第41話:不在のタナカと、チーム魔界の奮闘
夜2時。
『ダンジョンマート』のバックヤードで、店長のタナカがジャケットを羽織った。
「本部の緊急招集だ。30分で戻る」
タナカは、氷のように冷たい視線を留守番の二人に向けた。
やる気だけは空回りするサキュバスのリリスと、先日おでん鍋を毒沼に変えた死神グリムだ。
「留守を頼む。店の損壊は許さん。グリム、客の凍結および魂の回収は禁止だ。リリス、つまみ食いは発見次第、給料から引く。以上だ」
「は、はいっ! 任せてくださいっ! 私、店長がいなくても完璧にこなしてみせますからっ!」
リリスがビシッと敬礼する。
『フン、承知した……』
グリムは深くフードを被り、背中の大鎌の柄を握りしめた。
『店長の不在……それは即ち、我がこの聖域の守護者となる時。……侵入者は、この「魂狩りの大鎌」の錆としてくれよう』
「鎌はしまうんだ。レジ打ち業務のみ遂行しろ」
タナカは一抹の不安を抱えつつ、業務優先で店を後にした。
店内に残されたのは、ポンコツ悪魔と物騒な死神のみ。
そして、そんなタイミングを見計らったかのように、自動ドアのチャイムが鳴った。
ズシン……ズシン……。
地響きと共に現れたのは、深層の門番『ジャイアント・ゴーレム』だ。
岩塊でできたその身体はあまりに巨大で、入口で詰まってしまった。
ミシミシと自動ドアのフレームが悲鳴を上げる。
「ああっ! お客様! 無理ですぅ! 入れませんってば!」
リリスが悲鳴を上げる。ゴーレムは聞く耳を持たず、さらに身体を押し込もうとする。
『愚か者が……』
レジにいたグリムが、ゆらりと歩み出た。
『我が城壁を破壊しようとは……侵入者と見なす』
ジャキッ!!
グリムが背中の大鎌を構える。
店内が一瞬で絶対零度になり、即時排除 の構えを見せた。
「待ってグリム君! 暴力はんたーいですぅ! お客様! お願いですからご自分でバラして入店してくださいっ!」
ゴゴゴ……?
ゴーレムは一瞬考え込んだが、リリスの必死さと、グリムから放たれる本気の殺気に気圧されたらしい。
彼は自分の頭をガコッと外し、腕を抜き、足を分解した。
そして、ゴロゴロと転がる「岩のパーツ」となって入店してきた。
『チッ。手のかかる客だ』
グリムは舌打ちし、レジカウンターに転がってきた岩(元・頭部)を、冷気で冷やしながら拾い上げた。
『何を所望するか、岩塊よ』
ゴーレムは岩の頭をカタカタ鳴らし、棚の『セメント・インスタントキット』を指さした。
リリスが代金を受け取り、セメントキットを手渡す。
ゴーレムは満足げにバラバラのままゴロゴロと店外へ転がっていった。
「ふぅ……なんとかなりましたねっ。でも、床が岩の粉でザラザラですぅ……」
リリスが岩屑をモップで掃除していると、次の客がやってきた。
ボロボロの法衣を纏った骸骨、『オールド・リッチ』だ。
「★◆◎▼!! &%$#!!」
リッチはガタガタと震えながらカウンターで叫んでいる。
どうやら、外が寒くて凍えているらしい。
「えっと……『肉まん』ですか? 温かいのが欲しいんですか?」
リリスが聞くが、リッチは言葉が通じない。
『……フム。寒がっているようだな』
グリムが歩み寄る。
『ならば、我が温めてやろう』
「えっ、グリム君できるの?」
『造作もない』
グリムは骨だけの指先をリッチに向けた。
パチン、と指を鳴らす。
ボッ!
青白い『地獄の業火』が、リッチの全身を包み込んだ。
「ギャァァァァァァ!!?」
「ちょっとォォォ!! 燃やしてどうするのっ!?」
リリスが絶叫する。
『安心しろ。リリスよ。この炎は魂まで温める……』
「呪い付与されてるでしょ! 色が紫色になってるから!」
リッチは火だるまになりながらのたうち回っている。
リリスは慌ててホットスナックから一番辛い商品を掴み取った。
「お客様! これで中から温まってください! 『激辛デビルチキン』ですっ!」
リッチはそれをひったくり、口に放り込んだ。
カプサイシンの爆発的な熱量が、地獄の冷たさを中和する。
リッチは口から青い炎と赤い炎を同時に吹き出しながら、満足げに昇天していった。
『……解せぬ。我の炎の方が熱効率は良いはずだが』
「そういう問題じゃないから! 店が焦げ臭いよぉ!」
「くそっ、なんだこの店は!」
最後に現れたのは、完全武装の勇者パーティだった。
彼らは店内の惨状――散らばった岩と、焦げ跡、そして異常な室温の低さを感じて剣を抜いた。
「魔物の巣窟め! ここを拠点にするつもりか!」
殺気立つ勇者たち。
タナカがいれば事務的な「いらっしゃいませ」の一言で制圧できるが、今はいない。
「ひぃぃ! ち、違いますぅ! ただのコンビニですってば!」
リリスはパニックになり、マニュアル通りの言葉を叫んだ。
「ほ、滅ぼす前にポイントカード作りますか!? 今なら入会金無料ですっ!」
「うるさい! 問答無用だ!」
勇者が斬りかかろうとした、その時。
『……騒がしいな、生者どもよ』
カウンターの奥から、肺が凍りつくような冷気が噴き出した。
グリムが、大鎌を杖のように床に突き立てて立っていた。
『ここは聖域だ。……これ以上騒ぐなら、貴様らの魂、我のコレクションに加えねばならぬ』
カッ。
グリムの眼窩が赤く発光する。
その背後には、ゆらりと本物の死神の幻影が浮かび上がった。
マニュアルを超えた、ガチの殺意だ。
「なっ……!?」
勇者たちの足が止まる。
剣を持つ手が凍りつきそうだ。生物としての本能が警鐘を鳴らしている。こいつはヤバい、ラスボス級だ、と。
「し、死神……!? まさか、ここは魔王軍の最重要拠点……?」
「リーダー、帰ろうぜ。俺、急に寒気が……」
勇者たちは完全に戦意喪失した。
そこへすかさず、リリスがトドメの一撃を放つ。
「お客様! 今ならおにぎり100円セール中でーす!!」
死神の殺気とおにぎりのチラシ。
あまりのギャップに、勇者たちは毒気を完全に抜かれた。
「……お、おにぎりだけ……買っていこう……」
結局、彼らは震える手でツナマヨおにぎりを人数分購入し、逃げるように去っていった。
30分後。
会議から戻ったタナカは、入り口で立ち尽くした。
床には岩が転がり、壁は焦げ、店内は冷蔵庫のように冷え切っている。
「店長! おかえりなさいっ!」
リリスが駆け寄ってくる。
「二人で完璧に接客しました! 売上もバッチリですっ!」
『……うむ。世界は、守られた……』
グリムは満足げに頷いた。
その手には、掃除に使ったのか、刃こぼれした大鎌が握られている。床には鎌で削ったような深い傷跡が無数に残っていた。
「……チッ。余計な仕事を増やしやがって」
タナカは舌打ちし、モップを手に取った。
怒る気力も湧かないほど、二人の顔は達成感に満ちていたが、そんなことはどうでもいい。
「明日は早出で掃除と、床の補修だ。……リリス、グリム。補修材の費用は二人の給料から折半で引いておく」
「ええっ!? そ、そんなぁ……!」
『……解せぬ』
ダンジョン地下99階。ここでは、店主のいない数十分間こそが、最も世界の均衡と人件費を危うくさせる魔の時間なのだ。




