第44話:猛暑の紐制服と、絶対零度な「塩対応」
気温40度。
ダンジョンの空調設備が故障し、店内はサウナと化していた。
「て、店長ぉ……溶けますぅ……。修理屋さん呼びましょうよぉ……」
レジカウンターで、サキュバスのリリスがぐったりと伸びている。
汗で制服が張り付き、彼女のライフはゼロだった。
「却下だ。修理見積もりが予算をオーバーしている」
タナカは汗ひとつかかず、氷のように冷たい目で言った。
「修理費を払うくらいなら、現状の設備で耐える。……だが、暑さによる業務効率の低下は見過ごせん」
タナカはバックヤードのダンボールから、一枚の「布切れ」を取り出した。
「これを着用しろ。本部が試作した『究極のクールビズ制服』だ」
「くーるびず……ですか?」
「生地代を限界まで削減し、通気性とコストダウンを追求した最高傑作らしい。すぐに着替えてこい」
数分後。
「あ、あの……店長? これ、ほぼ裸じゃないですか……?」
バックヤードから出てきたリリスは、顔を真っ赤にして身を縮めていた。
彼女が着ているのは、もはや「服」と呼べるか怪しい代物だった。
胸元と腰を隠す最小限の布を、数本の「紐」で繋ぎ止めただけの構造。
背中は全開。横も全開。
動くたびに危うい部分が見え隠れする、防御力ゼロの装備だ。
しかし、タナカはリリスの肢体になど目もくれず、事務的にチェックを始めた。
「ふむ。仕様通り、通気性は完璧のようだな」
「そ、そういう問題ですか!? 恥ずかしいですぅ!」
「……ちょっと待て。動くな」
タナカがズイッとリリスの胸元に顔を近づけた。
「ひゃっ!? て、店長……?」
リリスが期待と羞恥で目を潤ませる。
だが、タナカの指先が触れたのは、彼女の肌ではなく、その上の「プラスチック」だった。
「……名札が1ミリ傾いている。接客業として身だしなみは基本だ」
タナカはリリスの豊満な胸の上にある名札を、指先でコンマ単位の微調整を行った。
その目に欲情の色は一切ない。あるのは「商品棚のラベルを直す目」と同じ、無機質な光だけだ。
「よし、水平だ。……さあ、仕事に戻れ。レジが混んできたぞ」
「(……この人、本当に男の人なのかな)」
リリスは複雑な心境のまま、売り場へと向かった。
店内は地獄絵図となった。
「いらっしゃいませー♡」
リリスが動くたびに、紐だけの制服が揺れる。
高い棚の商品を取ろうと背伸びをすれば、お尻のラインが露わになり。
下の棚を整理しようと屈めば、胸元が重力に従ってこぼれ落ちそうになる。
「ブフォッ!!?」
レジ待ちをしていたオークの戦士が、鼻から盛大に鮮血を噴き出して倒れた。
「あらっ!? お客様!? 大丈夫ですか!? 熱中症ですか!?」
リリスが慌てて駆け寄り、オークの頭を抱きかかえる。
その拍子に、彼女の柔らかい太ももがオークの顔面に密着する。
「グハッ……(成仏)……」
「きゃあぁぁ! お客様が白目を剥いて! 誰か、お水を!」
騒ぎを聞きつけた他の客も振り返り、そしてリリスの姿を見た瞬間――。
ドサッ。バタッ。ズドン。
次々と鼻血を吹いて昏倒していく。
店内は死屍累々。死体の山が出来上がった。
だが、タナカは動じない。
「……通行の妨げだな」
タナカはモップを持って現れると、床に倒れている冒険者を「ただの障害物」として跨いだ。
「お客様。通路での睡眠はご遠慮ください。営業妨害になります」
タナカは気絶している客の体を足先でツンツンと端に寄せると、床に広がった鼻血を淡々と拭き取った。
「……床の清掃が必要になったな。特殊清掃費として追加料金500円、計上しておくか」
客の安否などどうでもいい。
彼が気にしているのは、床のワックスが血で剥がれないか、その一点のみ。
「店長! 皆さん倒れちゃってます! どうしましょう!」
「放っておけ。外部刺激による一時的な血圧上昇だ。……それよりリリス、レジが止まっているぞ。手を動かせ」
「は、はいっ!」
その日の夜。
「店長! 見てください! 売上が過去最高ですよ!」
閉店後、リリスが売上日報を見て歓声を上げた。
鼻血を出した客たちが、止血のための「冷却パック」と、興奮を鎮めるための「精神安定剤」、そして脱水対策の「スポーツドリンク」を爆買いしていった結果だ。
「この制服、すごいですね! 明日もこれ着ますか?」
リリスが期待の眼差しを向ける。
恥ずかしいけれど、売上に貢献できるなら頑張りたい。
そんな彼女の健気な提案を、タナカは即座に切り捨てた。
「いや、運用停止だ」
「えっ? なんでですか? こんなに儲かったのに」
タナカは、血まみれになったモップをバケツに突っ込みながら、不機嫌そうに吐き捨てた。
「床掃除のコストがかかりすぎる。血液の除去作業にどれだけのタイムロスが発生したと思っている」
タナカは電卓を叩く。
「売上の増加分より、清掃にかかる人件費と洗剤代の方が高くつく計算だ。よって、この制服は採用不可とする」
「そ、そんなぁ……(私の色気、洗剤代以下なんだ……)」
リリスはガックリと肩を落とした。
翌日。
店内には、いつもの布面積たっぷりな制服を着たリリスと、
「昨日の天使はどこだぁぁぁ!」と叫ぶゾンビのような客たちの姿があった。
タナカはそれを無視し、壊れたエアコンの前で「修理費、もっと安くならないか?」と業者に電話をかけ続けていた。
ダンジョン地下99階。ここでは、どんなに魅力的なサービスも、「掃除が面倒」という理由で却下されることがある。
【あとがき:試作品の行方】
リリス「店長、あの『紐制服』、どうしたんですか? 捨てちゃったんですか?」
タナカ「いや、『使用済み・激レア衣装』として闇市に流した」
リリス「ええっ!? 売ったんですか!?」
タナカ「エアコンの修理費が捻出できたぞ。お前の汗が染み込んでいるのが高評価だったらしい」
リリス「ひ、ひどい! 私のプライバシーは!?」
タナカ「プライバシーで飯は食えん。……さて、エアコンが直ったから、明日からは通常営業だ。残業してもらうぞ」




