第42話:恐怖のポイントカードと、深読みしすぎた「有効期限」
「いいかリリス。今日から新兵器を導入する」
開店前のバックヤード。
タナカは、一枚のプラスチックカードを提示した。
銀色に輝くそれは、人間界ではありふれた『ポイントカード』だ。
「わぁ、キラキラしてて可愛いです!」
「目的はリピーターの獲得だ。お買い上げ200円で1ポイント。次回から1ポイント1円で使える。レジで全員に勧めろ」
「はーい! お得ですね!」
リリスは無邪気に頷いた。
しかし、彼女もタナカも計算に入れていなかった。
ここが「契約」こそが絶対の法である、魔界であることを。
「いらっしゃいませー!」
最初の客は、歴戦の傷を持つ『オーク・ジェネラル』だった。
彼は回復薬と干し肉をレジに置いた。
リリスはマニュアル通りの笑顔で切り出した。
「お客様! 今ならこちらのカードを作ると、お得なポイントが付きますよ!」
「……なに?」
オークが眉をひそめる。
「お名前を書くだけですぐ発行できます! もちろん無料です!」
「……!」
オークの顔色が青ざめた。
魔界の常識において、「名前を記す」とは「魂の所有権を譲渡する」ことと同義。
しかも「無料」という甘言。
それはつまり、「対価なしで、この店に永遠の忠誠を誓え」という悪魔的契約に他ならない。
「な、なんだと……? 俺のような一介の戦士に、直属の配下になれだと……?」
オークは震える目で、レジの奥にいるタナカを見た。
タナカは冷ややかな目で、レジスターの数字だけを見つめている。
「……あの「氷の店主」の威圧感……断れば、ここで消される……!」
オークは覚悟を決めた。
「……わかった。俺の命、預けるぜ」
オークは牙で親指を噛み切り、鮮血を滴らせると、申込用紙にバンッ! と血判を押した。
「我が血盟をもって、契約に応じよう!」
「ひぃっ!?」
リリスが悲鳴を上げる。
「チッ……」
タナカが舌打ちし、カウンターから身を乗り出した。
「お客様、汚さないでください」
タナカは血まみれの用紙をゴミ箱に捨て、新しい用紙とボールペンを突き出した。
「血液はスキャナーが汚れるんで。記入は黒のボールペンでお願いします」
「は、はい……(なんと……血の契約すら『汚い』と一蹴するのか……!)」
オークは震える手でペンを握り、丁寧な字で名前を書いた。
それから数日後。
会員数は順調に増えたが、店内の様子がおかしかった。
「……おい、聞いたか」
「ああ……このカード、『有効期限』があるらしいぞ……」
棚の影で、ゴブリンとリザードマンが青い顔で密談している。
「規約に書いてあった。『最後の利用から一年経過すると、会員資格は失効となる』とな……」
魔物たちがゴクリと唾を飲み込む。
魔界の契約において、「無効になる」とは何を意味するか。
それは、「庇護を失う」ことであり、ダンジョン内での「生存権の剥奪」を意味する。
「つまり、買い物をし続けて『有効』な状態を示さないと……俺たちは『無価値な存在』として処分されるってことか!?」
「ひぃぃっ! いつだ!? 俺の前回の買い物はいつだ!? 昨日か!? まだ間に合うか!?」
「一年猶予があるといっても、いつタナカ様の気まぐれで期間が短縮されるか分からんぞ!」
恐怖が伝染した。
「会員資格の失効」=「死刑宣告」。
彼らはそう解釈してしまったのだ。
その結果。
「いらっしゃいませー」
レジには、長蛇の列ができていた。
強面の魔物たちが、必死の形相で並んでいる。
だが、彼らが手に持っているのは――
「う、うまい棒(10円)を一本……頼む……」
「俺はチロルチョコ(20円)だ……これで俺の会員資格を更新してくれ……」
彼らは「生存証明」のためだけに、毎日欠かさず来店し、一番安い商品を震えながら買っていくようになった。
「……なんだこれは」
タナカは、レジの行列を見て眉をひそめた。
「客数は多いが、客単価が異常に低い。うまい棒一本でレジを通されたら、レシート代と人件費で赤字だ」
「えー? でも店長、見てください!」
リリスは嬉しそうに言った。
「皆さん、レジに来るたびに『タナカ様に忠誠を!』って叫びながらカード出してますよ! 私、この店が愛されてて嬉しいです!」
「チッ。ポイント目当ての乞食が増えただけだろ」
タナカはため息をついた。
あまりに効率が悪い。
タナカは即座に決断し、店内にアナウンスを流した。
『業務連絡。本日からポイントの付与率を変更します。「200円で1ポイント」から「1000円で1ポイント」に引き下げます』
いわゆる「改悪」だ。
これなら、小銭目当ての客は減るだろう。
しかし。
「な、なんだって……!?」
「1000円でいいのか……!?」
店内がどよめいた。
彼らの解釈はこうだ。
『お前たちの忠誠は十分に伝わった。これからは、もっと少ない貢ぎ物で、契約を維持してやろう』
「お、おお……!! なんて慈悲深いんだタナカ店長は!!」
「我々の負担を減らしてくださるとは!!」
魔物たちは感涙し、タナカに向かって一斉に敬礼した。
「タナカ様バンザイ!! ダンジョンマート万歳!!」
「……は?」
タナカはポカンとした。
還元率を下げたのに感謝される。
意味が分からないが、レジの回転率は上がり、利益率は改善した。
「……まあ、いいか。商売とは心理戦だからな」
タナカはそう結論づけ、今日も冷徹にレジを打つ。
その背中が、魔物たちには「慈愛に満ちた魔王」に見えているとも知らずに。
ダンジョン地下99階。ここでは、ポイントカード一枚が、血の契約書よりも重い意味を持つ。
【あとがき:ポイントの使い道】
オーク「て、店長……。貯まったポイントを……使いたいのだが」
タナカ「どうぞ。150ポイントあるんで、150円引きですね」
オーク「ひゃ、150円……? 俺の命を削って貯めた忠誠の証が……たったのジュース一本分……?」
タナカ「嫌なら使わなくていいですよ。来月で失効しますけど」
オーク「つ、使いますぅぅぅ!!」




