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第40話:誤発注の1000本と、雪原の「戦術的・恵方巻き」

季節は冬。

ダンジョン地下99階は、凍てつくような寒さに包まれていた。

上層からの冷気が吹き込み、自動ドアの隙間から粉雪が舞い込む。

ドスン……ドスン……。

そんな極寒の深夜、配送業者のトロールが無言で荷物を搬入しに来ていた。

バックヤードに築かれたのは、天井まで届くダンボールの塔。

「て、店長……なんですか、この量は……?」

リリスが震える手で、箱に貼られた納品書を見た。

そこには『恵方巻き(特上) 1,000本』と印字されている。

同時に、本部からのFAXが吐き出された。


『重要:発注システムのエラーにより、全店舗に恵方巻きが誤配送されました。各店舗で協力して完売させてください。なお、廃棄は一切認めません(給料天引きとなります)』

「ひっ……!?」

リリスが青ざめた。

「せ、1,000本!? これ全部、私たちが買い取るんですか!? 給料3ヶ月分が吹き飛んじゃいますよぉ!?」

これがいわゆる「自爆営業」。コンビニ店員が最も恐れる死の宣告だ。

リリスはその場に崩れ落ちた。

「終わりだ……私の冬のボーナスが、全部海苔巻きに……」

しかし、タナカは眉一つ動かさなかった。

彼は無言でFAXを手に取ると、そのままシュレッダーに投入した。

ガガガガガ……。

「て、店長!?」

「安心しろ。俺たちが金を払う必要はない。客に払ってもらえばいい」

タナカはマジックペンを取り出した。

「でも店長! こんな真冬に、冷たい酢飯なんて誰も買いませんよ! 皆『おでん』か『肉まん』しか見向きもしません!」

「『恵方巻き』として売るから売れないんだ」

タナカの眼鏡がキラリと光った。

タナカは即座にPOP(宣伝チラシ)を書き上げる。

そこに書かれていた商品名は――

『戦術用・指向性携行食糧タクティカル・スシ・ロール

【効果:指定方向への攻撃命中率アップ(大)】

【属性:聖なる海苔の加護】

「……は?」

リリスが口を開けた。

「いいかリリス。これは飯じゃない。『バフアイテム』だ」


数十分後。

店外から、ドスドスという重厚な足音が響いてきた。

これから人間の村へ遠征に向かう『オーク将軍』率いる、第7遠征部隊だ。

彼らは寒さと空腹で殺気立っていた。

「ぬぅ……寒い。腹が減った……。店主! 何か腹に溜まるものを出せ! 温かい肉がいい!」

将軍が唸る。

タナカはすかさず、山積みの恵方巻き(タクティカル・ロール)を差し出した。

「将軍。肉もいいですが、遠征の成功を願うなら、こちらが最適です」

「なんだこれは? 黒い棒……?」

「東洋の呪術兵糧です。今年の『吉方位』……つまり勇者の村がある北北西を向いて、これを無言で一気に食い切ることで、部隊全員に『必勝の願掛け』がかかります」

「な、なんだと……!? ただの飯ではなく、呪術儀式だと!?」

将軍の目が釘付けになった。

オークは信心深い種族だ。「必勝」という言葉に弱い。

「ただし、一本食べ切る途中で言葉を発すると、効果が切れます」

タナカは声を潜めた。

「つまり、これを食べる訓練をすることで、行軍中の『静粛性ステルス』も高まる。最高の軍事訓練になるわけです」

「おおお……!! なんという合理的兵糧!!」

将軍は感動に打ち震えた。

「素晴らしい! 我らオーク部隊の弱点は『すぐ喋って人間にバレる』ことだったのだ! これで精神統一を行えば、奇襲は成功間違いなし!」

将軍は振り返り、部下に号令をかけた。

「野郎ども! この黒い棒を買い占めろ! 全員で『勝利の儀式』を行うぞ!」

「「「ウオオオオオ!!」」」

こうして、500本の在庫が一瞬で捌けた。


村の前の雪原。

そこには、異様な光景が広がっていた。

ザッ……!

500匹の屈強なオークたちが、整然と列をなし、全員が「北北西」を向いている。

彼らは太い恵方巻きを両手で恭しく持ち、

「…………」

「…………」

無言で。

真顔で。

一心不乱に、太巻きを頬張っている。

聞こえるのは、モグ……モグ……という咀嚼音と、鼻息だけ。

雪が降り積もる中、湯気を立てるオーク集団が、黒い棒を無言で噛み砕く姿は、狂気以外の何物でもなかった。

その異様な迫力に、通りがかった他の魔物たちが足を止めた。

「お、おい見ろよ……あのオーク軍団、何やってんだ?」

「なんかの儀式か? すげぇ殺気だ……」

「やべぇ、俺たちもあれ食わないと、呪われるんじゃないか!?」

集団心理のパニックが発生した。

ゴブリンやリザードマンたちが、我先にと店になだれ込んでくる。

「店長! 俺にもその『戦術ロール』くれ!」

「私も! 呪われたくない!」

レジは戦場と化した。

リリスが悲鳴を上げながらさばいていく。

「て、店長ぉぉ! 完売です! まさか全部売れるなんて……!」

「黙って品出ししろ。酢飯の匂いでさらに客を釣れ」

タナカは電卓を叩きながら、冷徹に指示を飛ばした。

翌日。

1,000本の在庫は完全消滅。

廃棄ゼロ、利益確保。タナカの完全勝利だった。

その数日後、地上から奇妙な噂が流れてきた。

『勇者パーティ、謎の集団に遭遇し撤退』

報告によると、勇者たちは雪山でオーク部隊に遭遇した際、

「巨大な黒い棒を咥え、一言も発さずに虚ろな目で迫ってくるオークの群れ」

を見て、「新手の闇の儀式だ」「関わったら精神が汚染される」と恐怖し、戦わずして逃げ帰ったという。

「……結果的に、本当に『必勝』アイテムになったな」

タナカはニュースを見ながら満足げに頷いた。

「店長……さすがですけど、なんか罪深くないですか?」

リリスが呆れたように言う。

「商売とはそういうものだ。……さて」

タナカは次の納品リストをチェックした。

「来月は売れ残りの『クリスマスケーキ』が大量に来るらしい」

「ええっ!? またですか!?」

「次は『雪山用・超高密度カロリー爆弾』としてイエティに売る。生クリームは防寒具になると吹き込めばイチコロだ」


ダンジョン地下99階。ここでは、在庫の山も「言い方」一つで、最強の武器へと変わる。

【あとがき:バックヤードの在庫】

リリス「店長、オークさんたちが『うまかった!』って、お土産にもう一回買いに来てますよ」


タナカ「もう在庫はないぞ」


リリス「えー、どうしましょう?」


タナカ「……売れ残りの『黒の油性ペン(太)』を売ったらいいんじゃないか?」


リリス「それはさすがに食べられませんよ!?」

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