第43話:「10円コピー革命」と、無慈悲な節約術
ダンジョン地下99階、『ダンジョンマート』の店内。
雑誌コーナーの横に、一台の巨大な白い箱が鎮座していた。
人間界では「マルチコピー機」と呼ばれる事務機器だが、この世界では誰も使い方が分からず、ただの邪魔なオブジェと化していた。
ある日の昼下がり。
一人のしがないゴブリン魔術師が、おずおずと来店した。
彼は震える手で、ボロボロの羊皮紙を抱えていた。
「あ、あのぉ……店長さん……」
ゴブリンはレジのタナカに声をかけた。
「こ、これの……『写し』が欲しいのだが……」
彼が見せたのは、複雑怪奇な紋様が描かれた魔法陣の原本だった。
「師匠から受け継いだ貴重な『火の玉』の術式でして……。手書きで写本を作ると、徹夜で3日はかかるのです……。何か良い方法は……」
「ああ、コピーですね」
タナカは業務的に即答した。
「白黒でよろしいですか? 1枚10円になります」
「えっ? じゅうえん……? たったの10円で?」
ゴブリンが呆気にとられる中、タナカは羊皮紙を預かると、例の白い箱のガラス面にセットした。
「はい、動かないでくださいねー」
「ひいっ! な、何をする気だ!?」
タナカが緑色のボタンをポチッと押した。
ウィィィィン……ガシャコン。
箱が低い唸り声を上げ、強烈な光が走った。
次の瞬間、排出口から一枚の温かい紙が吐き出された。
「はい、どうぞ。お会計10円です」
「なっ……!?」
ゴブリンは出てきた紙を見て絶叫した。
そこには、原本と寸分違わぬ、完璧な魔法陣が印刷されていた。
『ば、馬鹿な!? 完璧な写本だ! 線の歪み一つない! しかもインクがもう乾いている!?』
魔界の写本師が一生かけて到達する境地が、わずか2秒で達成された瞬間だった。
ゴブリンは半信半疑のまま、店の外に出て、コピーした紙に向かって魔力を込めた。
ドォォォン!!
完璧な火の玉が発動し、近くの岩を吹き飛ばした。
『す、すげぇぇぇ!! 本物だァァァ!!』
この日、ダンジョンに産業革命が到来した。
噂は瞬く間に広まった。
『おい聞いたか! 99階のコンビニに行けば、伝説の魔法陣が無限に増やせるらしいぞ!』
翌日。
店には長蛇の列ができていた。
普段は威張り散らしている高位の魔族たちが、コピー用紙を片手にイライラしながら順番待ちをしている。
『おい早くしろ! 俺様の「絶対零度」の複写が遅れるだろうが!』
『押すな! 私の「蘇生術式」が皺になったらどうする!』
店内はカオスだった。
さらに、コピー機の力はダンジョンのパワーバランスさえも崩壊させた。
『ヒャッハー! 見ろよこの「上級結界」の束! コピーしまくったから無敵だぜぇ!』
下級のオークたちが、大量にコピーした高位魔法陣を持ち歩き、調子に乗って乱発している。
「て、店長ぉ! 大変です!」
リリスが悲鳴を上げてバックヤードに駆け込んできた。
「皆さんがコピーした魔法陣をその辺で乱発するから、ダンジョンの生態系がめちゃくちゃです! 外で『ドラゴン召喚』と『メテオ落下』がぶつかり合ってますよ!」
「……揺れるな」
タナカは伝票整理の手を止めずに言った。
「振動で商品棚がズレてしまう。困ったもんだ」
「そっちの心配ですか!? このままだと世界が……!」
「当店はあくまで『印刷サービス』を提供しているだけだからな。その使用に関する責任までは負えないしな。……それよりリリス」
「は、はい!?」
「トナーの黒が切れそうだ。追加発注しておいてくれ。今は稼ぎ時だからな」
「(この人、世界の危機よりインク代の心配してる……!)」
しかし数日後。
タナカが動いた。
あまりに強力な魔法が乱発され、店の外が危険地帯になったせいで、客足(主にポテチなどを買いに来る一般層)が遠のき始めたのだ。
「……売上に響くのは困るな」
深夜、客がいなくなった店内で、タナカはコピー機の前に立った。
「少し、調整するか」
タナカは管理者メニューを開き、「画質設定」の項目を操作した。
ピッ、ピッ、ピッ。
これまで『高画質・写真モード』だった設定を、
『トナー節約モード・濃さ(薄い)』に変更した。
翌日。
『……あれ?』
コピー機から出てきた魔法陣を見て、客のデーモンが首を傾げた。
『なんか今日、線の色が薄くないか?』
『気のせいだろ。ほら、早く試してみろよ』
デーモンはコピーした「上級悪魔召喚」の陣を発動させた。
しかし。
ボフン。
召喚されたのは、手のひらサイズのミニチュア悪魔だった。
『……ちっさ!』
『おい! 俺の「爆裂魔法」も不発だったぞ! 線が途中で掠れてる!』
客たちからクレームが殺到した。
「店長! どうなってるんだ! この魔法陣、不良品だぞ!」
タナカは涼しい顔でレジから答えた。
「機械の仕様ですね。あくまで簡易的な複写ですので、魔力の伝導率までは保証できませんよ。精密な魔法がお望みなら、やはり手書きをお勧めします」
「ぐぬぬ……! たしかに、10円でそこまでは言えん……!」
結局、命に関わる重要な局面では、魔物たちは再び信頼できる「手書き」に戻らざるを得なくなった。
魔法コピーブームは、急速に沈静化していった。
「ふぅ。これで店の周りも静かになるな」
タナカは、トナー代を大幅に節約しつつ、ブームのピークで莫大な利益を上げた売上日報を見て、満足げに頷いた。
ダンジョン地下99階。ここでは、世界の魔法バランスすらも、店主の「経費削減」の前では無力化される。




