第47話:24時間営業の廃止と、深夜の「シャッター難民」
「本日をもって、当店の24時間営業を終了する」
朝のミーティング。
タナカは、タブレットの売上データを見ながら淡々と告げた。
「えっ!? ホントですか店長!?」
リリスが目を丸くする。
「深夜帯の光熱費と人件費が、売上に見合っていない。よって、本日から【7:00~23:00】の短縮営業とする」
「やったー! これで夜はゆっくり眠れますね!」
リリスが無邪気に喜ぶ。
しかし、彼らは忘れていた。
ここが、「夜こそが活動時間」である魔物たちが跋扈する、ダンジョン最深部であることを。
その日の23時00分。
ガシャン……ウィィィィン……ドォン!!
店の入り口に、新設された『ミスリル合金製・対城壁級シャッター』が重々しい音を立てて降りた。
店内は静寂に包まれ、外の景色は遮断された。
「ふむ。これで防犯対策も完璧だな。……さて、閉店作業だ」
タナカは満足げに頷き、リリスと共にレジ締めを始めた。
しかし、その5分後だった。
ドンドン! ドンドン! ガリガリガリ……!
シャッターの向こうから、何かを叩くような音と、不穏な物音が聞こえ始めた。
「ん? なんだ?」
「て、店長……モニターを見てください……」
防犯カメラの映像を見たリリスが、顔を引きつらせた。
そこには、大量のゾンビ、グール、吸血鬼たちが、閉ざされたシャッターの前に集結していた。
彼らの目は血走り、絶望に満ちている。
『あ、開かない……? なぜだ……?』
『俺たちの夜食が……』
『仕事前のコーヒーがないと……働けないよぉ……』
彼らにとって、夜の23時は「おはようございます」の時間。
人間界で言えば、「朝の通勤ラッシュ時に、駅の売店が全部閉まっている」ような絶望的状況なのだ。
「……なるほど。彼らのライフスタイルを考慮していなかったな」
タナカは冷静に分析した。
「ですが店長! なんだか暴動が起きそうですよ!? 開けなくていいんですか?」
「営業時間は終了した。ルールはルールだ」
タナカはマイクのスイッチを入れると、外部スピーカーでアナウンスした。
『お客様にご案内申し上げます。当店は働き方改革のため、営業時間を終了いたしました。明日の開店は朝7時となります。ご了承くださ――』
『ふざけるなぁぁぁぁ!!』
『俺たちは今起きたんだぞぉぉぉ!!』
『腹減ったぁぁぁ! パンをよこせぇぇぇ!!』
ドォン! ドォン!!
ミスリルのシャッターが悲鳴を上げる。
ゾンビたちが爪でひっかき、オークがタックルし、吸血鬼が霧になって隙間を探す。
まるでゾンビ映画の「籠城戦」だ。ただし、彼らが求めているのは人間の肉ではなく、「焼きそばパン」と「エナジードリンク」である。
「……すごい執念だな」
タナカは少し感心したように言った。
「ミスリル製にしておいて正解だった。普通のシャッターなら、今ごろ『おにぎりコーナー』が略奪されていただろう」
「感心してる場合ですか!? 怖いですよぉ!」
深夜3時。
シャッターの外は、異様な光景になっていた。
「……帰らないな」
タナカがバックヤードで仮眠を取る前にモニターを確認すると、魔物たちは帰るどころか、「開店待ちの行列」を作っていた。
地面に座り込むスケルトン。
焚き火を囲んで寒さを凌ぐゴースト。
「シャッターが開いたら、まずはサンドイッチを確保する作戦だ……」と地図を広げるゴブリンの集団。
彼らは「難民」と化していた。
「リリス、明日の朝は忙しくなるぞ。品出しの準備をしておけ」
「は、はい……。なんだか、アイドルのコンサート待ちみたいですね……」
そして翌朝、7時00分。
「時間だ。開けるぞ」
タナカが操作盤のスイッチを押した。
ウィィィィン……ガガガ……。
重厚なシャッターが上がり始め、ダンジョンの薄明かりが差し込む。
その瞬間。
『開いたぞォォォォォ!!』
『朝飯だァァァァァ!!』
ドドドドドドドッ!!
飢えた魔物たちの軍勢が、ダムが決壊したように店内になだれ込んだ。
「い、いらっしゃいませぇぇぇ!! 押さないでくださぁぁい!!」
リリスの悲鳴がかき消される。
彼らは争うようにパン棚、弁当棚、ドリンクコーナーへ殺到した。
「俺はカツ丼!」「私はサラダパスタ!」「血! 血をくれ!」
まるでイナゴの大群だ。
商品は棚に並べられる端から、飛ぶように売れていく。
「……ふむ」
レジ打ちをするタナカの手は、残像が見えるほどの高速処理を行っていた。
「ピッ、450円。ピッ、600円。はい次の方」
タナカは、戦場のような店内を見渡しながら、冷静に電卓を弾いた。
(深夜にダラダラと店を開けておくよりも、こうして朝一に需要を集中させた方が、光熱費も浮くし回転率も良い……。これは『効率化』の勝利だな)
わずか30分後。
店内からは、商品という商品が消え失せていた。
満足げにパンをかじるゾンビたちと、空っぽになった棚。そして、過去最高の「時間あたり売上」を叩き出したレジだけが残った。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思いました……」
リリスがレジカウンターに突っ伏す。
「お疲れ様。……さて」
タナカは空っぽの棚を見て、発注端末を取り出した。
「明日はもっと並ぶだろうな。おにぎりの発注を3倍に増やしておくか」
「ま、まだやるんですかぁ……?」
ダンジョン地下99階。ここでは、「営業時間短縮」すらも、飢えた魔物たちにとっては「開店イベント」に変貌する。
【あとがき:深夜の例外】
グリム「……タナカよ」
タナカ「なんだ」
グリム「昨晩、深夜2時頃に店の裏口からこっそり『ダークエルフの暗殺者』を招き入れていなかったか?」
タナカ「ああ。彼は常連だからな。『どうしても夜勤明けのビールが飲みたい』と泣きつかれたんで、特別に売ってやった」
グリム「……ルールは絶対ではないのか?」
タナカ「『深夜料金(手数料)』として、ビール1本に1,000円払うと言ったからな。例外規定だ」




