薬を……目薬をください……!」
彼らが最初に手に取るのは、食料ではない。
「今日の朝食は……この『モーニング・Aセット(目薬&サングラス)』だ!」
「寝不足の頭にはこれに限る! 『カフェイン増量・覚醒ポーション』!」
タナカが新設した「対・閃光コーナー」の商品が、爆発的に売れていく。
「ふむ。昨日の反省を踏まえ、アイケア商品とカフェイン飲料を拡充しておいて正解だったな」
タナカはレジを打ちながら、ほくそ笑んだ。
「このサングラス、100均の玩具だが『闇の加護付き』と書けば500円で売れる」
「悪徳商法じゃないですか!?」
その日の午後。
ダンジョン内に異変が起きた。
「ようこそ! 勇者一行様ァァッ!!」
「ヒャッハァァ! 今日も眩しいですねぇぇ!!」
ダンジョンに侵入した勇者パーティは、戦慄していた。
遭遇する魔物たちが、どいつもこいつも「目が真っ赤に充血し、異常なハイテンション」なのだ。
「な、なんだこいつら……!? 動きがキレッキレだぞ!?」
「くっ! ゾンビがカフェインの過剰摂取で震えながら襲ってくる! 怖すぎる!」
勇者たちは、魔物たちの「寝不足によるナチュラル・ハイ」に気圧され、調子を崩していた。
陰湿さはないが、代わりに「狂気」が満ちていた。
「……店長、魔王城からクレームの電話です」
夕方。
リリスが受話器を押さえて言った。
「『ダンジョンの照明が明るすぎて、生態系が狂っている』『不眠症の魔物が増えて医療費がかさむ』だそうです」
「知ったことか」
タナカは即答した。
「当店の目的は売上の最大化だ。彼らが生活リズムを店に合わせているだけのこと。文句があるなら、遮光カーテンでも配給すればいい」
タナカは電話を切り、明日の発注端末を操作した。
「明日はもっと寝不足が増えるぞ。『安眠枕』と『睡眠導入剤』を入荷しておけ。あと、ラジオ体操のカードにスタンプを押すサービスも始めるぞ」
「は、はい……」
短縮営業2日目。
魔物たちの生活リズムは崩壊し、ダンジョンはかつてないほど「目が冴え渡った狂気」に包まれていた。
だがタナカはまだ気づいていなかった。
この「無理やりな朝型生活」が、魔物たちの体に限界を超えた「反動」をもたらすことに。
ダンジョン地下99階。ここでは、コンビニのLED照明こそが、魔物を焼き、そして狂わせる太陽である。
【あとがき:吸血鬼のサングラス】
ヴァンパイア「……ぐぅ。LEDの光が……網膜を焦がす……」
タナカ「お客様、目が真っ赤ですよ。結膜炎ですか?」
ヴァンパイア「誰のせいだと……! パンを買うために、直射日光(蛍光灯)の下へ特攻するなど……」
タナカ「そうですか。では、こちらの『遮光率99.9%・溶接用ゴーグル』をどうぞ」
ヴァンパイア「前が見えんではないか!! 転んで死ぬわ!!」




